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技術力で勝る日本が、なぜ事業で負けるのか ― 画期的な新製品が惨敗する理由 (妹尾 堅一郎)

コンセプトワーク

 妹尾堅一郎氏の著作は久しぶりです。
 十数年前、会社のセミナーで数ヶ月間薫陶を受けて以来、非常に気になっている先生です。プロジェクト・プロデュース、コンセプトワーク、ソフトシステムズ方法論等、多くのことを学ばせていただきました。

 妹尾氏は、本書にて、技術力を事業競争力に活かす方策としての「三位一体」型経営戦略というコンセプトを提示しています。

(p.xixより引用) 三位一体とはどういうことか?・・・
 一つ目は、製品の特徴(アーキテクチャー)に応じた急所技術の見極めとその研究開発。
 二つ目は、どこまでを独自技術としてブラックボックス化したり、あるいは特許をとったり、さらにはどこから標準化してオープンに周囲に使わせるかという知財マネジメント
 三つ目は、それらを前提にして、一方で「市場拡大」、他方で「収益確保」とを両立させる、あるいは独自技術の開発(インベンション)と、それを中間財などを介した国際斜形分業によって普及する(ディフュージョン)という市場浸透を図るビジネスモデルの構築。

 このように「研究開発戦略」「知財戦略」「事業戦略」が三位一体の要素であり、これらを適切なバランスで発展させ推進していくことが、今後の科学技術立国として進んでいくための要諦だと説いています。

 本書での妹尾氏の説明は非常に丁寧です。言葉の定義を分りやすい言い回しでクリアにした後、論を進めます。
 たとえば、よく使う「モデル」という言葉についてはこう説明されています。

(p3より引用) モデルとは「仕組み(構造)、仕掛け(機能)、仕切り(マネジメント)」のセットのことです。

 余談ですが、妹尾氏は重要なコンセプトを説明する際に、こういう語呂も工夫した3点セットのスキームを効果的に駆使されます。
 たとえば、「物事の捉え方の基本は、『視点・視座・視野』だ」といった具合です。

 問題対処の方法の分類。これも妹尾氏流の3点セットスキームです。

(p59より引用) タイプ1は「問題状況の改善」、タイプ2は「問題状況の解決」、タイプ3は「問題状況自体の解消」を意味しているのです。こういった問題の「改善」「解決」「解消」に加え、さらに「置き換え」等々の問題対処の仕方があります。

 また、「反省」に代わる「省察」というコンセプトについてもこう示唆しています。

(p367より引用) 日本は教わることは得意ですが、自ら学ぶことがあまりうまくない国です。・・・日本人は、徹底的に解明することをいやがります。しかし、ちゃんと振り返らないと「気づき、学び、考える」は起こりません。「気づき、学び、考える」の三点セットがとても重要なのです。

 さて、本書ではいたるところに「インテル・インサイド」「アップル・アウトサイド」というフレーズが出てきます。

(p369より引用) 例えば、インテル・インサイド、アップル・アウトサイドというフレームワークを通じて、自分の関わっている製品や事業を別の観点から見られるようになれます。多様な解釈と解明ができるようになるでしょう。これが、コンセプトあるいはフレームワークの力なのです。それを活用して、もう一度事業を洗い直すことが重要なのです。

 妹尾氏の専門のひとつであるソフトシステムズ方法論では、こういった「一つのフレームワークを通じて対象を見て探索的学習をする手法」を説いています。とても参考になる思考方法です。

イノベーションとインプルーブメント

 イノベーションとインプルーブメント。本書が試みている立論にとっての重要なコンセプトです。

 この2つのコンセプトの関係を整理した妹尾氏流の「イノベーション7原則」です。

(p11より引用)
第一原則:従来モデルの改善をいくら突き進めても、イノベーションは起こらない
第二原則:イノベーションは従来モデルを駆逐し、その生産性向上努力を無にする
第三原則:システム的な階層構造上、常に上位のモデルのイノベーションが競争優位に立つ
第四原則:下位レベルのモデル磨きは、上位のモデル磨きにとどまる場合が普通だが、ときに上位モデル創新となる場合もある
第五原則:プロダクトイノベーションのほうがプロセスイノベーションより強い
第六原則:同種モデル間の競争はインプルーブメント、異種間の競争はイノベーション
第七原則:成長と発展、イノベーションとインプルーブメントは「スパイラルな関係」

 昨今、「イノベーション」の重要性は声高に叫ばれていますが、過去との比較において、その意義が十分に理解されているかといえば大いに疑問です。
 ここでも「インプルーブメント」との対比でその点が説明されています。

(p23より引用) 世界の産業においては、「インプルーブメントで勝つ」すなわち従来のモデルを練磨することで勝つ競争モデルから、「イノベーションで勝つ」すなわち新規モデルへと移行しつつあります。競争力モデル自体が大きく変わったのです。日本の経営者は、日本のお家芸であった「既存モデルの練磨」では勝てなくなったことを、まず認識すべきなのです。

