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「いい企画」を仕組みで生み出す。人ではなくルールが支配する “非属人的” オウンドメディアのつくり方

 「企画ってどうやって考えたらいいですか?」――あるライターにこう聞かれて、僕は自分の頭の中を一度棚卸する必要に迫られた。

 企画の出し方を考えるに、まず「いい企画とは何か」という基準がなければならない。この共通した判断基準がないと編集チーム内で建設的な議論ができず、そのせいでコミュニケーション上の衝突が生まれたり、最終的な意思決定が編集長の独断になってしまったりして、良いチームやコンテンツは生まれない。

 逆にこのルールを明文化して、編集チームに共有できれば、たとえ編集長が不在でも、そのルールが支配、機能することで編集チームは動けるようになる。編集長の器とセンスに頼らない、持続可能なオウンドメディアが自律成長していくのだ。

まずは、メディアの目的を共有する

 僕はTAMというデジタルエージェンシーの採用促進を目的としたオウンドメディア『TAM made by people』の運営に携わっている。このメディアで記事を書いているのは、これまでライター未経験だった、人事・広報担当の方(Aさんとしよう)。その人を育てることも、僕の重要な任務である。

 先日noteにも書いたように、いまや企画というものは編集者だけで行うべきものではない。ライターから引き出し、ライターと共に生み出すもの。そこでAさんにインタビューの企画に初めて挑戦してもらうことにした。

 「じゃあとりあえず、思うように企画を出してみて」というわけにはいかない。 「企画の出し方」を伝えるべく、僕はまず、「このオウンドメディアの目的は何か?」「どんな人材に来てもらいたいか?」「その人たちはどんなことで悩んでいるか?」――について考えをまとめてみた。

 TAMの目的は、「エッジの立った個人が集まる場」になることだ。その背景には、個人が変化するスピードが組織のそれを上回り、組織のほうが先に陳腐化してしまう一方で、組織は個人が負えないリスクを負い、成長の機会を提供できる、という時代の変化がある。

 このTAMの目的を果たすためにオウンドメディア『TAM made by people』を立ち上げた。そこで僕らが果たすべきことは、

① そうした時代の変化を読者に啓蒙すること
② TAMがその時代に適応した組織であることを伝えること

 である。そして、僕たちが発信すべきコンテンツとは、「①時代の変化、②それに適応したTAMの組織像、それらを社員の方々に語ってもらうコンテンツ」になる。

 僕はこうしたことをAさんに伝えたうえで、「ご自身や、周りの人が感じている時代の変化、旧態依然とした働き方・キャリアへの違和感、悩みを教えてください。そして、その悩みにTAMが応えられること=訴求メッセージと取材対象者を一緒に考えていきましょう」と伝えた。

ペルソナ像を詰めて、半歩先を行く人の動向を追う

 メディアの目的とともに、もう一つ、編集チームでしっかりと共有しなければならないのは、「ペルソナ読者像」である。これも企画の大前提として、編集チームでしっかりと話し合わなければならない。

 僕はある企画をめぐってAさんといろいろやり取りするうちに、お互いが考える「ペルソナ読者像」が一致していないことに気づいてしまい、ここをまず一致させるため、さらに何度もやり取りすることになった。

 僕が考えるペルソナ読者像は、「すでに世の中で活躍しているフリーランス人材」だったのだが、Aさんが考えていたのは、「これからフリーランスになりたい人」だった。Aさんの企画提案が僕にどうもしっくりと来なかった原因がここにあったのだ。

 さらに踏み込んで話し合い、ペルソナ読者像は以下のように明文化され、僕とAさんとの間で共有された。

・年齢は24〜27歳くらい、第二新卒
・自分のやりたいことまではまだ見えていない
・けれど、人に語れるようなスキルが身につき始めた
・そのスキルを活かして、そろそろ自分の力を試したい
・だけど、今いる会社はその試みを阻害しそうである
・その状況が変わらないんだったら会社を辞めてもいい
・つまり、悩みを抱くだけでなく、行動する力がある
・自分で考え、行動し続ければフリーランスにもなれる

 こうしてペルソナ読者像が定まると、そんなペルソナ読者の「半歩先を行く人」の動向を、ひたすら追う。もうそれしかやっていないんじゃないか、というぐらい。そんな「半歩先を行く人」の周りでざわざわしていることが企画の大きなヒントとなるからだ。

 例えば、そんな半歩先を行く人が編集チームにいるならばインタビューをする。と同時に、そのような人をSNSで見つけだし、彼らの投稿を読み漁る。彼らがつぶやいた中で反応のいいものは、彼らのようになりたい人びと(つまりペルソナ読者)に「刺さっている」ということだからだ。

 それを僕一人で行うのではない。Aさんが僕の知らない人を追っていれば、企画の幅はさらに広がるし、編集チーム全体でこれができれば、もうネタに困ることなんてなくなるのではないだろうか?

