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【23〜26巻】『進撃の巨人』で描かれた多種多様な「自由」を紐解く⑥

ウォール・マリア奪還から4年。ここから舞台はマーレに移り、物語は第2部(と呼ぶことにする)が始まります。

第1部は「人類(正義)は巨人(悪)に勝てるのか?(勝てる)」という少年漫画の命題を愚直にいく王道作品で、巨人を倒せば万事解決の解決可能問題に挑戦していました。巨人という理不尽に対して、人は自由であれるのか?

一方第2部では、戦争、差別、教育、環境、人種といった我々が生きる世界と同じ様々な解決不可能問題が題材となります。解決不可能な理不尽に対して、人は自由であれるのか? これが第2部が描くテーマです。
作者諫山創が!理不尽と戦っている!!

まずは第2部のキーパーソンであるファルコとガビについてです。

ファルコの叔父はかつてエレンの父グリシャをエルディア復権派に勧誘した男で、叔父が楽園送りにされたことで親戚全員に疑いがかかり、ファルコはその潔白を証明するために兄コルトと共に軍に入りました。

一方ガビは名誉ある戦士ライナーの姪にあたり、ライナーの母カリナによる教育でパラディ島に住むエルディア人を「島の悪魔」と呼び、世界を苦しめる島の悪魔共を成敗することで自分たちを「善良なエルディア人」だと認めてもらうことを夢としていました。

激しい差別を受けるエルディア人に生まれ、親世代からの教育で被差別者でありながら差別主義者となり戦争に加担していたガビは、第2部における呪いの被害者の象徴のような存在と言えます。

そしてついにこの人にスポットを当てるときが来ました。『進撃の巨人』の裏の主人公であり鎧の巨人継承者、みんな大好きな悲劇の英雄ライナー・ブラウンについてです。

ライナーはエルディア人の母カリナとマーレ人の男の間に生まれました。しかしエルディア人はマーレ人との間に子供をもうけることを禁じられていたため、カリナは夫と一緒に暮らすことができませんでした。

カリナが「マーレ人に生まれていれば…」と涙を流すのを見て、ライナーは「名誉マーレ人」になる決意を固めます。そうすれば自分は世界一の自慢の息子になれると信じて。

ライナーはついに鎧の巨人の継承者に選ばれ名誉マーレ人の称号を得ます。そして父親を見つけ出すのですが、その父親はカリナとライナーから「逃げ切る」ことしか考えていませんでした。俺に復讐しようとしているのだろと決めつけて。

ライナーはこれしきではめげません。自分は鎧の巨人を託された選ばれた戦士。始祖の巨人を島の悪魔から奪還し世界を救うんだとライナーは船に乗ります。

島に着いて早々、衝撃の事実が顎の巨人継承者のマルセルから明かされます。実はライナーは戦士に選ばれる予定ではなく、マルセルが弟ポルコを守るために軍に印象操作してライナーが選ばれるように誘導したというのです。

ライナーが呆然とする中、突如埋まっていた無垢の巨人が目を覚まし一行に襲いかかります。ライナーを庇ったマルセルは反撃する暇もなくその巨人に喰われてしまいました。

自分が生まれたせいで家族はバラバラになり、本来自分は戦士に選ばれるはずもなく、自分のせいで仲間が巨人に喰われて死んだ。自分はこの世界にいていい存在ではなかった。

それでもライナーはまだ諦めませんでした。ベルトルトとアニを説得し作戦を続行したのです。どうしてかって? そんな結末、納得できないから。この世界に自分はいていいと思いたかったから。マーレのためでも母親のためでもなく、自分のためにライナーは壁を破壊しました。

その後のライナーは知っての通りです。罪の重さに耐えられず精神分裂をきたしてしまいました。みんなの頼れる兄貴ライナーは、ミカサや自分のように強くなれないと嘆くエレンに励ましの言葉をかけます。お前はここにいていいと。お前ならやれると。あの日の自分と重ねていたのでしょう。

島から帰還したライナーは精神分裂は改善したものの、殺戮を犯した罪の重さと仲間たちに嘘をつき続けていた事実の両方に苦しむようになります。自殺未遂を犯すほど。

それでもライナーは生を諦めませんでした。自分の存在意義を証明して罪悪感を減らしたいという言い訳をして。自分は生まれて良かったのだと思いたくて。

そんなライナーに信じられない出来事が起こります。レベリオで「祭事」が行われる中、あのエレンが変わり果てた姿で目の前に現れたのです。

「何しにここへ来た」とライナーが聞くと、エレンは「お前と同じだよ」「仕方なかった」と答えます。

エレンはライナーに語りかけます。お前の気持ちが敵地に潜伏していた今の自分ならよく分かると。何も知らない子どもが洗脳され、世界を救うために壁を破壊したんだろと。

ライナーはそれを否定します。「俺が悪いんだよ」「俺のせいだ」「俺は英雄になりたかった」とエレンに告白しました。

自分はこの世界にいていい、その理由がほしくて戦っていた、世界を救うためじゃないと。心が耐えられなくなったライナーは思わず「俺を殺してくれ…」とエレンにつぶやきます。