 「イノベーションで勝つ」モデルの代表的な例として、妹尾氏はインテルの戦略を紹介しています。「インテル・インサイド」というキャッチフレーズに顕れた「基幹部品主導で完成品を従属させる」という仕掛けです。

(p75より引用) 従来の部品から完成品までの垂直統合、研究開発から販売普及までの垂直統合、そういった抱え込み主義の企業が勝つのではなく、そのプロセスを分担した「国際イノベーション共闘」が最も勝つという構造です。

 さて、「既存モデルの練磨」では太刀打ちできなくなった日本は、新たなイノベーションモデルでのビジネスに乗り出さなくてはなりません。

(p371より引用) かつて競争力がインプルーブメントモデルの時代には、事業化はうまかった。・・・しかし、現在はうまくない。なぜかと言えば、競争力モデルが当時と変わったからです。インプルーブメントモデルからイノベーションモデルに移行したからです。

 この新たな競争力モデルの世界で生き抜いていくためには、知財マネジメントの要素を加えたイノベーションシナリオを描く必要があります。妹尾氏のいう「三位一体」型経営戦略の策定です。そして、その際活用するのがイノベーションロードマップです。

(p334より引用) 「過去のマップのみならず、将来へのロードマップであること」「特許のみならず、意匠権や商標権も含めること」「権利化するものだけでなく、秘匿知財も入れること」「他社への公開や標準化についても組み込むこと」、等々を強調します。

 ここでのポイントは、「技術」「事業」「知財」の3つのドメインについて、インベンションのためだけでなく、その後のディフュージョンも見通したマップを描くことです。

 さて、最後に、妹尾氏が紹介している日本的進化論(棲み分け)を提唱した今西錦司氏のことばを引用しておきます。

(p376より引用) 「生物の世界では、与えられた環境の中でいかに自分を適応させるかだけが原理ではない。生物は、与えられた環境を自ら変え、それを次々と発展させることにより、他の生物と棲み分ける

 この共生的棲み分けの考え方は、事業環境変化への対応を説く際によく引き合いに出されるダーウィンの「生き残るのは変わり続ける種だ」という考えを、さらに一歩進めたものだと言えるでしょう。

知財マネジメント

 妹尾氏が提唱している「三位一体」型経営戦略ですが、その中で特徴的なコンセプトが「知財マネジメント」です。

 本書では、「知財マネジメント」の実例がいくつも具体的に紹介されています。
 そのうちの一つ、「防護柵」としての特許の活かし方です。

(p164より引用) 自社実施はしなくても、他社が粗悪品で市場に参入しないように「防護柵特許」で防ぐのです。このような知財マネジメントもあるのです。よく「自社実施をしない特許はムダだ」とか「他社の迂回技術の開発を止めてしまうことによって全体として技術開発に悪影響を及ぼす」といった議論を聞きますが、単に他社の進路妨害をするだけでなく、粗悪品防止の意味を持つ場合もあることを知って欲しいと思います。

 「知財マネジメント」において、「オープン」という言葉の使い方には注意が必要です。単なる「無条件公開」ではありません。むしろ「囲い込む」ための「オープン」です。

(p168より引用) 囲い込むとなるとすべてを囲い込みたくなりやすいのですが、それは「労多くして功少なし」かもしれません。基幹部分をしっかり押さえれば、周辺隣接関連他社を囲い込むことになります。また、普及を他社に任せれば、全体としてはエンドユーザーを効率的に囲い込むことにつながるかもしれません。このパラドクス(逆説)をしっかり理解しないと、かえってクローズで囲い込みに失敗することになるのです。

 すなわち、こういう「開発から普及までを見通した高等戦略」なのです。

(p177より引用) オープン戦略の基本は、技術を他に使わせて仲間づくりをし、収益の段階になると別の仕掛けでその仲間を一網打尽にするというやり方なのです。

 この戦略は、インテル(インテル・インサイド)やアップル(アップル・アウトサイド)が優れて活用しています。
 「準完成品」を提供して、そのまわりに関連製品・サービスをビルトインすることにより様々な「完成品」をつくりあげ、ひろくユーザを獲得していくというやり方です。

(p204より引用) インテルとアップルの違いは、基幹部品と完成品の違いではありません。実は両方とも「準完成品」なのです。・・・「準完成品」として見ることがコツなのです。そして、それを完成させるために、どうやって他とつなげるのかを検討すべきなのです。そのためにインテルのように、同一レイヤーにおける部品間(正確には準完成品間)のインターオペラビリティ(相互接続性)をどう確保するのか?あるいは〈iPhone〉のように、上下のレイヤーとの間でどのようにインターオペラビリティを確保するのか?同一レイヤー上の仕掛けとレイヤー間の仕掛けを「準完成品」というコンセプトで検討することが、実は、極めて重要になります。

 ビルトインパーツを提供する企業がユーザを拡大してくれ、その収益は、最終的には「核」を提供しているインテルやアップルに還元されるというモデルです。

 このような「ディフュージョンのフェーズでの戦略的オープン化」が今後の知財マネジメントの要諦となるのです。



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