見出し画像

地域から見た気候変動と、次の社会に向けた小さな行動

先週末、和歌山県那智勝浦町の色川という村に行ってきました。大学の先輩(Tさん)がそこで農業を営んでおり、気候変動の影響を聞くため、という名目で行ってきましたが、半分は遊びです。色川の中でも、口色川という集落にあるTさんのご自宅に2晩泊めて頂き、そこで多くの体験をしてきました。

那智勝浦町は、和歌山県の東側に位置しています。自分の生まれは和歌山県和歌山市ですが、和歌山市側からはこの那智勝浦はとても遠く、海岸線沿いのローカル鉄道で3時間半ほどかかります。この町には那智の滝という、日本で一番落差の大きい滝(一段として)があり、日本三大瀑布の一つであるとともに、世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の一部です。同じ県でも和歌山市から行くのは大変なので、今回の訪問は小学生の頃に観光で来た以来です。

Tさんは4人家族で、2人小学生のお子さんがいます。Tさんのすごいところは、ほぼ自給自足を実践している点です。畑で様々な野菜を育て、牛と鶏を飼い、水は天然の湧き水、火は薪を使う。茶畑もありました。一方で、少しの電気も使うし、スマホも車も利用されているので、完全な自給自足ではありません。でも、できる限り外から調達せず、お金もほとんど使わないというその生き方は、日本で最も自給自足に近いと言えるのではないかと思います。
私はそこで、畑仕事をして、薪を割り、鶏の卵を取り、鶏を屠殺して、薪の火で調理をするという2日半ほどを過ごしました。

2人の子どもたちともよく遊びました。スマホやゲームは持っていない一方で、周りは広大な森と川に囲まれています。自分も比較的自然豊かな場所で育ちましたが、色川の自然はその比ではありません。子どもたちは家でも外でも自由に遊び回り、見ているこちらがヒヤヒヤするほど川や山の斜面を駆け回っていました。東京ではこんな子どもたち見たことないなと感じながら、人工物ではなく自然の中でこんなにも楽しめる子どもたちを羨ましくも感じました。都市では人口密度も高く車も多いため、自由に遊べる場所は多くありません。マンションで走り回ろうものなら、親から近所迷惑になるからと怒られるでしょう。後はスマホやテレビゲームなど、身体性の小さい遊びしか残っていません。これは自分の主観ですが、子供は自由に体を動かして、自然も含めて多くの体験をして、自分の体と世界についての理解を深めることが大切なのではと思います。

画像1

とても心地の良い体験でした。

山の斜面にある畑で様々な作物を食べる分より少し多めに作り、多く取れた作物は地元のスーパーで販売します。一作物あたりの作付面積が少ないために、多くの作物(同時でも20種類くらい?)を栽培していて、気象条件でどれかの作物がだめになっても生活上大きな問題はないようでした。多品種でリスクヘッジするというのは当たり前の考え方ですが、大規模生産の農家では少ない種類の作物しか栽培していないことも多いので、原点回帰した気候変動への有効な対策かもしれません。

自然を管理しようとするのではなく、自然のものをありのまま利用し、自然とともに生きていくその時間は、東京のような大都市圏にいては決して感じることのできないものでした。水や火なども自然から、食べ物も他の生き物から調達しているという感覚は、スーパーに並んでいる食品を買うだけでは理解しがたいものです(初めて鶏を自分の手で屠殺して捌いたという生々しい体験は忘れることがないでしょう)。

一方で、この地域は気象災害の影響も強く受けていました。2011年の台風12号による洪水で那智川が氾濫し、大きな土砂災害と浸水被害が発生しました。災害から10年たった今は復興はある程度進んだものの、土砂災害が発生した那智川流域ではまだ土地づくりが途中であり、被害の大きさと復興の難しさが伺えます。この町が位置する紀伊半島南東側は、もとより雨が降りやすい地域であり、近くにある三重県尾鷲市は日本で最も年間降水量が多い場所です。そんな地域でも2011年の台風は規格外の雨を降らせ、多くの場所で被害が発生してしまいました。

