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【エッセイ集】『今日もなんかいい日』
正月に母と2人で。突然「仕事辞めようと思う」と言ってきた母。
正月、僕は「一緒に飲みに行かない?」と言う。
「どうしたのよ急に笑」
そりゃあそうだ。今まで母と2人ででかけることはあったけど、居酒屋で2人でというのはない。「まぁまぁ親孝行ってやつさ笑」と、正月の変なテンションで母を誘って居酒屋でお酒をかわした。
「タバコ吸っていい?」
父と母と兄はタバコを吸う人間で、家族でタバコを吸わないのは僕だけ。別に煙は大丈夫なので、「いいよ」と言って母が加えたタバコに火を灯してあげた。母は気持ちよさそうに天井に向かって紫煙を吐いた。
「まさかあんたが誘ってくれるなんて」
僕は照れくささはあったものの、こうして母と2人での居酒屋を楽しんでいた。
一通りの会話をした。母の昔話、父と母の新婚生活、母の職場の話、地元の思い出など、お酒が進むと母はマシンガンのように自分のことを話始める。
お酒も進み、すっかり酔ってしまった母は
「お母さん…今の職場辞めようと思うんだよね…」と神妙な面持ちで言った。
「そう…」とだけ呟いた。どうせ酔ったテンションで言うておるのだろうと思って、あまり深く聞かなかった。
看護師として働いていた母は、33年前に兄を出産したあと、専業主婦となった。僕が高校2年生になったころに母は職場復帰した。なが~~~いブランクを経て母は看護師としてまた働いた。就活で何社も受けていた僕とは大違いで、「履歴書1枚ポーンって出したら即採用よ。資格は強しだね」と母は口癖のように言っていた。
そんな同じ職場に10年勤めた母が「お母さん…今の職場辞めようと思うんだよね…」には驚いた。どうやら婦長の看護に対する方針が合わなくなってきたのだそう。だから今、違う病院を探しているとのこと。普段、お互いに一切してこなかった「仕事の話」が意外なところで解き明かされた。
「母さんも大変だったね」
2時間くらい飲んだあと店を出る。
「いいよ!今日くらいは僕が出すよ!」と言ったが
「いいの!あんたと飲めて楽しかったからここはお母さんが払う!」と言ってお会計しようとした僕を制した。
自宅に戻る道中、母が腕を絡ませてきた。思春期男子なら「やめろよ母さん!!!」と言うところだが、僕も少し酔っていたのでそれを受け入れた。
「お父さんとのデートを思い出すわぁ」と、母も上機嫌に言う。
「そうか」
僕は生返事をしてまさかの母の一面に驚いた正月。
隣にいるお爺のタバコの煙が甘い
雨が続いて、久しぶりに晴れた休日、僕は上野の喫茶店に行って読書することにした。最近、「昭和レトロ」ブームも相まって店内には若者がペアをなしてお店にやってくる。僕の後ろに座っていたカップルは
「わぁ~いい店だね!」
「そうだね」
という会話が聞こえる。おぬしら…インスタ見て来たな…ッ!!!
