見出し画像

恋人の望みを見極めるように

編集には「コンテンツをつくる」側面と「コンテンツを見せる」が側面がある。ディレクター的な側面とプロデューサー的な側面と言ってもいい。ビジネスで編集が求められる時の多くは、後者、「コンテンツを見せる」プロデューサー的なことを期待されるが、どちらが大切かと言えば、それはもう間違いなく、前者、「コンテンツをつくる」ことだ。ないコンテンツは見せることもできない。それに確固たるコンテンツは自ずと見せ方も決まってくる。それぐらい「つくる」ことは「見せる」ことより大切だが、同時に「見せる」ことで初めてコンテンツになるとも言える。

「コンテンツを見せる」コツはたったひとつ。読者、ユーザー、ターゲットとなる相手の立場で考えること。

「想い」がコンテンツをつくる」で書いたように、「想い」を突き詰めて考えて考えて考えて確固たるコンテンツをつくる。次に、「コンテンツを見せる」段階になったら、今度は、その「想い」をいったん手放し、読者の気持ちに立ち、何を読みたいか、どう使いたいか考えるアプローチが必要になる。わかっていても、これがなかなかできない。特に若い編集者や、「想い」が強いコンテンツだと、どうしても「想い」に固執してしまう。

よく引用される名言なので、知っている人もいるかもしれないが、アップルの創業者、スティーブ・ジョブズがこう言ったという。「美しい女性を口説こうと思ったとき、ライバルの男がバラの花を10本贈ったら、君は15本贈るかい? そう思った時点で君の負けだ。ライバルが何をしようと関係ない。その女性が本当に何を望んでいるのかを、見極めることが重要なんだ」。ライバルを見るのではなく、口説く相手を見る。相手が本当に何を望んでいるのかを見極め、それに沿った贈り物をする。

無粋を承知で少し例えを加えると、見るべきはコンテンツそのもの、バラでもない。「想い」の強い特別のバラだとしても、その「想い」は相手には関係ない。「想い」をいったん手放し、まず相手の望みを見極める。読書が好きな人ならバラを押し花にして栞(しおり)にしてあげる。サプライズを期待しているようなら贈るタイミングを演出する。宝石を欲しがっているのならバラの花束に指輪を忍ばせる。どんなタイミングで、どんなふうに贈れば相手が喜ぶか考える。受け取ってもらわないことには、バラに込めた「想い」も伝わらない。

恋人の望みを見極めるように、読者の気持ちを考えるためには、実際に読者にリサーチするのが一番いい。「ペルソナを設定する」という過程は多くのビジネスで行われるが、せっかく設定しても「このペルソナはこうだろう」と想像で終わってしまうこともあるようだ。あるいは「F1層(20歳〜34歳の女性)はこうだよね」とデータを引用することも多い。マーケティング業界では、そういった属性によるデータづくりが盛んなのだが、データにしてしまうと逆に見逃してしまうこともある。恋人の望みを見極めるというのは、データには乗らないような微妙な欲望を察知しないとならない。恋人自身が意識していないような潜在的な欲望に応えられたら言うことはない。

それが(やはりマーケティング用語だが)「n=1」のリサーチだ。10000人にアンケートをとったデータは、n(母数)=10000。「n=1」はひとりにじっくりリサーチし、本当に望むもの、潜在的に欲するものをあぶり出す。

『イノベーション・スキルセット』(田川欣哉)で読んだ話だが、ダイソンがドライヤーを開発する時、チームのメンバーに1か月、美容院で修行させたという。現場で毎日のようにドライヤーに触れ、どのように使われ、どのように保管され、何が問題で、どうであってほしいのか。ドライヤーにまつわる悩みやニーズを、単純化、一般化したデータではなく、そのままの形で理解すること。そこから、商品開発のデザインを始めたからこそ、あれだけユニークなプロダクトができたのだ。

創刊間もない『Hanako(ハナコ)』は、編集者、スタッフの属性がほぼイコール読者だった。だから「自分に寄せる」だけで、どの企画もn=1で進めることができた。女子高校生をターゲットにした『Olive(オリーブ)』の男性キャップは、定期的に数名の読者とお茶会を開き、他愛もない話をたくさん集めていた。そうでなくても、ただでさえ昔の雑誌編集部はいつも賑やかで、来客やスタッフや読者モデルがきゃっきゃとおしゃべりしていて、その“場”から企画は自然発生的に生まれていた。「あの企画は良かった」「こんな特集をやってほしい」と読者からの手紙も多かった。「n=1」の集合体が編集部だった。なので、「コンテンツをつくる」時も「コンテンツを見せる」時も意識せずとも読者と同じ視点で決めていた。

そうでない場合、「n=1」のリサーチをして「コンテンツを見せる」時には、考えるべき「3つのT」という言葉がある。まず、ターゲット(Target)。「n=1」の「n」が誰なのか。そして、タイミング(Timeing)。いつ、どのタイミングで見せるのが効果的か。最後は、タイトル(Title)。どんな言葉で呼びかければターゲットに刺さるのか。

良いコンテンツは「コンテンツをつくる」時に自ずとターゲットが決まっているものだ。ターゲットが決まれば、必ず「n=1」のリサーチをし、タイミングやタイトルを決める。繰り返しになるが、「コンテンツを見せる」コツは恋人の望みを見極めるように相手の立場で考えること。恋愛と同じように、その部分だけが最も難しいところで、じっくり時間をかけて考えたいものだが、それさえ決まれば、「コンテンツを見せる」力、表現力、文章力、デザイン力は、極めて技術的なことになる。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?