画像2

災害のさらなる発生を防ぐために、砂防ダムなどの建設が進み、10年たった今は一部のダムは既に完成しています。一方で、農業や林業などをベースにしてきた場所で自然環境を大きく変えてしまうダムの建設には慎重な意見も多くあり、住民の方は防災と自然資源や景観の保全の間でジレンマを感じているようでした。
さらに、近年の再生可能エネルギーの人気により、森林資源が豊かな那智勝浦の隣の新宮市では大規模バイオマス発電所が建設され、発電所とその森林資源確保のために大規模開発も行われていました。一方で、森林資源にも持続可能な使い方があり、森林をまとめて伐採しその土地を一気に開発してしまうやり方が一部行われていたようです。気候変動対策のための再生可能エネルギーとはいえ、自然を大きく改変することは結局、気候変動問題を生んだ原因と共通のものがあり、正しいことばかりではないと私も思います。

Tさんはもともと関東育ちでしたが、大学院卒業後に一念発起されて、色川に移住されました。色川には都市からの移住者が多くいて、特に色川は出身者と移住者が半分ずつ住んでいるという独特な場所です。農業について最初は素人だった方も、お互いに教え合って助け合って、色川には温かいコミュニティが形成されている様がよくわかりました。
私は訪問中に、そこの方々ともたくさん話をしましたが、環境や地域に対して大きな課題を感じ、自ら実践者となって、現代の都市型生活にはまらない新しい生き方を実現しているという方が多くいらっしゃいました。

この体験から自分が見えたのは、都市と金融システムを基本とした資本経済と、自然と人を中心とした地域共生経済の対比です。東京や大阪など、都市を中心に生まれる資本経済は、資金・資源・労働力を周辺から集めて大量生産大量消費を実現させる仕組みです。この収奪の仕組みは、化石燃料という高密度エネルギー源から大きな動力や電力・熱を作り出すことで成り立ちます。石炭・石油・天然ガスのような化石燃料は、太陽光や水・風とは異なり、好きな時に好きな場所で燃やして膨大なエネルギーを作り出すことができます。そのエネルギー密度はその他のエネルギー源を圧倒します。イギリスの産業革命では、石炭を用いた蒸気機関が発明されたことで、人力を遥かに超える動力を使って、大規模な製品を大量に作ることを可能にしました。そこから、化石燃料をエネルギー源とした大量生産大量消費による経済と資本が拡大し、またたく間に世界に広がっていきました。それまで化石燃料を使っていなかった日本でも、ヨーロッパやアメリカの強大な軍事力と経済力に圧倒され、化石燃料を使い始め、森林などの自然資源から化石燃料を中心とした経済システムへと変わっていきました。

第二次世界大戦後には、先進国では人口が大幅に伸びていきました。日本の人口は1980年代に1億2000万人以上まで伸び、多くの人が都市圏に住んでいます。一方でその頃から重工業化による公害問題が発生し始め、人類が環境に与える影響が急激に増加してきました。2020年代に突入した今では、気候変動問題などのグローバルな環境問題が進行して、石炭などの化石燃料への批判が高まり、化石燃料から脱却しようと国際社会が動き出しています。しかし、これまで化石燃料を中心に構築されてきた、都市中心の経済モデルを変更することは容易ではありません。何より、大きく増加してしまった人口をどう支えるかが難しい課題です。再生可能エネルギー技術は向上してきましたが、電力や熱だけでなく、食糧や衣食住に用いられる資源を製造することが必要です。他の地域や海外において集中的に資源を開発・調達し、それを大容量移動手段で都市や世界に送ることで、今のグローバル資本経済が形成されてきました。

現在の世界人口は78億人を超えています。化石燃料から脱却して自然の資源をできるだけ使おうとするトレンドが強まっていますが、この人口を支える食糧や資源の量を保つためには、やはり莫大な土地面積とエネルギー源が必要です。化石燃料に代わる資源も必ずどこかから調達しなければなりませんが、日本の人口や世界の人口を支えるためには、一体どれほどの開発が必要なのでしょうか。今の化石燃料をすべて再生可能エネルギーや代替素材に代えられたとしても、大規模な自然破壊による別の環境問題が生じることが予想されます。

何が言いたいのかというと、気候変動を解決できたとしても次の環境問題が出現するだろうということです。生物多様性の減少や水ストレスの増大、廃棄物の増加など、環境問題は既に多く存在します。サステナビリティを実現するために、先のTさんのように環境負荷の少ないライフスタイルを世界のすべての人が行ったとしても、そのために必要な土地や自然資源は78億人分の莫大なものになります。サステナビリティを実現するためには人口が増加しすぎて、もはや非常に困難な課題になりつつあります。

