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【18〜22巻】『進撃の巨人』で描かれた多種多様な「自由」を紐解く⑤

この振り返りシリーズの最初に書いた記事が、応募していたお題2つにおいて先週特にスキを集めた記事になったそうです。本当にありがとうございます。

この振り返りもついにウォール・マリア奪還作戦編に突入します。あと2週間ちょっとでアニメ最終回とは想像できないですね。

この編のはじまりではまず、アルミンによるナレーションが入ります。

ではウォール・マリアを奪還したなら
人類は何を叫ぶだろう

人類は生きていいのだと
信じることができるだろうか

自らの運命は自らで決定できると
信じさせることができるだろうか

このナレーションは振り返りの最初に定義した「不条理に抗い続ける姿勢=なりたい自分を自ら選ぶ=自由=人間讃歌」と全く同じことを言っていますよね。今まで散々繰り返し描いてきたテーマを改めて言葉で提示するところに最終章味を感じます。ほんとは折り返しなんですけどね。

新月の夜にシガンシナ区を目指す調査兵団でしたが、その道中でエレンとアルミンとでは外の世界をめざす動機にすれ違いがあったことが示唆されます。

アルミンは外の世界に関する本を読んだときから外の世界そのものへの関心を持っていました。壁の向こうには海があって、炎の水、氷の大地、砂の雪原が広がっている…だからまずは海を目指そうと夢を掲げて戦ってきたのです。

出発前最後の夜、アルミンはエレンに海を見に行くという夢を目を輝かせながら語るのでした。(それをリヴァイがこっそり聞いていたというのが後に大きな意味を持つことに)

一方エレンはアルミンから外の世界のことを聞いてから、外の世界そのものではなく自分を壁の中に閉じ込めているものへの怒りを持つようになります。

アルミンは外の世界を知りたいという願望が、エレンは「わけのわからねぇ奴ら」への怒りが外の世界を目指す原動力でした。2人は幼少期からずっとすれ違っていたのです。大人になるにつれてその溝は深まっていたのですが、2人は見て見ぬふりをしていたのだと思います。たどり着く場所は同じはずなのだからと。

母カルラから祝福を受け自己否定から脱却したエレンは高らかに宣言します。「自由を取り返すためなら力が湧いてくる」「オレ達ならできる」と。全ての人間は生まれたときから特別で自由なのだと。まさに「黄金の精神」の物語。人間讃歌は「勇気」の讃歌ッ!

何度も言いますが、『進撃の巨人』は通過儀礼を通して自己実現を達成し精神の自由を獲得する物語です。それはエレンたちだけでなく敵も同じです。

ベルトルトは文字通り作品の「顔」である超大型巨人の継承者でありながら、地味で目立たない存在でした。エレンから「(ライナーの)腰巾着野郎」と言われるほど意志が感じられなかったベルトルトにも、運命を克服するための試練が訪れます。

正体がばれ「裏切り者だったのかよ」と問い詰められたとき、ベルトルトは「誰か僕らを見つけてくれ」と泣き言をもらすことしかできませんでした。

あれから2ヶ月、決戦の日に思い浮かべるのは自分たちのせいで理不尽に死んでいったマルコ、人格が崩壊してしまったライナー、そして悲しみと苦悩に満ちたアニの顔でした。ようやくベルトルトは「こんな地獄は僕たちだけで十分だ」とこの戦いの歴史を終わらせる決意を固めることができたのです。

そこからのベルトルトは、ミカサやアルミンが驚くほど別人のように成長を遂げていました。君達は大切な仲間であり、だからこそ他人に任せず自分でちゃんと殺すのだと。それは「僕が決めた」ことなのだと。

そして「世界は残酷」という言葉がここでも登場します。全部仕方ないことなのだから、自分でやるべきことを自分で決定するのだとベルトルトは決意します。

こうしてベルトルトは「本当になるべき自分」を掴むことができました。自己実現によってもたらされた精神の自由が最悪の形で現れるのもまたこの作品の醍醐味の一つであり、マーレ編以降の見せ場になっていきます。エレンの地鳴らしのように。

