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小説『丼とburger』草稿 田辺篇③

 バンズをどうしよう?

 あがら丼あがら飯のパンフには、カツサンドがある。サンドイッチか。こうなるともう丼でも飯でもない。何でもありのあがら勝手だな。やっぱり素晴らしく自由だ。
 このカツサンド、解説を読むと、この辺で昔から好まれている甘みのある食パンが売りのようだ。バーガーにするのにうってつけかも。ハンバーグなど味の強い具をさはむハンバーガーには甘めのパンを合わせる店が多い。
 街中でパン屋をググってみる。
 気になるお店、駅前の「Don-ai」。新しそうな店だ。
 目指して駅前に歩く。閉まっている。張り紙には…
本日はイベント出展のためお休みしています。よろしければ、イベント開場へお越し下さい。
 蟻通神社でマルシェ的なイベントをやっているらしい。近いので行ってみることにする。
 「ト」と書かれた白い提灯がずらりと下げられている。イベントの名前らしい。占いの「ト(ぼく)」みたいで、それが並んだちょっと異様な空間だ。
 出店のブースを見ると、パンとコーヒーの店ばかりだ。パン専門、コーヒー専門、パンとコーヒーの両方。焼き菓子やクレープを売っている店もある。
パンは食パン、ハード系、甘味、惣菜系、サンドイッチ、ハンバーガー、クレープまで色々ある。
 コーヒー店も数がすごい。ドリップだけでなく、エスプレッソやいにしえ喫茶のサイフォンもある。こんなに飲まないでしょと思うけど、行列が多数できている。これは完全に名のあるバリスタ、コーヒードリッパーたちを目指して客が追っかけて来ているということではないだろうか。並んでいる人は、どんな理由でその店推しなんだろう?
 名古屋のテレビ局の〇〇という番組の者ですが、どうしてこの店にここまで来て、並んでまでして飲みたいのですか?とハンディカム回しながら聞いてみたくなる。
 逆コミュ症。好奇心が抑えられない、聞きたくて話したくて仕方ない。コミュ症の真逆。コミュニケーション過剰症候群だ。
 失礼だが、こんな田舎町に?どうしてパンとコーヒーに特化したマルシェが?出店してる人たちがみんな絵に描いたように今っぽい。ブースのテントは全部白く、白い「ト」の提灯と異空間を作っている。神社の境内だけに異界を醸し出している。
 ああ、今気づいた。「ト」は、コーヒー「と」か。そういうことか。パンも焼き菓子もコーヒーのお供だ。
 わかった。気づいて高揚する気持ちを抑えられないまま、目的のお店を探す。どこだろう。本当にパンの出店ばかり。色々な種類のハンバーガー。鯖サンドなんてのもある。聞くと関西中から集まっていているようだ。
 奥の方に「Don-ai」はあった。あるある、たくさんのバーガーとサンドイッチ。ハード系のパンが結構充実している。迷わずフィッシュバーガーを買う。バンズはブール風の、でも生地の密度のもっと細かい食べ応えのあるバンズだ。そんなに主張していない生地。魚のフライとタルタルソースによく合っている。これは使える。よしよし、ひとりうちうちに笑った。
 食べながらもう少し境内を散策してみる。
「あれ?」
「あれ?」
 2人ほぼ同時だった。
「丼とバーガーさん」
「はんとぱんとさん」
 金沢で出会い、一緒に出店した彼女だ。キッチンカーで全国を旅して、その土地の食材を活かした料理を創作してイベントなどで提供する料理人=コネクティッド・シェフ。また、それを簡単に食べられるように折り畳みおにぎりと具沢山サンドイッチにして、キッチンカーで販売もしている。
「どうしたんですか?」
「どうしたって、出店してるのよ」
 本当だ、サンドイッチ。「これは、折り畳みおにぎりですか」
「そう。パンとご飯を出してる。このイベント、仲間内ではけっこう話題なっていたの。それで、今回は応募したら、出られた」
「へえ、マルシェ業界では有名なんだ。で、今回は何売ってるんですか?」
「すごい悩んだの。それで、これにしたの」
 サンドイッチの断面を目の前に出してくる。
「え?なに?カツサンド?」
「ブゥー、シイタケのフライです」
「しいたけ?」
「そう、椎茸サンドを出してる。食べてみて?300円」
「下さい」
 ひとくちかじる。あ、椎茸は肉厚で噛みごたえがすごい。ミンチが傘に詰めてある。鶏かな?肉厚な椎茸と鶏ミンチでお肉のような気になる。少しけもの臭さがあり、味が濃く旨味が強力だ。
 フライの衣に染み込んだソースは甘め。長野県の伊那や駒ヶ根のソースカツ丼のソースに近い。刻みキャベツが敷いてあるのもカツサンドの定番。
 カリカリした食感は、ピクルスならぬきゅうりのキューちゃん風の漬け物。キューちゃんよりも少し酸味が強い。
 それからなんだろう、香辛料。少しヒリヒリする。黒胡椒かな。
 バンズは、甘くてちょっと酸っぱ味がある。全部味が強くて、それでいてバランスがとれている。本当にすごく美味しい。
「椎茸とミンチの食べ合わせが旨いです。この香辛料は何ですか?」
「山椒です」
「ああ、コクのある甘塩っぱいソースに合いますね、鰻のタレのように」
「そう、それを狙ったの。椎茸とミンチは鰻の身、フライの衣はパリッと焼いた皮。酸味は抑えた甘いソースはタレ。そうすると山椒のアクセントが欲しくなる。酸味を足す漬け物もポイント」
 椎茸は、ここ田辺から山間に行った龍神村の名産。昔から肉厚の大きな椎茸が取れるので有名だったそう。昔は干し椎茸は中国に輸出していて、本当かどうか、同じ重さの銀と交換された時代もある、なんて話を耳にした。
 解説を聞いてさらに一口。「うん、うまい!これバーガーにしても出せますね」
 ふっ。彼女が笑う。出た、丼とバーガー男って思ってるんだ。
「パンの生地がしっとりもっちりして美味しい。甘みも酸味もいいです。どこのパンですか?」
「ラ・ジモーティって店のパン。リーンでハード系のパンを探していたのだけれど、まだ焼けてなくて。カツやハンバーグのような味の強いサンドイッチならと相談したら、ケフィア酵母の食パンを薦められた」
「それどこですか?」
「ここから南西にある、かつて警察署のレトロな建築をリノベしたオシャレなお店」方向を指差す。
 僕はお寿司屋のあがら丼からフィッシュバーガーを作ってもらうことになったいきさつ、バンズを探していることなどを説明した。
「このケフィア酵母の生地、そのバーガーに合うんじゃない」彼女が言う。
「紹介してくれませんか?」

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