と、思いつつも僕はナポリタンとコーヒーを注文する。店内には昭和歌謡曲が流れている。太田裕美「木綿のハンカチーフ」、渡辺真知子「かもめが翔んだ日」が流れる。
日本晴れの中、陽がよくあたる窓際で本を読む。店内は90分制だったので、気軽に読めそうなエッセイを読む。めちゃめちゃおもしろい本は場所を超越して本が勝つ。
最近にしてはめずらしく店内喫煙OKの喫茶店だ。タバコは吸わないけど喫茶店とはそういう店である。体に悪そうな煙が口から吐き出されたソレは、大体目に染みるか無臭だ(僕がタバコの煙に慣れすぎているせいか)。
僕の隣の席には、70代くらいのお爺がいた。おそらく地元民だろう。若者が「昭和レトロブーム」と言ってノスタルジックを感じるのとは違い、昭和を生き抜いた人生2周目かのような出で立ちのお爺。新聞を眺めながらタバコをふかしていた。めちゃめちゃ甘い香りがした。ほかのソレとは違った異彩を放ったソレだった。
読んでいる本が頭に入らない。甘い香りが脳内をめぐる。この匂いは何だろう。
お店を出てもあの香りが抜けない。あの匂いはなんだったのか。ま、いっか。
「じゃあ、このままシーシャ吸いに行っちゃう?」
こんな日が人生の中で1日くらいあってもいいと思う。振り返ってみるとそんな日が1日くらいないだろうか。
大学3年生の冬、すごい寒かったある日、当時の彼女と新宿のゴールデン街で飲んでいた。彼女はお酒をめちゃめちゃ飲む子だった。お酒を楽しそうに飲んでる彼女が好きだった。そんな彼女と楽しくお酒を飲んでいたら、お互いベロベロに酔ってしまった。まだかろうじて記憶はある。
時間を確認すると終電まであと10分というところだった。
「あ~あ、やっちゃったね笑」
と彼女が言った。いや、わろうてる場合か。飲みの席に行っても僕は必ず電車のある時間に帰る。まぁ、たまたま飲みすぎてしまっただけのこと。タイムキーパーできなかった僕が悪い。
お会計を済ませ店を出た。夜の新宿をさまよう。平日の深夜1時、人通りもまばら。さて、どうしよう。闇夜に照らされた歌舞伎町のネオンがまぶしい。
満喫かホテルかで一夜を過ごそうか。そう考えあぐねていたとき、彼女が言う。
「じゃあ、このままシーシャ吸いに行っちゃう?」
彼女とは以前から、よくシーシャをともに吸っていた。あぁ、そういえばその選択肢があったなと思い、僕も同意した。
お店に迷惑かけないように、酔い姿を隠しつつ、新宿の奥ばった路地にあるシーシャ屋に入った。
店内には何組かいただけど、もはや周囲が見えていない。とりあえず席に座り、フレーバーを注文する。やってきたシーシャを僕と彼女で交互に吸う。しばらくして2人ともソファーベッドに仰向けになる。薄暗い店内に「はぁ~何やってんだ自分」と思いながらぼんやりと天井を見つめていた。
寒くて体に羽織っていたブランケットの下で彼女が手を握ってくる。冷たい彼女の手は次第に僕の手になじんでくる。なにかしゃべるわけでもなく、僕と彼女で手をつなぎながら薄暗い店内の天井をただただじっと見つめていた。
ボソッと彼女は言う。
「落ち着くね」
そう言って彼女は笑った。僕も笑った。終電逃した罪悪感などすっかり忘れていた。あぁ、こんな日が僕の人生にあってもいいじゃないか。
喫煙所で友だちがスマホの画面をじっと見ている。その先にあるのは。
大学4年の2月。
自分も周りの連中も大方進路が決まり、あとは卒業を待つだけだ。
僕の友だちに鈴木(仮名)というやつがいる。鈴木はよく授業をサボりがちで、よく寝坊もしていた。必修の単位を落としては再履修を繰り返していた。鈴木とは授業で一緒になることが多かった。彼はヘビースモーカーなので、よく彼と一緒に大学の喫煙所に付き添っていた。5分、10分という短い時間だけど、彼との多くは喫煙所で過ごした。
そんな鈴木もようやく改心したのか、勉学に励むようになる。相変わらずタバコの吸う量は変わらない。
大学4年の1月、鈴木は言う。
「やばい…必修の〇〇、落ちるかもしれん…」
「え、マジ?」
彼はひどく落ち込んでいるようだった。話を聞くと、テストの手ごたえがなかったそうだ。なんて声をかけたらいいかわからなかった。今までの行いをここで責めるにはあまりにも惨いのでやめた。
「そうか…とりあえず結果を待とう」と、励ましにもならない言葉をかけるだけで精いっぱいだった。
