見出し画像

小説『丼とバーガー』草稿⑤

金沢⑤

 とてもさわやかな青空。
 いろんな種類の食べ物のキッチンカーがたくさん並んでいる。
 僕がいるのは『はんとぱんと』という看板のキッチンカー。いかにも女性らしい可愛いデザインの外装とロゴ。
 実はこの『はんとぱんと』という屋号というか、ショップネームが、今回僕が店を出そうと思った理由でもある。

 加能まいもん軒のマスターから、電話があった。
「こんど市内でマルシェがあるんですが、こないだの鯛の唐蒸し丼とバーガーと治部煮バーガーを出してみませんか?それと面白い人を紹介します。」
 まいもん軒に呼び出されて、マスターから紹介されたのは、軽のキッチンカーで全国を旅している女性の料理人。僕より2、3個上の30歳前後で、旅した日本各地でポップアップレストランを開いている。呼ばれたイベントで作ることもあれば、今回の様にマルシェの会場にキッチンカーを持ち込んで調理販売することもある。
 この時、僕のことを
「こちらは、丼とバーガーさん。」と呼んで紹介し、それから今度は彼女を掌でさし示して、
「はんとぱんとさんです。」と言った。
 ふたりとも頭の中はクエスチョンマーク。しばらくの間、?。
 すると、マスターは彼女に、
「丼とバーガー。丼はどんぶりの丼、バーガーはハンバーガーのバーガー。」
 彼女は、すぐ「あっ」という顔をして、笑い出した。けらけら笑う。ずいぶんと笑う。
「そういうことですか、マスター。すごい。」
「そうでしょ。」とマスター。「おんなじこと考えてるひとがいたんです。」
 僕は何のことやらわからない。頭の中はずっと(???)だ。
「どういうことですか?」
「当ててみてよ。」マスターも笑いながら言う。
「ヒントは、丼とバーガー。」
 はあ?何言ってるの?
「何ですか?わかんない。」少しむくれる。
「丼はどんぶりご飯、バーガーはパン。」
 ご飯ととパン……あー!
「飯(はん)とパンですか!」
 マスターと彼女は笑っている。
「はんとぱんと、か。じゃあ、丼とサンドイッチを出すお店?」
「近い。でも少し違います。折り畳みおにぎりと具だくさんサンドイッチのお店なんです。」
「折り畳みおにぎりって何ですか?」
「まあ、簡単に言えば、おにぎらずです。もっとも、韓国の折り畳みキンパがアメリカで流行っているのを聞いて、おにぎりにアレンジしました。」
「おにぎらずとどう違うんですか?」
「まず、ご飯で挟みません。」
 彼女が説明してくれた折り畳みおにぎりはこう。
(ここからは、クラシル風の調理動画に載せて…)
 海苔1枚を四つのスペースに分けてご飯とおかずの具材を乗せる。まずは海苔を手前真ん中から中央まで切れ目を入れる。
 左手前のスペースにご飯を乗せる。次に左上にメインとなるおかずを置く。例えば、とんかつ。ソースもかけておく。キャベツが欲しければ、その上にパラパラと乗せる。右奥のスペースには副菜を置く。例えば、きんぴらごぼう。そして最後に右手前にはサラダとかお漬物を乗せる。薄く切った沢庵でもいい。
 それを折り畳む。左手前のご飯から、時計回りにパタンパタンと畳んでいく。
 なるほど、ご飯が1面なので、おかずをたっぷり食べられる。
「イベントで料理やってると大体メニューはワンプレートに4品とデザート。その土地の推し食材を使ったメインのおかずがふたつ、サラダなどマリネ系のもの、ご飯もの。
 キッチンカーでお弁当やってる時もおんなじ。どうも、おかず3品にご飯、お新香の構成が1番収まりがいい。」
「それ、一汁三菜ですね。」
「なに?」
「日本のご飯って、基本三菜で構成されているんです、定食も丼も。そして実はアメリカ産のハンバーガーもそうだって気づいたんです。
 だから、日本の丼ものはおかずのパーツに戻して、ハンバーガーに翻訳できると思ったんですよ。」
「そうなんだ。偶然。
 わたしは、お弁当を出していて、これもっと簡単に食べられないかな、容器も無駄だしと考えていたときに、ニューヨークで流行ってるって、折り畳みキンパを知ったの。それでネットで調べてみた。
 最初はおにぎらずじゃんと思ったけど、よく見ると「巻かないキンパ」とも書いてもある。ご飯でおかずをはさまず、ご飯におかずを載せてる、巻く前という感じ。
 ポイントは、ご飯が一面だってことに気づいたの。これだ、って。
 炭水化物を取りすぎなくて、おかずが何種類も食べられる。罪悪感ないでしょ。真ん中で切って出すんだけど、断面がカラフルだし。」
「面白いですね。お弁当をシンプルにワンハンドフードにするって発想。
 それから海苔を4分割したら、おかずの収まりがよかったということも。」
「それから、これ、ご飯をパンにしたらこのままサンドイッチになるなって思って、その時カフェとかで流行ってた具だくさんサンドイッチにして提供してみた。紙で包んで真ん中で切って断面見せて映えるやつ。
 それで店の名前は『はんとぱんと(飯とパンと)』ってして出し始めた。これが1番たくさんの種類の食材をシンプルに食べてもらえる。」
「本当に面白い。」
 今度は、僕がこれまで何度も語ってきた丼とburgerのこと、ここ金沢で作っていただいたハントンバーガーや鯛の唐蒸しバーガーと丼、治部煮バーガーのくだりを話して聞かせた。
 一方で、彼女はどうして旅をしながら料理を作るか、語ってくれた。
 まだ自然と人がつながっているところへ行き、それを見つけ活かし、その土地の人々ともつなぎ直し、他の人たちにもつながってほしい。
 特に都会に住む人たちにとって、ふるさとがなくなっている。そういった人たちが自然や人々とつながる場をイベントであったとしても作りたい。
 都会人は地方に常住しているわけじゃない。自分たちの忙しいスケジュールをやりくりして、地方に来ているキャンプだ。別にテントを貼らなくてはいけない訳ではない。その土地と繋がりたい。
 そのために、わたしはポップアップレストランをやる。
 だから都会の人だけではなく、その土地の人たちも取り込めるように新鮮な料理を出す。この素材、こんな食べ方があるのかとあらためて感動してもらいたい。
 そして、その料理を持って都会でも店を出す。期間限定で、その土地とのつながりを街にいながら持ってもらう。わたしの食堂はそういうものだ。
 だから、パーティイベントに参加しなくても簡単にその土地とつながってもらえる弁当も出す。イベント食をワンパッケージにしたものだ。
 そして、たどり着いたのが折りたたみおにぎりと具沢山サンドイッチというわけ。
「コネクティッド・シェフって言うんだよね。」マスターが入ってくる。
「土地と人、人と人、食材と新たなレシピ。いまバラバラになっている、でも素敵なものをつなぎ合わせる役目。そうした料理人たちが、定まったお店を持たずに、旅してイベントやったりして、いろいろコネクトしている。」
 3人で結構夜遅くまで話し込んだ。
 そうして一緒にマルシェに出店することになった。
 彼女からの提案も面白かった。その提案は、ある意味今回の「丼とburger」金沢編の旅の締め括り、まとめの様なものになると思った。

