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ベイビー・ブローカーは「洗われる」映画だった

話題のベイビー・ブローカーを見てきました.是枝監督作品も韓国映画も,それほど見ているわけではないのですが,本作品も影響を受けていると思われるパラサイトの雰囲気を想像していたので,いい意味で裏切られました.

本作は「捨て子」という重いテーマを扱っており,それほど軽い気分で見られる作品ではありません.しかし,起伏の少ない演出や,作中に登場する子供たちの存在も相まって,くすっと笑えるシーンも多く,全体としてはゆったり楽しく見られる映画だと思います.

そんな本作のレビューを見ていると,家族のあり方や,捨て子を取り巻く人々の考え方・行動に対する意見や感想が多く,もちろんそれが本作の主題の一つであることは間違いないのですが,どうもそれだけでこの作品が語られることに違和感を覚えました.

見た方ならお気づきかと思いますが,本作には「洗う」モチーフがこれでもかと盛り込まれています.今回は,このモチーフに関して感じたことをつらつらと書いていこうと思います.

※ 以下,ネタバレを含みます.

服を洗う主人公たち

https://www.youtube.com/watch?v=EVf8cDZJNGw

ソン・ガンホ演じるサンヒョンは「クリーニング店」を営んでいます.道中でも洗濯をするシーンが何度か挟まれることから,ブローカーの隠れ蓑としての側面だけでないことが感じられます.

主人公たちは暗い過去を持ち,犯罪に手を染めながら物語を前へ進めていくのですが,サンヒョンのおかげで(物理的に)身なりが汚くなったり,ボロボロになったりしていくことはありません.

そのおかげもあって,物語はどこか優しく,ゆるやかな日常のようなテイストをまとって進行していきます.このあたりが同じ韓国映画のパラサイトとは対象的な点であり,この作品の特徴だと思います.

服を洗わない刑事たち

一方で,主人公たちを追う2人の刑事たちはというと,張り込みを続けるせいで服を洗うことすらままなりません.

https://www.youtube.com/watch?v=EVf8cDZJNGw

映画の序盤,舞台がまだ釜山(違っていたらすみません)のころは,アン・スジン (先輩刑事)のパートナーが着替えを持ってきてくれるシーンがありますが,舞台が移り,張り込みが長引くにつれてそれも叶わなくなります.

https://www.youtube.com/watch?v=EVf8cDZJNGw

イ(後輩刑事)が服の匂いを気にするシーンが象徴するように,彼女たちの身体は汚れていく一方.そしてそれと呼応するかのように,アン・スジンの行動も過激になっていき,彼女の後ろ暗い部分が明らかになっていきます.

状況的に不利であるはずの主人公たちが,どこかほのぼのとしているのに対し,刑事たちのほうが追い詰められていく不思議な逆転関係も,面白いところです.

洗われるということ

https://www.youtube.com/watch?v=-cNnRKH3bGc

彼らの旅を明るくしている一因は,ジウン(身寄りのない,8歳の男の子)の存在です.大人たちが辛いとき,困難に直面したとき,いつも彼がその場を明るくしてくれます.

劇中の印象的なシーンには,彼が多く関わっている印象があるのですが,中でもこの映画のハイライトだと感じるのが,洗車場のシーンです.ここは,物語の転換点になっているようにも思います.

https://www.youtube.com/watch?v=-cNnRKH3bGc

洗車場のシーンでは,ジウンが窓を開けたせいで,全員ずぶ濡れになってしまいます.このシーンは役者さんの演技も抜群で,本当の家族のように大笑いする主人公たちを見て,なんとも言えない感動がこみ上げてきました.

このシーンを境に,ソヨン(赤ちゃんの母)が本当の名前を打ち明けたり,金を儲けることしか考えていなかったみなの意識が,徐々にウソン(赤ちゃん)の将来に向かっていったりと,膠着していた状況が前に進みはじめます.

彼らはサンヒョンによって服を洗われ,ジウンによって体ごと洗われることで,同時に心まで洗われたのだと思います.大人は濡れることを嫌いますが,濡れることをいとわない子供たちと触れ合うことで,否が応でも濡れてしまいます.

ウソンもジウンも,大人に洗われ(世話をされ)なければ生きていけない存在です.しかし,そんな彼らによって,大人の側が洗われる瞬間があるのもまた事実.

「生まれてきてくれて,ありがとう」というセリフには,そんな互いの生を,ただただシンプルに肯定するメッセージが込められているように感じました.

https://www.youtube.com/watch?v=EVf8cDZJNGw

洗ってくれる存在を見失いかけたアン・スジンですが,パートナーとの電話を通じて,少しだけ状況を前にすすめることができました.このとき,ほぼ車の中に引きこもっていた彼女が,雨の降る窓の外に手を差し出し,その手が少しだけ濡れる描写があります.

エピローグでは,彼女はウソンを(一時的に)引き取ることにより,自分の抱えているものに一つの区切りをつけたように見えます.ここでも,ウソンと海で遊んで足を濡らす様子が描かれています.

また,ソヨンが刑期を終えたあと,ガソリンスタンドで洗車していたのも印象的であり,象徴的なシーンだったように思います.

おわりに

少し長くなりましたが,ベイビー・ブローカーを見て感じたこと,気がついたことを書いてみました.

ストーリーが比較的重く,社会を二分するような話題でもある分,どうしてもそこに引っ張られがちなのですが,演出やそこで描かれているものを追っていくと,案外メッセージはシンプルだったのかなと気が付きました.

洗ったところで汚れが完全に落ちるわけではないし,汚れがなかったことになるわけではないですが,それでも人は洗い,洗われることを通じで,ほんの少し晴れやかな気持ちで人生を前に進めることができるのだと,そんな前向きな気持にさせてくれる作品でした.

子供の無邪気さみたいなものに,色々と託しすぎているなぁとか,大きな社会問題を取り扱っている割には,あまりそこに踏み込んだ意見は示していないなぁとか,いくつか弱点があるのも確かなのですが,このポストが,少しでも鑑賞に際して前向きな気持ちになるお手伝いになれば幸いです.

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