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良い戦略、悪い戦略 (リチャード・P・ルメルト)

(注:本稿は、2013年に初投稿したものの再録です)

さて、自分たちは・・・

 とてもシンプルでかつインパクトのあるタイトルに惹かれて読んでみました。
 内容は、まさにタイトルどおりです。ただ、世の中に溢れている“戦略”もののビジネス書とはちょっと違ったテイストですね。

 著者が説く“良い戦略”とはどんなものか。著者の答えはこうです。

(p108より引用) 良い戦略は、十分な根拠に立脚したしっかりした基本構造を持っており、一貫した行動に直結する。

 この基本構造のことを、著者は「カーネル(核)」と名付けています。カーネルはシンプルです。

(p108より引用) カーネルを組み立てるときに、ビジョンやミッションや目標や戦術をあれこれ考える必要はなく、・・・ずばり単刀直入なのが良い戦略である。
 カーネルは、次の三つの要素から構成される。
1.診断-状況を診断し、取り組むべき課題をみきわめる。・・・
2.基本方針-診断で見つかった課題にどう取り組むか、大きな方向性と総合的な方針を示す。
3.行動-・・・基本方針を実行するために設計された一貫性のある一連の行動のことである。・・・

 ここでのポイントは、「行動」ですね。「行動」に結びつかなくては戦略の存在意義はありません。逆にいえば、採るべき行動をぶらさないための軸となってこそ戦略の意味があるのです。

 他方、“悪い戦略”とはどんなものか、これについても著者は明確に4つの特徴を掲げています。

(p49より引用) 悪い戦略は、次の四つの特徴から見分けることができる。
・空疎である-戦略構想を語っているように見えるが内容がない。・・・
・重大な問題に取り組まない-見ないふりをするか、軽度あるいは一時的といった誤った定義をする。・・・
・目標を戦略ととりちがえている-悪い戦略の多くは、困難な問題を乗り越える道筋を示さずに、単に願望や希望的観測を語っている。
・まちがった戦略目標を掲げている-戦略目標とは、戦略を実現する手段として設定されるものである。・・・

 特に、一番目の「空疎である」というのは、今までの私の経験においてもよくお目にかかった特徴ですね。言葉が踊っている割に内容は空疎・浅薄という類のものです。
 この分かりやすい例として著者は、次のようなものを紹介しています。

(p97より引用) ・コーネル大学のミッションは「未来のリーダーを育て知のフロンティアを拡げることによって、社会に貢献する学問の場でありつづける」である。これは要するに「コーネル大学は大学である」と言っているに過ぎず、何も意味のある情報を発していない。

 さて、本書において著者は、昨今の「戦略論」の主張に対していくつかの重要な指摘をしています。
 たとえば、カリスマ的リーダー・チェインジリーダー等を語る「リーダーシップ論」との関わりについて。

(p93より引用) 変革リーダーの存在が良い戦略を保障するものではないことだけは言っておきたい。強力なリーダーは、戦略遂行の意欲や自己犠牲を引き出すことはできるだろう。そして、苦痛を伴う変革を受け入れさせることもできるかもしれない。しかしそれは、追求する価値と実現する可能性を備えた戦略そのものを立てることとは、まったく別のことである。

 カリスマ性を持つリーダーであっても、必ずしも“良い戦略”を立てそれを実行しているとは限りません。これは、身近な政界・財界を眺めてみても大いに首肯できるところです。

 もうひとつ、「強力なリーダーシップによる中央集権的なマネジメントスタイルの是非」についての著者の考えです。
 戦略の策定と行動の調整は、常に中央集権的であることが正しいとは限らないと語っています。

(p131より引用) 「全社一丸となる」ような戦略は、得られるメリットが大きいときに限るのが賢いやり方である。すぐれた組織は使い分けをわきまえており、何をやるにも全部門の行動を統率する、といった愚は犯さない。これでは現場に活気がなくなってしまう。通常の活動はそれぞれの部署に委ね、ここぞというときに行動を一点集中するのが賢い戦略であり、賢い組織である。