企画を決めるための「7つの基準」

 ここまででお分かりのとおり、「企画」をするためにはそれまでの準備が大切で、それには長い工程があるのだ。

 さて、メディアの目的とペルソナ読者像を共有できたところで、Aさんから先の「ペルソナ読者の悩み」リストが送られてきた。以前の僕だったら、その中から1つの悩みをピックアップして、さっそく自分で企画化して「こんなんどう?」と返信していたに違いない。

 しかし、そのやり方では今の時代に合ったメディア・編集チームは作れない。たった一人の編集者、編集長が率いる組織では、目まぐるしい読者の変化についていけないし、編集長の成長が止まった瞬間に、そのメディアの成長も止まってしまうからだ。

 つまり、「どの悩みが優れているのか?」は、編集長や発案者など誰か一人で決めるのではなく、多様性にあふれた「編集チームみんなで」決める必要がある。

 では、どうやって「みんなで」決めるのか? そのためには、できるだけ属人的にならない「基準」が必要だと思う。以下は、僕が考えた企画アイデアを評価するための「7つの基準」である。

① その「悩み」がスマホのフィードで流れてきたとき、思わずスクロールする指を止めてしまうか?
② その指を止めたあと、2秒くらい考えて、「いいね」と共感・賛同したくなるか?
③ その悩みを浮き彫りにし、発信する企業に対する好感度は上がるか?
④ その悩みによってどれだけの読者(量)がどれほど(質)苦しんでいるか?
⑤ その悩みを解消することで、どれだけの読者(量)にどれほどのメリット(質)を与えられるか?
⑥ その悩みを解消する方法は、合理的で、斬新か?
⑦ その悩みを解消する方法について語れる人が社内にいるか(その人のソーシャルパワーは?)。

 ①②⑦が必要(絶対)条件、それ以外は十分条件。まずは企画をタイトル1文で示してみて、①②の基準に合うかどうかをチェックすることが、企画選定の第一歩となる。

 このように企画出しをルール化し明文化すれば、ブレない、いい企画がシステマティックに生まれるはず。組織を拡大することも効率化できるだろう。そして、何よりも編集長のセンスや器に頼らないメディア、人ではなくルールが支配、機能するチームが生まれると思う。

全社員を企画に巻き込む

 上記の基準に照らして、編集チームが企画を1つに絞った後は、⑦の取材対象者を探す作業に入るが、この作業は往々にして困難に直面する。オウンドメディアでは、いくら読者の「エモい悩み」があっても、社内にそれに応えられる人がいないと企画にならない、という大きな障壁がある。

 しかし、これは悩みに応えられるメンバーが社内にいないのではなくて、「僕らがまだ見つけられていないだけ」なのかもしれない。僕らがよく知っている社員は限られているし、取材対象者を一人ひとり地道に当たっていくようでは非効率だ。そこで僕は、

① 企画を明文化したうえで、全社員に一気に取材対象者の募集をかける
②(名乗りづらい人も多いと思うので)メンバーをよく知るリーダーたちに推薦してもらう

 という解決法を考えた。こうすることで、多くの社員に『TAM made by people』の存在を知らせ、応援してもらう(拡散に協力してもらう)きっかけにもなるといいなあ、という希望的観測を込めて。

 全社員を巻き込んで取材対象者を探すことができれば、編集チームがあまり手を動かさなくても企画が進むようになる。さらに、企画出しから全社員を巻き込めれば、もはやどこからどこまでが編集チームなのか分からない・・・こうなると、すごくいいと思う。

 以上「企画の出し方」をまとめると、①メディアの目的を明確にし、②ペルソナを揃え、③ペルソナの声を集め、④悩みをピックアップし、⑤「いい企画の基準」に照らし合わせ、企画を選び、⑥全社員やリーダーたちに取材対象を推薦してもらう――というプロセスになる。

 これが仕組み化できると、編集者は企画「以外」のところに目が向くようになり(例えば、メディアのマネタイズやメンバーにとってメンターとしての役割など)、新たな挑戦に取り組めるようになる。僕ではなく、他の誰かが編集担当になったとしてもうまく回り続けるはずだ。

 僕は、「いつか自分がいなくなる」ということを前提に、日々、編集チームの自律成長を促しているのである。

編集者/Livit代表 岡徳之
2009年慶應義塾大学経済学部を卒業後、PR会社に入社。2011年に独立し、ライターとしてのキャリアを歩み始める。その後、記事執筆の分野をビジネス、テクノロジー、マーケティングへと広げ、企業のオウンドメディア運営にも従事。2013年シンガポールに進出。事業拡大にともない、専属ライターの採用、海外在住ライターのネットワーキングを開始。2015年オランダに進出。現在はアムステルダムを拠点に活動。これまで「東洋経済オンライン」や「NewsPicks」など有力メディア約30媒体で連載を担当。共著に『ミレニアル・Z世代の「新」価値観』。
執筆協力:山本直子
フリーランスライター。慶應義塾大学文学部卒業後、シンクタンクで証券アナリストとして勤務。その後、日本、中国、マレーシア、シンガポールで経済記者を経て、2004年よりオランダ在住。現在はオランダの生活・経済情報やヨーロッパのITトレンドを雑誌やネットで紹介するほか、北ブラバント州政府のアドバイザーとして、日本とオランダの企業を結ぶ仲介役を務める。

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