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9 異世界転生

「煙なわけないよ。煙の上に乗れないじゃん」

「雲の上にも乗れないんだよ」

「でも煙じゃなかったよ。雲の形だった」

 アイとクァシンは巨大樹から北へ北へと進み、山の中へ分け入った森の中。
 木々の間を右に左に探し物をしています。アイが目撃したと言う噂の『魔法の雲』を探しているのです。

 魔法の雲とは、上に乗って移動することのできる小さな雲のことで、誰もその存在を本当にはしていなかったのですが、アイはリスが何匹かそれに乗っているのをこの山の森の中で目撃したと主張しています。

「夢じゃないかな。そうじゃなければ何かの見間違いさ。魔法の雲なんて、あるはずがない」

「だって見たんだもん」

「それで、なんでリスが何匹か乗っているのさ。それって一体、どう状況なの」

「知らないよ。たぶん社員旅行かなにか」

 アイはそう言って、足元にあった木の枝を蹴り上げました。するとその枝が、運悪く眠っていた猪の頭に当たりました。
 猪は勢いよく起き上がると、
「痛え、誰だ!」
 と怒鳴ると同時に、まっすぐ枝がとんで来た方に走り出しました。

「アイ、危ない!」

 その先にはアイがいたのです。
 猪は曲がることはできません。猪はその物凄い速度のまま、アイとぶつかってものすごい轟音が森に響きました。

○△□~○△□

 アイが目を覚ますと、見たことのない街の景色の中だった。
 ワールドザワールドにある町とはまた違う、赤い屋根の並ぶ、石畳に鉄の柱が並んで立っている奇妙な街。っていうか、ほんとここどこだ?

「うーん。どこまで飛ばされたんだろう」

 アイが立ち上がると同時に、向こうから綺麗な白いドレスを着た女の人が走ってきた。途轍もない美人だ。もしかして俺とぶつかったりして……。
 なんて考えていると、彼女はアイの目の前で曲がって、建物の隙間に隠れるようにして入った。よく見ると、本当に彼女はそこあった木箱の陰に隠れていた。
 そしてそれとほぼ同時に、今度は黒服を着たトランプ男が二人、向こうからやってきた。アイのすぐそばまで走ってきて、

「女を見なかったか。白いドレスを着た女だ」とアイに尋ねた。

「うん見たよ」

「どこへ行った」

「あっち」とアイはまったく違う方角を指差した。
 黒服のトランプ男二人はアイの示した方向へ走っていった。

「ありがとうございます。お礼に、できないこと以外なんでもしますわ」

 二人が去ったあと出てきた女の人はアイにそう言った。何度見ても見惚れるほどの美人だ。……ああ、見惚れている場合じゃない。
 さっきなんて言ったかな? そう、「お礼に、できないこと以外なんでもする」そう言ったはずだ。
 アイは「大丈夫」と断った。
 おいおい、俺がこんだけ頑張ってるんだ、アイ。ラノベっぽい行動をとってくれ。

「では、ついて来て頂けないかしら。案内したいところがあるの」

 代わりに白いドレスの女が物語を進めた。
 アイは、その提案に応じ、彼女の行くまま着いていった。

 ということで、彼女はアイを隠れ家だという酒場へと案内した。アイは初めて見る街灯や乗り物に目を奪われながら歩いていたが、中でも気になったのはある子どもの口から白い風船のようなものがプクゥーと膨らんだものだった。

「あれは、ガムよ。ガムを知らないの?」

「ぼく、猪に突進されて、ここまで飛ばされてきたんだ」

 と言っても、女には想像できないだろう。でも実際起こったことはそうなんだから仕方がない。

 酒場には筋肉隆々のマスター、トシアキがいた。
 彼は二人にオレンジジュースを振る舞った。アイは静かにオレンジジュースをチューチューと飲みながら、いろんな事情の説明を聞いた。
 この美しく、白いドレスを着た女性はこの国の王女、アン・パンツ王女といい、アン王女は今、ギャンブル国政府から逃げている身なのだ。それというのも真の王である彼女の父親ショク・パンツ王が、悪い男クイーン(男だが名前がクイーン)に王座を奪われ、結果ショク・パンツ王は牢に入れられ、彼女はこうやって追われることとなった。

