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協奏曲 [1000文字小説]


何気ない言葉が人生を決めてしまうことがある。
相手はなにも思っていなくても、ただの無味乾燥なこたえであったとしても。


大学四年生のとき、大人になる直前にそんな言葉をかけてもらった。

それまで私は教師に対して、信頼や尊敬の念を抱いたことがなかった。中学校、高校と男性特有の思春期が長引き、「教師なんか」と話を聞くようなタイプでは無い。

だから、大学に行ってもどうせ教師にはロクな人はいないと思っていた。部活が忙しく、大学では授業にほとんど出ていなかったように思う。出ていても真面目に聞いているようなタイプではない。

2年になるとゼミに入ることが必須だったため、一番楽だと噂のゼミに所属した。
ゼミの先生は1年生の頃から授業は受けていたため、なんとなく知っていたが印象はあまり良くなかった。
周りの生徒からの評判も悪く、「色んな人がいるからね」と理解されることは少なかった。

クセが強く、一切遠慮というものがない授業では単位を取ることが第一目的になっている人が多く、教授もそのことを知っていたのだろう。

4年になり、就職活動の時期になった。ぶっきらぼうな教授は意外にも、相談に乗ってくれた。

編集者になりたくて出版業界を目指していた私は、就職試験の作文の課題が多かった。
「俺は高いんだぞ。」
と微笑みながら、毎回時間を作ってくれ課題の添削をしてくれる。
「つまらない。」「響かない。」
と、一度も褒められたことは無かった。

悔しかったが、教授の言う通りなのか、なかなか就職活動はうまくいかない。面接では何度も何度も同じ質問を繰り返し聞かれ大人になるということがこんなにも大変なのかと身に沁みて感じた。

出版業界は最後の一社になった。面接に向かう前、最後の作文の課題があった。これで人生が決まってしまうかもしれない。と焦り、不安を必死に押し殺しながら書いた。

作文は教授に送ったが時間が合わず、作文の添削はしてもらえなかった。不安なまま面接に向かう中、朝作文をみた教授からメールが一通届いた。

そこにはたった一行。

「面白い。とてもいいよ。」

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