化石燃料があったからこそ実現した都市集中型のグローバル資本経済と今の人口規模。電気をすべて再生可能エネルギーに変えたとしても、設備に必要な資源や土地はとても巨大になるでしょう。そして、人口を維持するための食糧や住まい、衣服などを生産するための資源の問題もまだ解決できていません。気候変動は今こそ注目されていますが、これからは他の環境問題もさらに深刻になり、資本経済に大きな課題を投げ続けるでしょう。気候変動は、持続不可能な化石燃料という資源を大量に摂取した都市型資本経済から生まれた問題の一端に過ぎません。世界の人口が5億人くらいなら化石燃料ゼロで自然と完全に共生できる社会に変えられたかもしれませんが、今の世界の人口は地球上の持続可能な容量を完全に超えてきています。

最近はサステナビリティやSDGs、ESG投資など、環境や社会への課題に対する持続可能性を重視しようとする傾向が、政策やビジネスにおいて高まっています。しかし上に述べたように、本当のサステナビリティを地球規模で実現することは大変難しい問題で、まだ答えは見つかっていません。世界には経済・自然資本両面において貧しい人々も大勢いるため、はやく経済成長しようとする姿勢は否定することができません。しかし、持続可能な状態に近づいていかないと、地球全体が破綻してしまう。どうしたらいいのでしょうか?

私は、世界には問題が積み重なっていても、私たちはこれまでの世代が作り出してきた蓄積を受け入れて、暮らしていかなくてはいけないと考えています。先進国に生まれた人、発展途上国に生まれた人もいます。環境問題が気になる人もいれば、経済問題のほうが気になる人もいます。都市が好きな人もいれば、地域が好きな人もいるし、両方を経験したい人もいます(自分は地域の方が好きです)。

今の社会は人・もの・情報でつながり合い、一つの地域で完結することは殆どありません。情報化の影響は特に近年大きく、遠くの人や関係のなさそうな人も含めてグローバルにつながり合い、影響を与え合い、思いも寄らないところで依存関係も生まれます。依存関係にあるからこそ、行動の責任と結果がどこかに発生します。気候変動問題や環境問題の解決が難しいと言われるのは、行為者と被害者が空間的に・時間的に異なる点が大きいです。当たり前のように使っている製品やエネルギーが日本の外の原料に依存している一方で、複雑なサプライチェーンのためにそれを実感することは難しいです。そして、その仕組みは何十年も多くの人や機関・国が作り上げてきた複雑なシステムの上に成り立っており、原料や輸送過程で化石燃料に強く依存しています。化石燃料依存から脱却して気候変動問題を解決するというのは、これまで人類が築いてきた巨大なグローバルシステムを根本的に変えることであり、とても大変なことです。

この世界がたとえ問題だらけでも、一方で、そこには一人ひとりの暮らしがあり、社会があります。一つの問題だけ見ていても現状を解決する手法が見つからないからこそ、人と人との対話によって考えを出し合いながら、試行錯誤を繰り返して進んでいく必要があると思います。今の社会はたしかに過去の人によって作られたものですが、これからの社会を作るのは今を生きている私たちです。今の問題の痛み、そして変化が別の問題を生むことの痛みを受け入れつつ、より良い状態に向けて少しずつ変えていくしかないと考えています。実際に、Tさんのように現状を変えようとしている人はたくさんいます。世界や地域の問題を知り、少しでも変えるための実践をする人・企業・地域を増やすことが必要だと思います。問題の本質を知り、小さくてもアクションを起こすことが大切なことです。

先日の衆議院選挙では、気候変動問題や環境問題が大きなテーマになることはありませんでした。しかし、ただでも自然災害の多い日本では、気候変動によって災害の激甚化・頻発化しています。それが私たちの社会活動に起因しているからこそ、世界は脱炭素に向けて動き出していますが、日本ではまだまだその動きは遅いです。問題の原因とその解決策、そして社会を良い方向に変えていこうとするアイデアについて、社会での対話が足りていないと感じています。Tさんは自給自足というライフスタイルを追求して、社会に新しい価値とアイデアを提供しています。私も新しいベンチャー企業Gaia Visionを作って気候変動に取り組もうとしていますが、まだまだ力不足を感じます。せめて気候変動による社会への影響を減らすことには貢献できると考えていますが、他の課題については手が回りません。一つ一つが小さくても、最後には大きな変化を作り出せることは、これまでの歴史で多くの人が証明してきました。サステナビリティやSDGsなどの標語に踊らされて表面的な変化で終わらせるのではなく、次の社会をデザインするためのアイデアと実践する人を増やしていきたいと考えています。私は、私の小さな意見と行動によって、大きな良い変化の一部を作っていきたいと思います。


この記事が参加している募集

私の遠征話

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?