モモと時間どろぼう
ミヒャエル・エンデの「モモ」を読んだ。
少し疲れた大人には、チオビタよりもファンタジーをお勧めしたい。
私が紹介するまでもなく有名な小説だけど、知らない人のためにざっくりとあらすじを説明すると・・・
モモは不思議な力を持つ女の子。
モモと話をするだけでなぜか心が軽くなり、癒されていく。
最初はみんなから「みすぼらしい女の子」と思われていたモモは、次第に街の人々にとって大切な存在となっていく。
ある日、街に「灰色の男たち」が現れる。
「時間貯蓄銀行に時間を預けると、命が倍になる」と彼らは言う。
それを信じた人々は時間を奪われ、どんどん心の余裕を失っていく。
余裕を失っていく人々を見かねたモモは「時間どろぼう」から奪われた時間を取り戻そうと奮闘する。
この本の副題は「時間どろぼうとぬすまれた時間を人間にかえしてくれた女の子のふしぎな物語」。
「時間」がテーマのお話。
1973年に出版された児童書だけど、今読んでも古さをまったく感じない。
むしろこの時代に生きてるからこそ、現代人の生き方に警鐘を鳴らす意味が理解できるし、深く胸に刺さる。
「灰色の男たち」は人々から時間を奪っていく。
時間を失った人々は人間らしさを失い心をなくしていく。
「時間」って何だろう?
「時間が欲しい」と言いながら、私たちはその本質を理解していない。
この小説を読んで気づいたこと。
時間は、癒しだということ。
時間は、リズムだということ。
時間は、リズムであり、癒しそのものだということ。
時間は過去から未来へと流れていく。
壊れたグラスは元に戻らないし、散らかった部屋が自然と片づくことはない。
エントロピーは増大するばかり。物事は複雑になるばかり。
時間が逆流することは絶対にない。この世界では。
果てしなく増幅し、膨れ上がっていく世界。
発展するのは喜ばしいこと?
広がっていく世界に時々追いつけなくなって恐怖を感じる。
混乱しきったこの世界を癒してくれるのは、ただ時間が過ぎていくことではないかと思う。
時間はリズムを刻んでいる。
世界はリズムを刻んでいる。
目に見えないけど、確かに存在する。
赤ちゃんは母親の心音を聞くと泣き止む。
シャーマンは人々を治癒するために太鼓を叩く。
いつまで経っても人間は歌うことや踊ることをやめない。
リズムは癒しだと本能的に知っているから。
リズムはあらゆるところに存在する。
繋いだ手の中に。
柔らかな寝息の中に。
緑揺れる公園の中に。
楽譜では書き表せないリズム。
世界が刻むリズムに耳を傾けてみる。
同調したり、抗ったりしてみる。
そうやって世界を感じる。無限に。
私たちはリズムの中で生きている。
鳴り止まないリズムの中で踊っている。
リズムを感じられなくなった時は世界と切り離された時。
リズムを刻むということは、癒しを求める行為。
不完全な自分を赦して欲しいと世界に請う行為。
人々は「時間」を手に入れるため必死に生きている。
あらゆるものを切り捨てて。手放して。
そうして世界が刻むリズムが聞こえなくなってしまった。
自らリズムを刻むこともやめてしまった。
灰色の男たちは、いつも心の中にいる。
本当に手に入れたいものは「時間」ですか?
心を失ってまで欲しいものは「時間」ですか?
私は「時間」が欲しいのではなくて、本当は「癒し」を求めているのかもしれない。
きっと、あなたもね。
時間はあなたに与えられたスペシャルな癒し。
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