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私を諦めないでいてくれたから数学は嫌いじゃない

森田さんのnoteを読んで、思い出した恩師がいるので、そのことについて書こうと思う。

私は学校が嫌いだったし、途中で辞めてしまっているので、今でも母校の中高のことを母校と言っていいのか悩む。中学受験が終わって、塾に合格の報告をしに行った時に、「これから先、何回もこの学校名を書くことになるんだよ」と対応してくれた先生に朗らかに言われたことを、履歴書を書くたびに思い出した。あの時言われた言葉が、こういう形で再現されるとは思ってもいなかったし、当時12歳の私だって思ってなかっただろうけど、じゃあもしもあの時に戻れたら志望校を変えるか?と問われたら、変えないと思う。

学校は嫌いだったけど、そこにいる人たちを個で見ると、大切な人もいるからだ。それは、数少ない今でも仲良くしてくれる友人や、何人かの恩師のこと。


私は数学も嫌いだった。嫌いというか、理由が分からないから嫌だった。三角関数あたりから納得できないことが増えていって、この公式があることは分かるし覚えられる、ただこの公式を使って出たこの値は何を指しているのかが分からない、それが分からないと進めないとごね始めた。ベクトルに突入した時は、この値は何を指すのかに加えて、そもそもいつ数学の中に大きさや向きの概念が入ってきたのかが何も腑に落ちなくて、その頃にはもう教室に入れなくて授業がほぼ受けられてない状態だったのも重なって、黄チャートを開くのすら無理だった。その時はまだ理系コースにいたのに。それでしばらくして、学校を辞めた。

そういうごねまくりの生徒だった私を見捨てないでいてくれたのが、数学のK本先生だった。

中1の時の担任で、黒板にすごく綺麗な丸をフリーハンドで描く先生だった。正直言って授業は難しかった記憶がある。でもそれは、私がついていけなかっただけで、きっといい授業をする先生だったんじゃないかなと思っている。数学の授業自体の記憶は、分からないから当てられるのが怖かったのと、試験の時の恐ろしい解答用紙と、冬休みの宿題で出された和算と、それから綺麗な丸。

私がK本先生について覚えているのは、中1から保健室に通い気味だった私を気にかけてくれていたことと、個別で補習を受けていた時のことがほとんどだ。

今思い返すと、何故こんな出来の悪い生徒を見捨てずにいてくれたのかが分からないのだけど、数学の授業にもついていけなければ、学校も休みまくっている私のことを、中退する高2の時まで助けてくれていた。

私の三角関数についてのごねに、当時の私が分かる範囲で解説してくれたのは、K本先生だったし、だから納得してだんだん解けるようになっていった。私が受けていた数学の授業は別の先生が担当していたはずなのに。この学校の生徒なら、こんなことを解説する必要もないだろうところまで、私の分からないに付き合ってくれた。その時、私のごねをなだめてくれた、中3の時の担任の先生にも感謝している。みんなあんなに優しかったのになと今になって思う。

高校に上がると、どんどん大学受験ムードが漂ってくるし、私はもう半ばこの高校にい続けるのを諦めていたから、ベクトルのことをK本先生に聞くことはなかった。K本先生はいつも質問の対応に追われていたし、廊下の黒板で質問に来た生徒に教えているところに通りかかっても、難しくて何を言っているのか一切分からなかった。本当はそういう生徒に対応するべき先生で、私のごねなんか放っておいていいのに、自分の理解するスピードに合わせてくれた個別の補習はありがたかった。

だから私は今でも、数字は嫌いだけど、数学のことは分かりたいと思っている。

K本先生がずっと関わっている数学の世界では何が見えるのか知りたいと思っている。最近はネットになんでもあるので、YouTubeを見てたまに勉強している。自分の理解スピードに合わせて勉強できる環境は助かる。

(ヨビノリたくみさんの動画が分かりやすくて好き)


そんなK本先生に、学校を辞めたあとに貰った手紙をお守りとしてお財布に入れていたのだけど、最近久しぶりに読み返した。確かに、学校を辞めると伝えた時に、K本先生は「何も出来なくて申し訳ない」と言っていた、ということを思い出した。そんなことないのになと思う。私は学校は嫌いだけど、K本先生のことはものすごく信頼していたし、あの環境で自分を見捨てない人がいてくれたということが、母校に進学したことを失敗だと思わずに済んでいる要因になっている。

たまたまさっき名前を検索したら、相変わらず母校で教えているらしいことが分かる記事と、何か教材についてレポートを書いたPDFがヒットした。母校はここ数年で恐ろしいくらいの進学校になっているし、PDFは読んだけれど、やっぱり何を言っているのか分からなかった。

分からなかったけど、昔みたいに受験に向けて勉強する必要がないから、このPDFに書かれていることが分かるように、ゆっくり勉強し直したいなと思っている。

私は数学と向き合うことで、一人であの個別の補習を再現できる。それはあの時の私を少しずつ肯定していく作業だし、あの時の私に向き合ってくれたK本先生に対して今出来る恩返しな気がする。

いつか、仕事で堂々とあの学校の門をくぐりたい。取材でK本先生に話を聞きたい。あの時、私を見捨てないでいてくれたから、ちゃんと生き続けて仕事もしているのだと伝えたい。

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