自らの運命に立ち向った結果「悪魔になるしかなかった」ベルトルトに対し、他人から押し付けられた「悪魔の役を演じるしかなかった」のがエルヴィンです。

エルヴィンには夢がありました。父親が遺した、壁外人類の存在を王政は隠している、壁内人類は記憶を改竄された可能性があるという仮説を証明することです。その夢がエルヴィンを優秀な指揮官として駆り立てていました。

その夢が現実になるかもしれないとエルヴィンが思ったのは、12巻最後で巨人の正体が人間であると推測されたときです。人は巨人になることできる、そしてエレンは謎の力で巨人を操った、つまり巨人=人は人為的に操ることができる。これを瞬時に察し恍惚とした笑顔を浮かべるエルヴィンと、それを見て驚くリヴァイ。このときリヴァイは、エルヴィンが戦う本当の目的は人類の勝利ではないのだと感じたのでした。

リヴァイは作戦決行の前日、エルヴィンにある提案をします。お前のような手負いの兵士は足手まといだからお留守番していろと。要は自分の直感を確かめるためにエルヴィンを試したのですね。

リヴァイが骨を折るぞと脅したところで、エルヴィンはようやく本音を語りました。自分が真実を確かめることは人類の勝利よりも自分にとって大事なことなのだとエルヴィンは認めたのでした。

ついに始まった人類と巨人の決戦のとき。弱体化した調査兵団を見てエルヴィンは、今までに散っていった仲間たちのことを考えていました。自分は一体何人の仲間を犠牲にしてきたのか?

…イヤ…違う
なぜかではない 私は気付いていた
私だけが自分のために戦っているのだと

そうやって 仲間を騙し 自分を騙し
築き上げた屍の上に 私は立っている

ほかの兵士はより良い世界を作るために心臓を捧げていたのに対し、自分は私的な夢を叶えるために戦っていたことをエルヴィンは自覚します。エルヴィンにとって「心臓を捧げよ」とは、仲間や自分を騙す嘘だったのだと気づくのです。

エルヴィンがある意味不運だったと言えるのが、先代のキースと違い彼には団長として圧倒的な素質があったところです。キースは自分から役を降りることができたのに対し、エルヴィンは誰からも認められる存在となったことで調査兵団団長という悪魔の役を降りることができなくなりました。まるで呪いのように。

獣の巨人の投石によって窮地に陥った状況においても、エルヴィンは地下室のことを考えていました。エルヴィンは選択を迫られます。自分の夢を叶えるために全てを放棄するのか、それとも調査兵団団長として獣の巨人に一矢報いて死ぬか。

それをリヴァイに打ち明けたとき、リヴァイは思わず「は?」と呆れてしまいます。あの博打打ちのエルヴィンが弱音を吐いたので驚くのも無理はないですが。(アニメの神谷浩史さんの「は?」の演技が、推しが解釈違いのことを言い出して困惑するオタクみたいで本当に好きです)

エルヴィンには分かっていました。仲間たちが自分を見ている、捧げた心臓がどうなったのか知りたいのだと。もう自分がやるべきことは決まっている。でもこれは子供じみた妄想にすぎないのか…?とリヴァイに問います。奴隷のように。

「俺は選ぶぞ」とリヴァイはあえて宣言します。
「夢を諦めて 死んでくれ」

エルヴィンの中で答えは出ていました。
その背中を押したのはリヴァイでした。

エルヴィンは運命に屈し夢を叶えることを放棄したわけではありません。自らの手でなすべきことを、本当の自分を掴んだのです。呪いのようにまとわりついた夢でもなく、押し付けられた団長の役でもなく、本当に価値があるものをエルヴィンは選びました。

エルヴィンは最後の作戦を部下に告げました。集団自殺にも等しい作戦に対し、なんでも率直に言ってしまう新米調査兵のフロックは「どうせ死ぬなら、どうやって死のうと命令に背いて死のうと意味はない」と漏らしてしまいます。

エルヴィンはそれを否定しませんでした。
どんな夢や希望を持っていても、人はいずれ死ぬ。

では、巨人によって死んでいった仲間たちもそうなのか? 巨人と命を賭して戦うことには何の意味もなかったのか?

