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小説「丼とバーガー」草稿③

金沢③

 加能まいもん軒。ほぼ毎日も通った。
 僕は、マスターの話を聞きながら、能登杜氏四天王の最後の一人の仕込み酒を飲む。
 つまみで出された烏賊の糀漬けや黒づくり。
 うまっ。これやばいですね。旨すぎる。お酒がどれだけでも行けちゃう。
 これだけで充分でしょ。
 この糀漬けからイカをとったら塩麹。昔から能登では使っている調味料、塩麹のブームの前から、と語る。鶏の塩麹焼きだってずっと昔から、照り焼きのように普通に家庭で食べて来た。
 この黒作りもイカの身とワタをいしりに漬けておいたのにイカ墨を掛け合わせたもの。富山が有名だけど能登でも烏賊がたくさんとれ、昔から食べてられている。いしりを使うところもある。発酵が早くなる。なんなら馴染めば即成で出来上がり。いしりはイカを発酵させた魚醤だからね。
 そうか、郷土食、伝統食か。
 純粋な和食。それを翻訳したらどうだろう。
 とりあえず安直だけど、老舗料亭に行こう。行って勉強しようと考えた。

 会席料理は本膳料理の崩しだそう。本来一汁三菜、二汁五菜、三汁七菜と出されていく饗宴料理が、シンプルな献立となったものらしい。
 僕らが普通に定食で食べている定食屋の、ある日の野菜炒め定食も、メイン:焼き物=野菜炒め、小鉢:煮物=ひじき、小鉢2:酢の物=きゅうりとちくわとなっていて、これにご飯、味噌汁とお新香が付いて、何気に一汁三菜だ。丼ものはそれを一つの丼に乗せたものなので、基本は三菜で構成されている。
 例えばかつ丼。焼物は豚かつ、煮物は玉ねぎの卵とじ、向付は三つ葉か沢庵か。
 食べるスタイルのミニマルへの進化もある。つまり、懐石、会席、本膳ではたくさんの器による配膳。丼ものでは丼を持ち箸でかき込むスタイル。それがburgerでは、両手ないし片手で口に入れることができる。
 当然食器は少なくなり、洗い物も少なくなる。ワンハンドは環境にいい。SDGsってわけだ。

 こうして会席料理を見て食べるとやっぱり日本料理はすごいなと思う。生活とか生きるとかとは離れたところにある純粋に美的な空間と時間だ。日本人はそういう純粋美的空間が好きなんだな。
 その一方でワンハンドで食するシンプルなスタイルもかっこいいと思う。
 僕は会席料理のメインと言われる椀のものってミニマルでかっこいいと思う。鍋ものみたいなごちゃごちゃに煮る料理の対極にある。
 ごった煮から引き算して、パーツで構成する椀物はデジタルでスタイリッシュだ。
 そんなふうにワンハンドの世界を作りたい。伝わってる?

 大朋楼、加賀藩の御膳所の御料理方の“包丁侍”。包丁式を執り行い、藩の饗応料理を担う。城下では“煮売屋” 。今の料亭の前身の“腰掛茶屋”。そして“駅弁屋”、名物二重折。
 老舗料亭の大朋楼のこの日の献立は、
 金箔入り梅酒
 八寸:ゴリ、サザエ、どじょう、カラスミ、百合根入り玉子焼き、鮎甘露煮、たこ柔らか煮
 松茸土瓶蒸し
 お造り:あぶらののったぶり、鯛、昆布締め甘エビ
 鰆の西京焼き
 鯛の唐蒸し(鯛の中におからを詰めた郷土料理)
 松茸と白子の天婦羅
 治部煮
 蟹のほぐし身に酢のジュレ
 松茸ご飯
 水菓子:梨、ぶどう、栗渋皮煮。
 郷土料理の治部煮や唐蒸し鯛が入った、欲しい料理満載のコースだった。この中から丼とバーガーにしたいものが四つあった。
 まずどんぶりものを実際にイメージした。
 鰆の西京焼き丼・鯛の唐蒸し丼・松茸と白子の天丼・鴨のじぶ煮丼。
 できる。美味そう。おずおずしながら女将に聞いてみる。
「この料理をベースにしたどんぶりって金沢にありますか。」
「さあ、ないんじゃないでしょうか。料理長に聞いてみましょうか。」
「お願いします。それで、もしなければ、作れるかも聞いていただけませんか。」
 バーガーも何となくイメージする。
 ミニバンズに挟んで、西京焼き魚(鰆)・おから詰めの蒸し魚(鯛)・白子のかき揚げ・鴨の治部煮、4種類のburger。鰆、鯛、かき揚げ、鴨のそれぞれがメインになる。あとはソースや付け合わせでバランスをとる。これはいい。さすがに欧米にないだろう。

 料理長のご主人がいらした。早々にご挨拶をすますと、
 「どんぶりとバーガーなんです。」唐突だった。
 「丼と…バーガーですか?」
 やっぱり雄弁に語った。丼、それからバーガーにすることの意義を特に。
 ご主人は少し顔がゆるんできた。少し微笑みながら、
 「面白いですね。」
 よかった。
 それから、お話しいただいた内容は…
 そもそも会席の料理は、お酒やご飯を共に食すものなので、丼でいえば合わせやすいものです。鰆の西京焼きも、鯛の蒸しものも、かき揚げも、治部煮の鴨も全て白米に乗ります。
 ただ、注意しておきたいのは、どんぶりものはただおかずをご飯に乗っかるだけではなくて、熱いご飯の上に具を乗せ、蓋をしてしばらく蒸らす、というのが基本だと思います。この時、ご飯に染み込んだタレやつゆに熱が入ります。ご飯からは湯気が上がっています。水蒸気です。ご飯とタレと具に水蒸気の熱で丼の中でいわば蒸し調理が行われます。これで一体となるのです。
 話を伺いながら、なぜだかうれしくなってきた。自分の考えているどんぶりものの本質を説明してくれてるようで、「そうそう」「そういうことなのよ」と心で頷きながら、刺身が乗っただけのものなぞと生意気言った海鮮丼のことを反芻していた。
 ですから、例えば治部煮の鴨は、そのとろみある汁がご飯と鴨をどうつなぎ合わせ一体化させるかを考える必要があるのです。
 そうすると、とろみは少し弱い方がいい。その方が染み込みやすく鴨とあわせやすくなる。
 さらにそれをパンで挟むとなると、今度はパンとの相性を考えなくてはいけません。ご飯とは全くの別物といってもいいでしょう。
 パンにソースが染み過ぎないように、それでいてパンと具とソースが一体になるように組み立てる必要があります。使っているパーツは同じでも丼とは別物です。
 それから、治部煮には麩が入ってます。そもそも丼であり、バーガーでもあるのでは?
 「今度の土曜日の午後はお時間ありますか?」とご主人。
 「もちろんです。」びっくりした。喜んで前のめり気味に返した。今度の土曜日の15時に伺う約束をした。実演をしながら丼ものの作るところを見せてくれるという。すごい、ありがたい。
 ただ実は、治部煮の話の麩のところは理解できていない。何を言っていたのだろう。


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