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⑧サージャント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド

 誰かが囁き合っているのが聞こえる。


 私が声の方を振り返ると、声の主の一人がこちらに向かってきて、笑いかける、

「悪かったな。」と聞こえた気がした。

「ううん。大丈夫。」今度は恐れずちゃんと話すことができた。

「大きな者よ。済まなかった。」今度は、先ほどとは別の、金髪でネルシャツの人が言った。

大きな者って、私は女性の中でも背は低い方なのに、と思うが、

確かに彼らは私よりはるかに小さかった。

「悪気はなかったんだ。」と少し俯き気味に続ける。ただギターが弾きたかったんだ、と。

「あのギターはいいな。」個性的な髪型をした英国人風の人が朗らかに言う。

「弾かないなら、俺らに弾かしてくれないか。」また別の声が上がる。発言した彼は、カールのかかった髪が魅力的で女性のような印象も受ける。

「いいよ。あ、ちょっと待ってて」無意識的に私はそれを了承していた。

リビングの方や部屋の押し入れに仕舞い込んでいたギターを持ってきて、

床に置いてあげると、興奮の声が上がった。

「あれ、でもこれじゃ足りない。」一体何人いるんだろう、次々に集まってくる彼らは把握しきれなかった。

「いいよ適当で。みんなで弾くから。」

彼らは、ギター一本ずつに対して数人で集まって、役割を分担していく、

それぞれの弦を抑えるもの、弾くもの。

輪に入らなかった人たちは、いつの間に持ってきたのか、

空き瓶やペットボトル、他にも音の出せそうな雑貨を持ち寄った。

 それぞれがチューニングをしていく中、私は中でも一際風格のあるアフロヘアーの人に思いきって聞いた。

「あなたたちはなんなの。」

彼は始め驚いた顔を見せ、言うに困っていたようだったが、優しい色が顔に差して、

「ただの音楽好きだよ。」 と少し照れくさそうに彼はいった。

「いつの間にか集まってた」

「え?」

みんな自由だから、やりたくなると勝手に集まるのさ、と。

私が考えていた答えとは違った種類のものが返ってきて、笑ってしまう。

「何系なの」私は音楽のジャンルを聞く。

「なんでもやるが、強いていえば、ロックンロールだ。」と高らかに言う。

 日本人も外国人も、男性も女性も、目の色も様々な人々がそこには集まっていた。

 どこまでも楽しそうに、時に喧嘩のようなことをしながら、

変わるがわる担当を変え、ブルーズもR&Bもパンクもやっていく。

私がそれらを眺めていると、目線に意図を読み取ったのか、手招きで誘ってくれる。

ギターを受け取り、私も演奏に加わっていく。


「お前真面目にやってんのか?」

 薄汚れた革ジャンを着た人が私につぶを飛ばして、演奏が止まる。

「ちゃんとやってるよ。」周りのみんなが心配そうにこちらを見ている。

「そうじゃねえ。綺麗に弾こうとしてんじゃねぇよ。真面目にロックやれってんだ。」

「え、どうすればいいのよ。」戸惑いつつ彼を見返すと、ニヤッといやらしい笑いを浮かべると、

「好きにやりゃいい。それがロックだ」と続けて、決まったとばかりに彼は定位置に戻っていく。

正直よくわからなかったが、ギターを構える腕が軽くなったのはわかった。

アフロの彼が近づいてきて、言う。

「全てをギターに委ねるんだ。君は構えてりゃいい。そいつが君をロックスターにしてくれる。」

私は、みんなの音楽に身を委ねた。

気づけば、彼らは私が見上げるほどに大きくなり、

それぞれの手にはさまざまな楽器が握られて、

私の大好きな曲を彼らは一緒に弾いてくれた。


演奏の中でもはっきりと、

頭に響くような声がする。



 俺も昔は27歳で死ぬなんて思っていたけどさ。

最高の曲を作って、有名になって、女抱いて、

レジェンド達みたいに死ぬなんてね。

人気にはなった、売れる曲も作れた、でも足りなかった。

ある時気づいた、みんなが見てるのはクールに着飾ったステージの俺だって、

俺が必死に歌うのをみんな知った顔して満足げだった。

心を切り売りするように紡いだけど何も変わんなかった、

求めすぎてたんだ、終わりだと思ったよ。

そんな時だ、俺は出会えたんだ悪魔に。

そいつは俺を虜にして離さなかった。

言葉は理解できてないだろうが、

きっと伝わってるってのが俺にはわかった。

それだけでよかったんだよ。

ただギターを弾いているだけでよかったんだ。


父の声のようにも思えたが、そうじゃない気もした。


――愛し合っているかい。


 誰かが叫んでみんなから歓声が上がった。


 蒸し暑いな。

目が覚めると、掛け布団はベットの脇に押しやられて丸まっていた。

窓からの差し日が私をとらえている。

枕元の携帯電話がやかましくなり出すのを止めて、時間を確認する。

画面には通知が確認できたが、とりあえず無視し、紅茶を一杯引っ掛けて、手早く身支度を整えた。

玄関に立つと急かすようにポケットが震えてくる。

どうにも出る気にはなれなかったが、

仕方なしに出ると予想通りの言葉が私に浴びせかかってくる。

申し訳ない気もするが、仕方ない。

「ロックじゃん。」と私は適当に返して、扉を押しでる。

あまりにも勢いよく開き、私はつんのめって、扉にぶつかった。

 背中からうめき声にも似た音が鳴いた。



———『ロックンロール』でした。
      有難うございました。


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