いや違う!
あの兵士に意味を与えるのは我々だ!

エルヴィンは叫びました。仲間たちの死を意味のあるものにできるのは生者だけ。だからこそ自分たちはここで死に、生者にその意味を託す。それこそがこの残酷な世界に抗う唯一の術なのだと。

エルヴィンは分かっていたのでしょう。人が生きていた意味があったと気づくためには他者が必要であると。エルヴィンは自分が生きた意味、自分の存在意義、夢、自由をリヴァイへと託しました。

そしてそのリヴァイの刃は、ついに獣の巨人を地に伏せたのでした。

もう一人、大切な人に夢を託した人物といえばアルミンがいます。

エレンとアルミンの違いについてはすでに説明した通りです。超大型巨人に追い詰められた状況においても、エレンが「自由を取り返すためなら力が湧いてくる」のに対し、アルミンは「外の世界のことを考えると勇気が湧いてくる」と語りました。

3巻で意識を失った巨人化エレンに刃を突き刺して起こしたときのように、再びアルミンはエレンを起こそうとします。「海を見に行くよ」と。

アルミンから作戦を聞いたエレンは察しました。アルミンは全てを捨て去る覚悟があるのだと。なぜならアルミンは誰よりも勇敢なのだから。

超大型巨人の熱風に灼かれながらも、アルミンはその決意を変えませんでした。「きっとエレンなら 海にたどり着く」と信じて。

自分が悪魔となり自分以外の全てを犠牲にして目的を達成しようとしたベルトルトと、自らを犠牲にして仲間と分かち合った夢を託し目的を達成しようとしたアルミン。この思想の差が勝負の決め手となりベルトルトは敗れたのでした。
(『アベンジャーズ/エンドゲーム』のサノスとナターシャの関係に近いかな)

20巻の最後に1巻の表紙を再現して超大型巨人をエレンが倒すという構成、恐れ入りますね。『スターウォーズ』で言うところの「運命の輪が閉じようとしているのだ」ってやつでしょうか。

3体の知性巨人を倒し、さらに超大型巨人の力を奪うチャンスを得た調査兵団でしたが、瀕死のアルミンとエルヴィンのどちらを生き残らせるかという選択を迫られることになります。この物語の最大の分岐点でもあったこの局面において、どちらを選択するかはリヴァイに託されました。

当然、リヴァイはエルヴィンを選ぼうとします。実績を考えれば妥当なのですが、エレンとミカサはそれに歯向かいました。「人類を救うのはオレでも団長でもない!アルミンだ!」と。

合流したハンジたちがエレンとミカサを引き離し、リヴァイは巨人化の注射をエルヴィンに打とうとします。そのとき脳裏に浮かんだのは、海を見に行くという夢を語るアルミンの声、全てを放棄して地下室に行きたいと弱音を吐いたエルヴィンの姿、そして「みんな何かの奴隷だった…」というケニーの最期の言葉でした。

リヴァイが注射を打とうとしたその瞬間、エルヴィンは腕を振り上げます。

エルヴィンはこのとき、教員であった父に素朴な疑問をぶつけたあの日を思い浮かべていたのでしょう。自分の運命が決定したあの日を。

これをリヴァイは、エルヴィンが注射を拒んだように見えたはずです。
その瞬間リヴァイは気づきました。ケニーの言葉の意味を。エルヴィンは人を酔わせるような夢の奴隷になるのではなく、本当に自分にとってかけがえのないもの選ぶことができたのだと。

エルヴィンの最期の言葉は「ありがとう」でした。

ケニーが自分に注射器を託したこと、かけがえのないものを掴んだエルヴィンの最期の言葉、純粋な夢を語るアルミンの瞳が光で満ちていたこと。それら全てが繋がったとき、リヴァイはアルミンを選ぶ決断を下すのでした。