「…ですが 私は死にたくありません」

そう宣言したのはマーレを裏で操り戦槌の巨人を管理するタイバー家当主、ヴィリー・タイバーでした。ヴィリーはタイバー家が受け継いできた巨人大戦の真実を公にします。そして世界を滅ぼすほどの力が今エレン・イェーガーの手中にあり、世界が一つになってパラディ島の悪魔に立ち向かわねばならないと宣言しました。

ヴィリーは自分に流れるユミルの民の血を恨みました。できれば生まれたくもなかった。でも私は生まれてきてしまった。生まれたからには、生きていていいのだと思いたかったのです。

ヴィリーは「自分で自分の背中を押して」自らをおとりにしてでも世界を一つにまとめパラディ島へ宣戦布告を行う決意を固めていました。彼は自分の意志でなりたい自分を選択したのです。世界を救うためではなく自分のために。

それを聞いたエレンは安堵のような、諦めのような表情を浮かべます。エレンはおそらく理解したのでしょう。なぜ未来の自分が地鳴らしを起こすのかを。それは自分がライナーやヴィリーと同じだったからなのだと。自分と同じ人がいたのだと。

人は生まれたときから自由である。人は生まれてしまったからには生きていたい。生まれてはいけなかったと認めたくない。どんなことをしてでも生きていていい理由がほしい。その先にどんな地獄が待っていたとしても。つまり自由だからこそ人は争うのです。

やっぱりオレは… お前と同じだ
多分… 生まれたときからこうなんだ
オレは進み続ける
敵を駆逐するまで

自分の自由で戦い続けると決意したエレンは巨人化し、宣戦布告をしたヴィリーに襲いかかります。さらにその場にいた各国の要人やマーレ軍上層部を皆殺しにしたのでした。自分たちで戦う気もなかった者たちを全員戦争の当事者へと変えてしまったのです。

エレンと戦鎚の巨人が戦う中、潜伏していた調査兵団が合流。さらにマーレ戦士隊も入り乱れレベリオは戦場へと化したのでした。

ここで調査兵団には王政編から続く新たな通過儀礼を課せられます。前回は対立する勢力の人間を殺さなければならないというものでしたが、今回は無関係の一般人を巻き込んで殺すというものでした。

こうしてアルミンはベルトルトと「同じ景色」を見ることになったのでした。これから彼らは壁の破壊者たちと同じ立場になり、その苦しみを味わうことになるのです。

戦士隊が全滅し調査兵団は飛行船で撤退する中、ガビはなぜ自分たちがこんな目に合わなければならないのか理解できませんでした。あの日のエレンのように。

一方ファルコは、エレンとライナーの会話を聞かされていたことでマーレの戦士から攻撃されたことへの報復だろうと察することができました。ここからファルコはガビよりも高い視点(いわば鳥の視点)から世界を俯瞰するようになり、ガビを導いていく存在になるのでした。しかしこのときのガビにはそれが理解できませんでした。

その結果ガビは飛行船に乗り込み、サシャを撃ち殺すことになるのです。

本章の最後はエレンとファルコの会話を振り返りましょう。

エレンはファルコに「みんな何かに背中を押されて地獄に足を突っ込む」と語ります。その多くの人は他人や環境に強制され仕方なくそうするのだと。しかし少数は「自分で自分の背中を押した奴」がいて、そいつらは「地獄の先にある何かを見ている」とも言いました。

「自分で自分の背中を押した奴」とはつまりこれから地鳴らしを起こす未来の自分自身のことなのですが、エレンは自分以外にもそういう奴がいることを知ります。ライナーとヴィリーです。

どうして彼らはそんな選択ができたのでしょう。それを紐解く鍵として、本音と建前という考え方を使います。要は本音と建前が揃えば人間はどんな残酷なことでもできるのではないかという仮説です。

ライナーの壁の破壊
本音:生きていい理由がほしい
建前:島の悪魔を成敗し世界を救う英雄になる

ヴィリーの宣戦布告
本音:生まれてきてしまったから
建前:世界を一つする、注意をマーレからそらす

エレンの地鳴らし
本音:この世に生まれたから、納得できないから
建前:パラディ島を守る …?

こう整理すれば見通しも良くなるのでは?という提案でした。建前の部分が「その先にある何か」ということになりますね。では殺戮の限りを尽くすエレンの建前とは本当にこれだけなのか…?

次回は調査兵団がパラディ島へ帰還する26〜28巻です。

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