 この青空の下、今日出している料理は、鯛の唐蒸し丼、唐蒸しバーガー、治部煮丼バーガーの3種。今回の金沢の旅で生み出していただいたどんぶりとバーガーたち。鯛の唐蒸しはさらに改良が加えられている。
 結構、外国からの旅行者も食べに来てくれている。
 今、イタリア系の若いカップルの男性が手に取っているのは丼。鯛の唐蒸し丼だ。たどたどしく箸を使って、鯛の唐蒸しを切ったものを口に運ぼうとしている。彼女の方はバーガーだ。

(YouTube動画)
 これは、一昨日公開した動画。今日のPRもあり、彼女のチャンネルで公開した。合わせて、ぼくのチャンネルにも同じものを上げた。
 圧倒的に彼女の再生回数が多い。登録者数が桁違いだ。

(彼女のキッチンカーのキッチンを背景に男が上手からフレームインする。)
 彼女の登録者からは、誰?この男だろう。

 さあ、いよいよ明日、丼とバーガー金沢編のファイナル。これが明日出す鯛の唐蒸し丼です。この間料亭大伴楼で、考えていただいた鯛の唐蒸しですが、もう一度見ていただきましょう。
 ごめんなさーい。(彼女がカメラのフレームに入ってくる。)
 今日は、ゲストをお呼びしています。こちらは、丼とバーガーさんです…

 こんな感じで動画はアップされてますが、端折ってダイジェストでお伝えします。

 大伴楼のご主人の鯛の唐蒸し丼を調理工程とともに映像で振り返りの映像。
 前回は、丼の蓋を開けたところからの映像だったので、調理工程の絵はなかった。今回は未公開映像。調理シーンを取り直させてもらった。
 鯛のがんもにかかってるタルタルソースが新鮮。ご飯とがんもの下に浸したタレもはっきりわかる。
 切ったがんものご飯と一緒の箸上げ。

