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新潟プロレス成功の秘密はマーケティングの古典にあり。

この記事を読んであなたが得られるかも知れない利益:マーケティングのある普遍的な法則。本を選ぶことの重要性。プロレス団体の成功法則。新潟プロレスのブランド戦略。

この本があればマーケティングは無敵だ


経営学の勉強って、MBAの勉強って置き換えてもいいんですが、各科目ごとにどれだけいい教科書っていうか、頼りになる本を持っているか、ってことなんだと思うんですよ。例えば、僕はマーケティングに関してはこの本だ、と思っています。

The End of Marketing as we know it. By Sergio Zyman         (直訳:御存知の通り、マーケティングは終わった。セルジオ・ザイマン著)


アフィリエイトでもやってるんじゃないかと勘ぐられるのが嫌なので、URLとかあえて示さないし、皆さんは皆さんで独自のいい本を持ってらっしゃると思うので、この本は宣伝しません。

邦訳が出ているかどうかは知りませんが、本のタイトルを直訳すれば「我々がわかっているように、マーケティングは終わった」です。

これは、要するにマスマーケティング、テレビCMを使ってマス(大衆)に訴えるやり方は死んだ、ということなのです。

しかし、この本が書かれたのは20年前ですから、まだEコマースとか、ウェブマーケティングなどはない頃です。でも、内容は全然古くないんです。

この本の著者は、コカコーラで長らくマーケティングを指揮してきた伝説の人物です。

今日は、この本の一節を取り上げて、最近僕の周りで起こった「プロレス」のことになぞらえてみたいと思っています。

新潟プロレス10周年記念

僕はもう17年も前ですが、新潟にいたんです。新潟経営大学というところで6年間教えていました。

その時に、後に新潟プロレスのエースになる前の、サラリーマンだったシマ重野氏と知り合いました。

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それがきっかけで、10年前同団体の旗揚げ以来、アドバイザーと同団体の広報誌である新潟プロレスマガジンの編集長をつとめています。

で、その新潟プロレスは11月7日に新潟市産業振興センターで、10周年記念大会を行います。

僕はいま、その大会で無料配布されるパンフレット・新潟プロレスマガジン特別号の編集長として、取材をし、記事を書くことに追われています。

仕事のひとつが、協賛各社の社長にインタビューし、新潟プロレス10周年のメッセージなどをもらうことです。

当然コロナなので会って直接インタビューできず、電話取材ということになります。僕もこのコロナの1年半、まったく新潟に行けずじまいだったので、電話ではじめてお話する社長も多いのです。

プロレスという共通語のコミュニケーション力

初対面、いや対面もしてない、それも顔の見えない電話。

でも一度、プロレスの言葉が出ると、百年の知己のように話が弾みます。

昭和のひとには「猪木・馬場」というワードは超パワフルです(笑)

「では社長は馬場よりも猪木派だった・・」とこちらがセリフを終えないうちに、「やっぱり馬場は、NWAの力が・・・」という具合に、会ったこともない同士熱を帯びてきて、電話が終わる頃にはすっかり打ち解けているのです。

プロレスという共通語は素晴らしいなと思った次第。

さて、今回いろんな社長と話したのですが、10周年迎えた新潟プロレスの課題は、という話題になると、皆さん異口同音にこうおっしゃるのです。


「新潟プロレスの長所はシマ重野。短所もシマ重野。」


これはどういうことか解説しましょう。

この10年、新潟プロレスは、新潟プロレス=シマ重野というブランド戦略に成功した。しかし、その成功が強すぎて、次世代のエースが認知されていない、ということなのです。

しかし、社長らの言葉は最上級のほめ言葉としてとらえなければなりません。

なぜならば、プロレス団体にとって、団体のエースを確立することが最も重要な戦略的課題であるからです。そして、このことに成功する団体はごくまれなのです。

新日本プロレスさえ、「新日本プロレスのエースって誰?」という質問に即答できるファンはいないでしょう。

プロレス団体エースをつくることの難しさ

団体のエースとしてプロレス界に、プロレスファンに認められるには、強さ、勝敗、試合ぶり、パフォーマンス、マイクパフォーマンス、芸術性、マスコミ対応、風格、様々な要素がありますが、エースがブランドとして認められるためには、これらの要素を長く安定して発揮することが求められます。