 アン王女は悲壮感漂うその目でアイに訴えた。

「もし良ければ、力を貸してくださいませんか」

「そんな悪いやつがいるなら、喜んで。アイにできることならなんだってやるよ」

 アイは胸を張って答えた。
 でも本当は彼女の説明した事情なんてちっとも理解しちゃいなかった。

「ありがとう」とアン皇女は笑った。「あのね、偽の王から王冠を奪い、それを父さんにかぶせないといけないの。王冠には特別な力があるのよ」

 夜中、三人はこっそり城に忍び込んだ。
 これから牢へ向かう。まずショク王を助けるのだ。

「父さんさえ牢から出せれば、後はうまく行くと思うの、駅前のパン屋さんくらい」とアン王女は言った。

「パン屋さんくらい?」
 アイは聞いたが、誰も教えてくれなかった。駅前という好条件である立地にパン屋さを建てれば経営はうまくいくということだろう。アイはただ美味いパンを想像した。

 彼女の案内で牢屋を探すのだが、そこへ行くための地下への入り口を探すのに手間取った。そのうちにアイはトイレに行きたくなってきた。アン王女にそのことを言うと、

「言ってきなさい、私たちは先に通路を探しておくから、終わったら第三廊下へ向かって」

「わかった」

 神妙に頷きアイは一度トイレに入る。第三廊下というのがどこにあるのかは、事前に何度もこの城の間取り(?)の説明を受けていたから、分かりそう。完全に大丈夫とは言えない。

 アイがトイレに入ると、そこに先客がいた。
 ドアを開けると、中にいたのだ。

 先客は白くてふわふわしていて、最初アイはそれをウサギかと思ったが、宙に浮いているので違うとわかった。

「まさか」とアイは声をひそめて驚く。

 そう、先客とは、あの魔法の雲のことだ。

 魔法の雲は便所の中を縦横無尽に飛び回り、アイから逃げる。アイは飛んだり跳ねたり、どうにか捕まえようと苦心した。
 ようやく捕まえたその時、城内いっぱいにアラームが鳴り響いた。

「侵入者発見、侵入者発見。トランプ隊、ただちに見つけ出せ」

 アイは捕まえた雲を抱きかかえ、トイレに入りドアを閉める。するといくらか時間がたって、外から声が聞こえた。

「侵入者、捕まったってさ」

「あの女と、筋肉男、案外あっさり捕まったな」

 アイは静かに小便を済ませると、その声の主がどこかへ去ってから、雲に乗り、クイーン偽王を探し飛び回った。そして寝室で寝ている彼を見つけると音もなく棚の上に置かれた王冠を奪って、第三廊下へ急ぎ、そこに開いたままの通路を見つけたので、中へ入っていった。それから彼は、高速で空中を移動して牢へ向かった。

 トランプ隊がアイを追いかけ回し、行く手を阻んだが、魔法の雲は素早く、彼を捕まえることはできなかった。トランプ隊の中で一番足が速いダイヤ3が追いかけても、魔法の雲には追いつかなかった。
 アイはショク王とアン王女、それにトシアキがいる牢屋へ辿り着き、雲をちぎって鍵を作り、それで彼らを外へ出した。

「ありがとうアイ。やってくれると思ったわ。で、なんなのその雲」

「かっこいいでしょ」

「う、うん。修学旅行ではしゃいでる子を見るようだわ」

「修学旅行? 何それ」

 ショク・パンツ王もご満悦であった。

「はっはっはっは、よくやってくれた。恩に着るぞ」

 ショク王はそう言ってアイから王冠を受け取ると、それを髪の薄い頭に乗せた。するとショク王の体はみるみる大きくなった。巨大化したショク王はそこらじゅうを壊して回った。

「フフフ、騙されたわね」とアン王女が言った。「本当の王はクイーン。私たちはこの国を乗っ取って、楽して生きていきたいから、あんたに嘘をついたのさ」

「嘘だーーー」
 アイは叫んだ。
 それから彼は魔法の雲に乗ると、空を飛び、巨大化したショク王の頭から王冠を奪った。するとショク王はみるみる小さくなった。そしてアイはバランスをくずし、雲から落ちてしまった。真っ逆さまに落下する。

 落下する。そのまま……夜の暗闇に……

××○×~~~○×××

「大丈夫? アイ」

 目を覚ますとクァシンが覗き込んでいます。

「んん……」アイはうめきながら、ガタピシとなる体を起き上がらせました。「何が起こったの?」

「猪に突進されて、木にぶつかって気を失ってたんだよ」

「うん。どれくらい気絶してた?」

「二分くらいかな? ん、何を持ってるんだい?」

「……魔法の雲……魔法の」まだぼうっとした頭のアイは浮かされたように呟いています。

 それを見てクァシンは柔かな笑顔で言いました。

「それが雲かい。雲には見えないけれど」

 アイが自分の手を見てみると、その手には王冠がありました。

「……はい、お土産」アイはそれをクァシンにあげました。

にゃー