大学4年2月、卒業の可否が決まる単位が発表される日。13:00に発表される。たまたま喫煙所にいる鈴木を見かけた。彼はスマホの画面を神妙な面持ちで見ていた。
「どうしたん?そんな暗い顔して」
と、相変わらずタバコを吸っている鈴木に問いかけると
「サイトがつながらなくて単位が見れん!」
サーバーが込み合ってなかなかサイトが開けないのはよくあることだ。イライラを隠せない鈴木は、タバコを2本、3本と吸う。
「あっ!つながった!!!」と鈴木が叫ぶ。
「ど、どうだった……?」
………………………………………………………
「やった!!!!!単位取れてる!!!!!」
鈴木に安堵の表情が出た。鈴木も晴れて卒業だ。堕落していた自分を律しようと、勉学に力を入れた彼の努力の賜物だ。おめでとう。
そんな鈴木は4月から中学校の教師になった。
人生、頑張りすぎないのがちょうどいい
小学校 2人
中学校 1人
高校 1人
大学 3人
これは何の数字だと思うか。
これは僕が今でも定期的に連絡を取っている友だちだ。多いのか少ないのかわからないが、進学や就職を経て、新しい人間関係を築いていくうちに過去の思い出が薄れ、次第と疎遠になってしまうのだ。
GWというのは意外なところから連絡が来る。
1人しかいない高校の友だちから連絡が来たのだ。
「GWのどこか、ヒマしてたら食事に行かない?」
GWにわざわざ僕と会う時間を作ってくれてすごくうれしくなり、二つ返事で「行こう!」と答えた。会うのはいつぶりだろう。もう4年ぐらいになるかな。元気にしてたんだ。よかった。と思いながら待ち合わせに向かう。
会った瞬間、いろいろ馳せる思いが蘇ってきた。3時間ほどだろうか。食事を楽しんだあと、近くの土手でお酒を飲みながら夜風に当たっていた。
いろいろと思い出話に花が咲き、お酒も回ってきた頃、友人から「仕事の調子はどう?」ときかれた。
「まぁ、良くも悪くも充実してるかな」
「そう…よかった」
彼はどこか大海原に立ち尽くして遠くを見つめるような顔になっていた。
「俺…仕事…辞めたんだよね」
彼は新卒で入った会社を辞めたのだそう。上司からのパワハラだ。それで今、失業保険を貰いながらゆっくり休んでいるのだそう。
そうか。会ったとき元気そうでよかったと思っていたけど、会わない間に彼の中で大変なことが起きていたんだな。
僕たちの前には、未だ巨大すぎる人生が、茫漠とした時間が、どうしようもなく横たわっていた。
『秒速5センチメートル』に出てくるフレーズだ。最近誰かと向き合っていると時たま思い出す。茫然とした時間が横たわっていることは、人間関係を築くのは喜びでもあり、絶望でもあるのだと思う。
彼は最近、映画をよく観ていると言うので、『秒速5センチメートル』をおすすめしておいた。手紙のやり取りを通じて「相手のことを考えている時間」や「実際に見ていないが想像を巡らせている時間」が時として必要だからだ。
「そうか。大変だったね。今は自分の時間を楽しもう。また会いたくなったらいつでも連絡して」
と言う。
たまに人とこうして向き合っていると、自分や友人の人生に想いを馳せることがある。まだ僕が“人生“を語るには時間が足りてない。だけどわかったことがある。
「人生には思いがけないことが起こる。それにどう対処するかが自分らしさ。自分には自分らしく生きていこう」
と、伝えたら彼は夜明けの太陽の光のような面持ちになった。
そんな彼はもともと写真を撮るのが好きで、いっぱい写真を見せてくれた。これを撮っているときの彼の顔を想像する。とても活き活きしていることが想像できる。
繰り返す波の中に、突如大波が押し寄せるときは、人と出会い、自分を知り、またある時は過去と向き合う。そういった時間と向き合うことで、大海原に繰り出された船はどこへでも行く。そういった時間を彼の中で大事にしてほしい。
そんな彼が撮ってくれた写真がこれだ。
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今日も明日も。そしてこれからも「なんか良い日だった」という小さな幸せを見つけていこう。
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