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【ブックリスト】「個」を入口に動物園を楽しみたい人に贈る4冊

0.個体とナラティブ

動物園の動物を、「かけがえのない個」と見て物語(ナラティブ)を紡ぐこと。ハード面での変化と並行して、ソフトの面でも動物園は変化している。

    園の発信の方向も私たち観客の関心も「『個』のライフヒストリー」に向かいつつある状況は、コミュニティの輪の中にいない人にはひょっとしたらなかなかイメージしにくいことなのかも知れない。しかし、着実に輪は広がっている。



   本稿では動物園で暮らすいのちたちの「見方」が変化しつつあることを物語る書籍を集めてみたい。


1.市民ZOOネットワーク(編)『いま動物園がおもしろい』(岩波ブックレット,2005)



  「エンリッチメント大賞」の運営等を通じ、動物園と市民との新しい協働の在り方を模索している市民 ZOOネットワークが、動物園の「見方」に一石を投じた1冊。執筆者には、現在は日本モンキーセンターでキュレーターを務める赤見理恵さんや、大阪市天王寺動物園の園長、牧慎一郎さんの名前もある。

    「動物の個に注目する」という小見出しが設けられている。ただの「ゾウ」、「ライオン」、「チンパンジー」だったひとりひとりの個性を見つけることで、観察に一段と奥深さが生まれる。

    この本の特筆すべきは、「よく考えた結果、やっぱり動物園は必要ないと思うようになった」人のことも、決して否定はしていない点だ。百人いれば百通りの動物観・動物園観がある。「絶対」はない。

     しかし、本書で提示された見方をヒントに、動物園をより深く味わってから結論を出しても、遅くはないのではないか。


2.片野ゆか『動物翻訳家』(集英社文庫,2017)


   

    市民ZOOネットワークが光を当てた動物園の未来に向けた取り組み。その具体例を深く取材したのが本書だ。

   制約された飼育下での動物たちの生活環境を充実させる環境エンリッチメントは、それぞれの「種」の個性に合わせて複合的に行われる。しかし、単に「種」の特質だけではなく、各園で暮らす「個体」固有の性格に合わせた試みが重要であるとされている。

   本書でも、動物たちは名前を持つ「個体」として描かれる。フンボルトペンギンのペンペン。チンパンジーのゴヒチ。アフリカハゲコウの金と銀。キリンのキヨミズ。どんな「個」なのだろう、という想像力を掻き立てられる。


3.高岡昌江『動物のおじいさん、動物のおばあさん』(学研,2014)


    動物園で暮らすいのちたちが「個」としてもっとも輝きを放つのは老境に入ってからかも知れない。本書を読み、老齢動物へのケアとその過程で紡ぎ出される密度の濃いナラティブの存在に気付かされた。     

    児童書とあなどってはならない。各エピソードには「履歴書」が付され、アジアゾウの春子が、ニシゴリラのドンが、レッサーパンダの楠が、フタコブラクダのツガルが、確かな輪郭を持って活写される。みな、今は鬼籍に入った「戦後動物園のレジェンド」たちだ。

   この作品は人気を博したのか、続編も執筆されている。動物の「カワイイ赤ちゃん」は確かに素敵だ。でも、年齢を重ねた動物たちの放ついのちの輝きも、たまらなく魅力的だ。




4.東京動物園協会(写真)『しあわせ動物園』(求龍堂,2001)


   

    ここまで見てきたのは2000年代に入ってからの動物と動物園について書かれた書籍だった。それでは、かつて「個」はないがしろにされていたのか。そうではない、ということを示すのがこの写真集だ。

     1950年代から1990年代にかけての、上野動物園や多摩動物公園を中心とした動物たちの姿が収められている。カバのデカオ、ニシゴリラのブルブル、ゴールデンターキンのシュンギというように、時代を彩った動物たちが「名前入り」で掲載されている。

    本書に収められた写真の多くは担当飼育員とのツーショットだ。動物の命をあずかる担当者たちは以前から「個体」としての動物たちと向き合ってきた。しかし、その視点はしばしば観客の目から抜け落ちていたのかも知れない。

     本書を読んでから、古いアルバムを探ってみるのも楽しい。むかしはただの「ゾウさん、キリンさん、ライオンさん、ペンギンさん」としか認識していなかった動物園のいのちたちが、ピンボケの家族写真の中で、「個」としての光を放ち出すかも知れない。