 (彼女のキッチンカーにもどる。フレームには彼女と僕の2ショット。)
「さて、このがんもどきををもう一工夫します。」といいながら、鯛の切り身をおからで包む。
 そのおからを鯛焼きの一丁焼きの鉄型に挟む。鯛焼きの形をしたおからを天ぷらの鍋に落とす。じゃーっ。
 おからの外側がカリッと揚がる。鯛焼きの形をした唐揚げだ。中には鯛の切り身が入っている。
 これを丼とバーガーに使います。
 鯛の鯛。がんもは鯛焼きになっていくつも並んでる。

 イタリア人の男性が食べている丼は、鯛焼きがんもの上にタルタルソースがかかっている。鯛焼きとご飯の間には醤油の甘辛いタレ。ご飯の蒸気の熱で鯛焼きの表面にしっとりと染み込んで、ご飯と一体になっている。
 甘辛いご飯とおから、蒸された鯛の身、タルタルソースの玉ねぎのしゃりしゃりした感じと酸味。それらが口の中でいっしょになる。
 噛めば噛むほど味は融合して、新しい味を生み出していく。
 ボーノ。モルトボーノ。彼は嬉しそうに何度も呟きながら、箸を口に運ぶ。

 女性の方のバーガーは、この鯛焼きがんもを挟んだもの。これもはんとぱんとの彼女のアイデアでハントンバーガーにすることにした。
 ハントンバーガーは金沢に来て最初に作ったバーガー。ハントンライスをバーガーに翻訳し仕立てたものだ。
 彼女は、このハントンバーガーのカジキマグロのフライをこの鯛焼きがんもにチェンジした。少し味がうるさいと言って、オムレツの中は、刻んだ玉ねぎを炒めて天津飯の餡でからめてくるんだ。ソースもケチャップは外して、タルタルソースだけにした。欲しい人はケチャップもかけても良い。
 その改造したハントンバーガーの組み立ては、
 下のバンズ(ヒール)にサラダのサウザンドレッシングを塗る。レタスとキャベツ、ニンジンを敷く。炒めた玉ねぎのみじん切りを甘酢餡でからめたものをくるんだオムレツをのせる。この上に鯛焼きがんもをのせる。タルタルソースをかけてフタ(クラウン)をする。
 つまり、鯛の唐蒸しバーガーは、ハントンバーガーと融合してしまったのだ。鯛焼きがんもが、ルーツのけんちん、つまり中華風に引っ張っている。一人歩きをし始めた鯛焼きがんも。
 どうだろう?
 ボーノ。彼女は言ってくれる。となりの彼にも食べてもらっている。彼も、何度もうなづいている。よかった。
 他のお客さんにもおおむね好評のようだ。

 それからもう一つ。治部煮丼とバーガー。
 これは、ひと品。
 大伴楼のご主人が出してくれたのは、焼いたすだれ麩に切れ目を入れて、とろみ餡で煮た鴨肉と椎茸、蓮根、青菜を挟んだもの。
 とてもシンプルだ。
 ご主人曰く、椀のものを片手で食べられるものにしました。
 すだれ麩を椀に見立て、その中に治部煮を再現しました。それだけです。
 すだれ麩は、丼でもあり、そしてご飯であり、パンです。
 なるほど、これ一品で丼でありバーガーでもあるってことか。こうなるともう“ミニマルアート”だね。

 なんとそれを彼女は折り畳みおにぎりにした。
 海苔一枚の真ん中まで切り込みを入れる。左手前のご飯の場所にすだれ麩を敷き、左奥に汁で煮た鴨を起き、とろみ餡をかける。右奥には椎茸と蓮根。右手前に軽く茹でた青菜を置く。すだれ麩は軽く焼いて、わさびを薄く塗る。 
 これはすごい。
 金沢名物のハントンライス、鯛の唐蒸し、鴨の治部煮の三つが、今ここにファストフードの新しいメニューとなって並んでいる。鯛の唐蒸し丼、鯛のハントンバーガー、鴨の治部煮折り畳みおにぎり(もはやおにぎりではないが)となって。
 彼女はそれぞれにこう命名した。
「能登の真鯛の唐蒸しタルタル丼」
「能登の真鯛のハントンバーガー」
「治部煮のすだれ麩サンド」
そして単体でも買えるこれ、
「真鯛ぎっしり 鯛焼き風がんも」

 こうして、僕の初めての丼とバーガーの旅は終了した。そして新たな旅が始まる。

この記事が参加している募集

ご当地グルメ

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?