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物理学はいかに創られたか ‐ 初期の観念から相対性理論及び量子論への思想の発展 (上巻・下巻) (アインシュタイン、インフェルト)

科学の目的

 以前、朝日新聞の書評の欄で、物理学者であり元東京大学総長・元文部大臣の有馬朗人氏が「たいせつな本」として挙げていらっしゃったので読んでみました。

 ガリレイからニュートン、そしてアインシュタインへという物理学の大きなスキームの変化を辿ったものです。「原文序文」にはこう書かれています。

(上p.vより引用) 私たちの目的とするところは、むしろ人間の心が観念の世界と現象の世界との関係を見つけ出そうと企てたことについて、その大要を述べてゆこうとする点にあるのでした。つまり世界の実在に対応するような観念を科学の名で案出していくところの原動力を示そうとしたのでした。

 本書は、科学の発展を概念の連続性の中でとらえ説明していきます。

(上p41より引用) 科学を、ばらばらな、互いに関係のない部分に分割することは出来ません。実際、ここに紹介する新しい概念は、既知の概念とも、またなお後に出てくるはずの概念とも、互いにつながっているのです。科学の一部門に発展した思想の線は、外見上全く性質の異なった事柄の記述に適用し得ることがしばしばあります。かかる場合に、もとの概念が、その発生の源となった現象をも、並びにそれを新たに適用する現象をも、共に理解することの出来るように修正されることも稀ではありません。

 このことは本書の中で繰り返し述べられています。

(下p160より引用) 物理学ではしばしば、外見上まるで無関係と思われる現象の間に或る合理的な類推を進めて行って、それで、本質的な進歩が成功するようになったという場合が経験されました。・・・既に解釈された問題をまだ解釈されない問題に関連させると、そこに新しい思考が暗示せられて、私たちの困難の上に新たな光を投ずることもできるのです。・・・表面的には全く異なって見えてもその裏に隠されているある本質的な共通の性質のあるのを見つけ出し、その基礎の上に新しい理論を形づくって成功に導くというのは、これこそ実に重要な創造的な仕事なのです。

 そこでの科学の進歩は、古い問題をスタートにしています。新たな事実ではなく、既知の事実を新たな思考で見直すという過程です。

(上p106より引用) 問題を公式的に示すのは、それを解くことよりも大体において一層本質的な事柄です。・・・新しい疑問や、新しい可能性を提起し、新しい角度から古い問題を眺めるのは、創造的な想像力を要し、かつ科学の上で真の進歩を特徴づけるものです。慣性の原理や、エネルギー恒存の法則は、既に周知の実験や現象について、新しくかつ独創的な思考を行なってのみ得られたのでした。・・・そこでは既知の事実を新しい光のもとに見なおすことがいかに重要であるかが強調された上で、新しい理論を述べることにしたいと思います。

 本書では、幾多の科学者による新たな理論の創造過程を紹介しています。
 彼らは、既存の理論とは矛盾する事実・実験結果と向き合い、それをブレークスルーする思想を思考実験により生み出していったのです。

(下p152より引用) 科学は新しい思想や、新しい理論を創るように私たちを強要します。それらの目的は、しばしば科学の進歩の道を阻むところの矛盾の牆壁を破壊することであります。科学におけるあらゆる本質的な思考は、実在とこれを理解しようとする私たちの企図との間の劇的な争闘において生れて来ました。現在ここでもまた一つの問題があって、それを解くのに新しい原理が必要とされるのです。

 当然ではありますが、本書の時点でも解明されていない問題はあります。光は波か粒子か。量子物理学の延長上にその解があるのか、それとも全く新たな理論がその問題を解明するのか。

(下p186より引用) 科学は決して完結した書物ではなく、またいつになっても、そうでありましょう。重要な進歩はいつも新しい問題を起して来ます。どんな発展にしても、それは長い間には、新しいかつ一層深い困難を現わして来ます。

科学の進歩

 科学者といえども思い込みに支配されることがあります。誤った直観が新奇の発想の邪魔をするのです。

(上p8より引用) 誤った手がかりが話の筋をもつれさせて解決を延ばしてしまうことは探偵小説の読者のよく知るところです。直観の命ずる推理法が誤っていて運動の間違った観念に導き、この観念が何世紀の間も行われたのです。

 ガリレイの時代に至るまでの誤った観念は、アリストテレスの「力学」にある「運動体はこれを押す力がその働きを失った時に静止する」というものでした。

(上p8より引用) ガリレイの発見は直接の観察に基づく直観的結論は誤った手がかりに導くことがあるから、必ずしも信用が置けるものではないことを私たちに教えたのです。

 新たな思想は古い観念から脱却するものですが、同時に、古い観念を説明しきるものでなくてはなりません。

(上p86より引用) 科学の上で大きな進歩の見られるのは、殆んどいつも理論に対していろいろな困難が起り、危機に出遇った際にこれを脱却しようとする努力を通じてなされるのであります。私たちは、古い観念や、古い理論を検討してゆかなくてはなりません。過去にはそれでよかったものの、同時にその検討によって新しいものの必要を理解し、かつ前のものの成立する限度を明らかに知ることが大切です。

 アインシュタインの相対性理論の場合も同じ過程を辿りました。すなわち「誤った直観」から脱却し新たな理論を立て、その新たな理論により、過去の思考の適応範囲と限界を明らかにしたのでした。

(下p45より引用) 古典力学では、時計が動いていてもそのリズムを変えないということを、暗黙のうちに仮定していました。そしてこのことは甚だ明瞭であって、わざわざそれを言いあらわす必要もないと思われていました。しかしどんな事柄でも明瞭過ぎるということは本来ないはずであります。もし私たちが十分に注意深く考えてゆこうというのであるなら、従来は当然のことと見なされていた仮定でも、物理学においてはこれを立ち入って分析してゆかなくてはなりません。
 一つの仮定を、それが単に古典物理学の仮定とは異なっているという理由だけで不合理と見なしてしまってはいけません。・・・
 動いている時計がリズムを変えるばかりでなく、動いている物差の棒もまたその長さを変えると考えてもよいのでしょう。その変化の法則がすべての慣性系に対して同じでありさえすれば、差支えはないわけです。
(下p48より引用) ここに相対性理論と古典力学とで根本的に相違しているところの最初の事柄が見られるのです。・・・すなわち、もし光の速度がすべての座標系で同じであるならば、動いている棒はその長さを変え、動いている時計はそのリズムを変えなければならないのであって、かつこれらの変化を支配する法則は厳密に決定されます。

 古典力学は、一つの慣性系で小さい速度の場合という特殊条件で成立する考えです。一般相対性理論は、光速まで想定した異なる慣性系(座標系)においても成立するより汎用的な理論です。

 私たちは、シンプルな考えの方が汎用的だと考えがちです。物理学の世界では、古典力学の方が一般相対性理論よりシンプルです。
 しかしながら、それは、古典力学が想定している世界が一般相対性理論の汎用性を支えるパラメータのいくつかが特殊なケースであるからなのです。


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