シマ重野はそれをやってのけたのです。それも高いレベルで。しかし、問題はエースには、努力だけではなれないという現実です。

申し上げたように、数多の団体がエースを創ろうとして失敗している。

その理由は、そんな素材がそこらにゴロゴロ転がっていないからです。

言ってみれば、あれから40年もたつのに、いまだに初代タイガーマスクが現れないようなものです。

その意味で新潟プロレスは幸運でした。

シマ重野という原石を偶然だが見つけ、10年間かけてそれを磨くことができたからです。

僕も関係者の一人として、シマ重野を押しも押されもしないエースにしてくださった皆々様に感謝を申し上げたいと思います。

さて、それでいいんです。プロレス団体はエースを創れば。創りさえすれば。

次世代エースも育ってる

「シマ重野が短所」、というのは贅沢な悩みと言っていい。

天才が立派に世間的認知を得た。でも二匹目のドジョウは、そうはいないからです。

一匹目のドジョウが大物であればあるほど、二匹目はそれに引き比べられてしまうし、プレッシャーも半端ないですしね。

でも、次代エースを作ることは、喫緊の課題です。

大丈夫、育っています。前田誠(まえだ・まこと)。

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ビッグ・ザ・良寛。(びっぐ・ざ・りょうかん)

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そして鈴木 敬喜(ひろゆき)の面々です。

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僕が信じている言葉は、肩書が人を創る、です。チャンピオンになれば、エースに無理矢理でも押し上げられれば、なります。

現に、僕が新リングネームを勝手に密かに用意している(笑)前田誠選手は、シマ重野を破り新潟プロレス無差別級の王者になって、風格が出てきました。

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マーケティング法則にかなう新潟プロレスの成功

さて、冒頭で紹介した、僕のマーケティング・バイブルの一節を紹介します。

Don’t be blinded by visible demand. Preference is perishable. Keep selling the sold.

目に見える需要にだまされてはならぬ。ひとの好みなど一時的なものに過ぎない。これまで売れたものにこだわって、それだけ売っていけ。

これも社長たちと話してでてきた共通の話題です。彼らは異口同音ににこんなことを言うんです。

「シマ重野は、ガチだからなぁ。好きなんだよそこが」。

ガチは真剣勝負を意味します。この定義については異論もあるのでここでは深くお話しませんが、読者の皆さんは、ガチ=力道山からの流れ、と考えてください。アントニオ猪木のストロングスタイル、と考えてもいいです。

いま、プロレスのスタイルは完全に多様化しています。

新日本プロレスは、こういうと必ず反論されることをあえて恐れずに言えば、ストロングスタイル、じゃないです。

むしろハイスパート・レスリング(スピードと試合のリズムに重きをおいたスタイル)です。全日本プロレスもかつてのジャイアント馬場の提唱した明るく、楽しく、激しいプロレスじゃないです。DDTは完全に娯楽系ですね。

このマーケティング箴言をプロレスの文脈で考えるとこうなります。

流行りのプロレススタイルは安定的でない。真に安定的なものしか、永く続く利益をもたらさない。それは力道山の昔から「売れてきた、安定的な需要が続いてきた昔ながらのプロレス」である。

新潟プロレスは、もちろんいろんな選手が登場し、個性を発揮してきました。しかし、トーンとしては力道山ゆかりの保守本流なのです。だから、成功したのです。

このマーケティング箴言のポイントはPreference is perishable。

ひとの好みなど一時的なものに過ぎないなどと訳しましたが、好みはすぐ腐敗する、というのが直訳ですね。

つまり、いま流行っているものに飛びつく姿勢をいさめているのです。もっと人間の本質を衝け、とね。これはプロレスだけじゃないです。

しかし、僕は今のプロレス界で、力道山の保守本流を守ることは至難の業だということは言いたいのです。

今日も最後までお付き合い頂き、ありがとうございました。

それではまた明日。

新潟プロレスの選手の皆さん、勝手に書いたり、写真使ったりして申し訳ありませんでした。お許しあれ。

                             野呂 一郎

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