この選択にはもう一つ意味がありました。
リヴァイはエルヴィンを巨人を滅ぼす悪魔として蘇らせてはならないと思い至ったのです。

エルヴィンはあらゆる呪いを振り払い価値あるものを掴んだのに、彼を生き返らせ再び悪魔の役を与えることは彼の最期の選択を否定することになります。なのでリヴァイはエルヴィンを「休ませてやる」ことにしたのです。

この一件で、エルヴィンを悪魔として蘇らせようとしたフロックと他の調査兵との間に亀裂が生まれ、後のイェーガー派誕生のきっかけになるのでした。

様々な思いが交錯し、最終的にその全てはアルミンへと託されました。
アルミンは気を失う中、超大型巨人の幻を見ます。

これも今思えば、夢でも幻ではなく「道」の世界でアルミンとベルトルトが出会っていたのかもしれませんね。二人がまた出会うことはあるのか…?

事のあらましを聞いたアルミンはその未熟さから、「どうして僕なんですか」と託された夢も責任も自らのものだと受け止めることができませんでした。

ついに地下室にたどり着き世界の真実を知った調査兵団でしたが、アルミンと同様にエレンもまた誰よりも重い運命を背負うことになります。

勲章授与式でヒストリアの手に口づけした瞬間、エレンは言葉を失い固まってしまいます。後から分かる話ですが、このときエレンは父グリシャが見た未来の記憶を通してこれから起こることやこの物語の結末を断片的に知ってしまったのです。そしてその未来が変わることはないということも少しずつ理解していくのでした。

巨人を掃討した調査兵団はとうとう海にたどり着きました。初めて見る海の青さ、その輝きは、ここまで到達した調査兵団への祝福に溢れているようでした。

アルミンは浜辺に落ちていた貝殻を拾います。それはアルミンにとって、子どもの頃思い描いた夢の象徴でもあり、エレンと未知の世界を探検する約束の証でもありました。アルミンは「これ見てよ!」と声をかけますが、エレンは海の向こうの敵を見ていました。

アルミンは貝殻を渡すことができないまま、壁の向こうの世界を知った感動を共有できないまま、エレンとさらにすれ違っていくのでした。

本章の最後は、グリシャを導いた先代の進撃の巨人継承者、エレン・クルーガーについでです。

クルーガーは進撃の巨人を継承するエルディア復権派でありながらマーレ当局に諜報員として潜入していたこともあり、マーレで誰よりも達観して世界を見ていました。

そして神を崇拝し息子ジークを道具のように見る悪魔となったグリシャが絶望で正気に戻ったとき、「お前が始めた物語だろ」と本来の自分と向き合わせたのでした。

そんなクルーガーはグリシャに巨人を継承する直前、遺言としてこんな言葉を遺します。

妻でも
子供でも
街の人でもいい
壁の中で人を愛せ

それができなければ 繰り返すだけだ
同じ歴史を
同じ過ちを
何度も

その言葉を告げた船着場の壁の上は、エルディアとマーレ、つまり善と悪の基準がひっくり返る境界線の上にあります。そんな場所でクルーガーはを説いたのでした。

この愛とはおそらく、エレンがミカサを救いマフラーを巻いたこと、ウーリとケニーの間に生まれた友情、リヴァイがエルヴィンを生き返らせなかったこと、ほかにもたくさんありますが、それら全てに通ずる人間の尊い感情を指しているのでしょう。この世界を救うのは果たして愛なのか?

さらにクルーガーはこう続けます。
「ミカサやアルミン みんなを救いたいなら使命を全うしろ」と。この時代にはまだ生まれてもいない二人の名前を出して。

このときから既に、進撃の巨人継承者は未来の継承者の記憶を見ることができると示唆されていました。そしてこの物語はいつか産まれてくるミカサやアルミンたちを救うための物語であるというのです。その結末を知ったエレンは、一体何を選ぶのか…。

6000字に渡るお付き合いありがとうございました。

次回は舞台がマーレに移る23〜26巻です。

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