 通常、戦略は現場のアクションにおいて具現化されます。戦略を現場にまで浸透させ、権限移譲による分権的有機体として機能させるのが組織運営の基本です。何でもかんでも常に「全社一丸」でというのは、「組織がない」「組織的でない」というのと同義ということなのでしょう。

近い目標

 著者の説く良い戦略は、ザクッと言えば、「最も効果に上がるところを見定め、そこに持てる力を集中投下する」ことです。そして、その“持てる力”というのは「自らの強み」でもあります。

 本書の後半では、この「強み」を活用する手立てについて具体的に示しています。
 その中のひとつが「近い目標」を定めるというものです。

 その章での「リーダーの資質」に関する指摘、多くのリーダーが陥りがちな陥穽を著者はこう語っています。

(p152より引用) 何に取り組めばよいのか曖昧なままにして、むやみに高い目標を掲げてしまうことが多い。「最後の責任は自分がとる」と言うだけでなく、近い目標を設定してチームが動けるようにすることがリーダーの大切な使命である。

 このアドバイスはとても実感覚に合った的確なものですね。
 多くの場合、長期的な高い目標を掲げても、言いだしっぺのリーダーがその達成を約束した期限まで、その責任ある立場に残っていることは稀です。仮に残っていたとしても、その評価を正しく受けることもあまり見かけません。

 もうひとつ、著者が指摘する「近い目標」に関する実践的アドバイス。
 不透明な将来に対応するための「足場を固める」ステップです。

(p152より引用) 戦略本の多くが、状況が流動的になったらリーダーはより先を見越して手を打たなければならない、と説く。だが、このような指示は論理的とは言えない。状況が流動的になればなるほど、先は見通しにくいからだ。したがって、絶えず変化する先行き不透明な状況では、むしろより近い戦略目標を定めなければならない。

 状況の変化の多様性を前提に、とるべき選択肢を増やしておくのです。
 そして、変化を敏感に感知しては、その対応策をきめ細かく発動していくというやり方です。深い霧の中のワインディングロードを、目の前に見えるセンタラインに合わせてこまめにハンドルを当てて進んで行く感じですね。

 さて、実際の戦略の実行にあたって、こういった「近い目標」の重要性を指摘する一方で、著者は、戦略思考の基本として「近視眼的思考」は明確に否定しています。

(p345より引用) 戦略的になるということは、近視眼的な見方をなくすということである。・・・だからと言って遠い将来を予見する必要はない。あくまでも事実に基づいて、産業構造やトレンド、競争相手の行動や反応、自社の能力やリソースを観察し、自分の先入観や思い込みをなくしていく。

 なまじ「経験」や「知識」がある(と思い込む)と返って「過信」や「内部者の視点」で戦略の策定や評価をしてしまいます。

 こういった思考方法がもたらした最近の大きな失敗例が、信用バブルの崩壊による「世界金融危機」でしょう。
 金融工学の専門家が先導したこの金融危機のあり様は、結果論的に振り返ってみると、過去に何度も経験した「危機」の教訓を持ってすれば、十分に予測しえたプロセスを辿ったものでした。

 専門家であればあるほど、自ら陥りがちな陥穽を避ける謙虚な姿勢が必要となります。

(p354より引用) 第一は、近視眼的な見方を断ち切り、広い視野を持つための手段を持つこと。たとえばリストは良い方法である。第二は、自分の判断に疑義を提出する習慣をつけること。自分からの攻撃にすら耐えられないような論拠は、現実の競争に直面したらあっさり崩壊してしまうだろう。第三は、重要な判断を下したら記録に残す習慣をつけることである。そうすれば、事後評価をして反省材料として活用できる。

 「戦略」とその実行は、自らの判断を「仮説」とし、それを「検定」していくプロセスでもあります。
 ここで著者が示している「3つの習慣」は、その最初の判断である「仮説設定」において、目先のことや最初の思いつきに迷わされないための具体的な方法なのです。



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