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720.どうして、人ってたった2つの世界で生きているの?たくさんの世界じゃあいけないの?

Why do people live in only two worlds? Shouldn't there be many worlds?
【お馬鹿なoucouさんの逆さま論⑨】


©NPО japan copyright association Hiroaki


どうしても、
no matter what,

人って、物事を
people do things

2つに分けて考えてしまうよね。
I think of it in two parts.

でもね、
But you know

物事の選択はね、
the choice of things,

2つだけしゃあないんだよ。
You can't just have two.

自分がいて、
I have myself,

相手がいる。
I have a partner.

相手がいて、自分がいる。
There is a partner and there is myself.

当り前のことだよね。
It's a matter of course.


そして、物事の
and of things

すべてに対して、
against all


善と悪、
good and bad,

病と健康、
sickness and health,

光と影、
Light and shadow,

若者と年寄り、
young and old,

男と女、
men and women,

子どもと大人、
children and adults,

金持ちに、貧乏、
rich, poor,

幸せに、不幸。
Happily, unhappy.

これってね、
This is

やりすぎると、
If you overdo it,

物事の本質が、わかんなくなっちゃうんだ。
The essence of things becomes unclear.

©NPО japan copyright association Hiroaki

だってね、
Because,

今の不幸って、
Today's misfortune

本当に不幸なの?
are you really unhappy?


今の幸せって、
Happiness now

本当に幸せなの?
Are you really happy?

不幸だと思っていたら、
If you think you are unhappy,

実は、幸せだった。
Actually, I was happy.


幸せだと思っていたら、
If you thought you were happy

実は不幸だった、なんてこともあるよね。
Sometimes it's really unfortunate.

過去に不幸だと思っていたのに、
I thought I was unhappy in the past,

今になったら、幸せだった。
I was happy now.

過去に幸せだと思っていたのに、
I thought I was happy in the past, but

本当は、不幸だった、なんてこともあるね。
Sometimes it's really unfortunate.

だから、
that's why,

物事って、
Things are

簡単に、
simply,

なんでも、
everything,

ふたつに絞るのは違う気がするんだ。
I don't think it's right to narrow it down to two.


だって、
Because

幸せな人生の選択って、
choosing a happy life

2つだけじゃあない、
not just two

宇宙のような無限なんだもの。
It's infinite like the universe.


                 Ⓒお馬鹿なcoucouの逆さま論
              Ⓒ
Upside-down theory of stupid coucou


©NPО japan copyright association Hiroaki


©NPО japan copyright association 

coucouさんです~
みなさん、ごきげんよう~

物事って何でも、2つに絞る。

YESかNoか?

もちろん、どっちでもなければ3つとなる。
でも3つだけじゃあない、3つじゃあ少なすぎる。

物事を2つに絞って考えることを二分法というらしい。
中学校で習ったらしいけれど忘れた~

そして、知らぬ間に、物事を2つか、3つに絞って考えるようになったんだ。考えて見ればとっても狭い世界だね。

でもね、
大人になったら、こんな言葉に出くわした~

それはね、「分別知」という言葉なんだ。

これは、仏教の言葉に「分別知」と言う言葉があって、ものを分けて考える誤りを指摘したもの。
「分別知」って、物事を分けて、分けて、他の人にはわからない違いが分かるようになること、それを「分別知」と言うそうだ。
(自分だけがわかっているだけ)

「分別知」と言う言葉が、難しいので、簡単に言うと、「自」と「他」を区別する、「見るもの」と「見られるもの」を区別する二元論的な「知」のため、どうしても、「見る側だけの自分」だけとなり、ありのままの世界が見えなくなる。

そうだよね、とっても狭いもんね。

つまり、物事は2つだけじゃあない、3つも5つも、100も、10000も、無限にある。2つだけの物事の見方や選択だけだと、自分だけが見ている世界、自分中心の物事の判断となる、それを「分別知」というそうだ。

物事のすべては、2つや、3つに絞るのではなくて、さらに細分化して、さらに分けて、分けて考えてみる方法。
(違った見方、違った現実があることを知る)

「分別知」に対して逆さまの言葉がある、
それは「無分別智」というそうだ。

この物事は、2つや、3つに分けて選択する人にはわからないけれど、逆に選択が広い、広げる人には、この物事が理解しやすくなる、ってことなんだ。そのことを「無分別智」という。
(2つに決めつけない考え)

これって、まさに逆さま言葉のひとつだよね。


だけど、「無分別」って、悪い言葉に聞こえるよね。
『広辞苑』で調べて見たら、「分別のないこと。前後の考えがないこと。思慮のないこと」なんて書いてある。

でもね、その『広辞苑』には、仏教語として「主体と客体の区別を超え、対象を言葉や概念によって把握しないこと。」と、良き言葉としても書かれている。

だから、善か悪かではないけれど、戦争や争い、戦いには必ず善と悪に分かれているためか、どちらも正義の戦いだと主張する。

つまりね、2つに分けることで、争いが起きて、力の世界、武力の世界となり、力の世界、勝つか負けるか、どちらが制するのか、勝てば正義、負ければ悪とみなされる。

それが二言論的な考え方から来ている気がする。

つまり、勝者と敗者。
現代の競争社会。


本当はね、
物事って、2つに決めつけたり、
分ける必要はないかもしれないね。

人生だって、そう。

生きるか、死ぬか、

幸せか、不幸かなんてこともね。


だって、
この世に生まれたことだけでも奇跡なんだもの。
だから、不幸なんてない、人の考える幸せなんてものもない。
もうすでに、
幸せという無限世界、無限な宇宙の存在なんだもの。


ここまで、読んでくれてありがとう~
また、あしたね~


have a nice wednesday

文字数3,447文字


【和訳】Fly Me To The Moon - CLAIRE 【洋楽】


※後半に、Ⓒひとえさんコラボ作品~【ちょっぴり悲しい癒しの童話】聞いてくださいね~



coucouさんのアーカイブス(過去作品)だよ、みてね~

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64.【癒しの朗読】

【心穏やか読み聞かせ】丘の銅像(新美南吉・作)【癒しの童話】

Ⓒ一技(ひとえ)YouTubeチャンネル~仕事やご自宅、眠る前にスマホでもお聞きくださいね。


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