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知識創造企業 (野中郁次郎/竹内弘高)

日本企業の成功

著者の野中郁次郎・竹内弘高両氏は、序文において、本書で明らかにしたひとつの結論を以下のとおり端的に表明しています。

(pⅱより引用) この本の中で我々が主張しているのは、日本企業は「組織的知識創造」の技能・技術によって成功してきたのだ、ということである。組織的知識創造とは、新しい知識を創り出し、組織全体に広め、製品やサービスあるいは業務システムに具体化する組織全体の能力のことである。これが日本企業成功の根本要因なのである。なぜ日本企業が成功したかについての議論はたくさんあるが、我々が突き止めたのは、組織の最も基本的で普遍的な要素である人間知であった。

 本書において両氏は、この「人間知」の生成プロセスを、「形式知/暗黙知」「個人/組織」といった「認識論的」「存在論的」観点から解き明かして行きます。その「知識創造」の過程は、不確実性の時代において連続的イノベーションを生み出し続けるダイナミックなものです。

(p4より引用) 不確実性の時代には、企業は頻繁に組織の外にある知識を求めざるをえない。日本企業は、貪欲に顧客、下請け、流通業者、官庁、そして競争相手からも新しい洞察やヒントを求めた。・・・日本企業の連続的イノベーションの特徴は、この外部知識との連携なのである。外部から取り込まれた知識は、組織内部で広く共有され、知識ベースに蓄積されて、新しい技術や新製品を開発するのに利用される。・・・この外から内へ、内から外へという活動こそが、日本企業の連続的イノベーションの原動力である。

 こういった企業活動は、知識をベースにした「個人」と「組織」との弛みない相互作用です。

(p88より引用) 知識を創造するのは個人だけである。・・・組織の役割は、創造性豊かな個人を助け、知識創造のためのより良い条件を作り出すことである。したがって、組織的知識創造は、個人によって創り出される知識を組織的に増幅し、組織の知識ネットワークに結晶化するプロセスと理解すべきである。

 本書で示された数多くの立論過程は、2つの対立概念を対照させつつ論ずるというパターンをとっています。
 しかしながら、著者は、それら二項対立を「似非ダイコトミー」だといいます。

(p355より引用)
1.暗黙的/明示的
2.身体/精神
3.個人/組織
4.トップダウン/ボトムアップ
5.ビュロクラシー/タスクフォース
6.リレー/ラグビー
7.東洋/西洋
 これらのダイコトミーが、我々の組織的知識創造理論の基礎を構成している。我々は、それぞれのダイコトミーに含まれる二つの一見対立するように見えるコンセプトをダイナミックに統合し、一つの総合を作る。我々は、知識創造の本質がこの総合を作りそして管理するプロセスでありそれがまた変換プロセスをつうじて起こることを発見するであろう。

 著者は、AかBかという「二者択一的アプローチ」を採りません。AもBもという発想です。ただ、それも単純にA+Bではありません。AとBからCを、すなわち、AとBの最良の部分を統合してCを創り出すという「総合/統合アプローチ」を提唱しているのです。

知識創造を生み出す組織

 著者は、組織的知識創造の理論的枠組みを「2つの次元」から捉えようとしています。
 ひとつは「認識論的次元」で、「形式知」と「暗黙知」の区分が基本概念です。いまひとつは「存在論的次元」で、これは「知識創造の主体(個人・グループ・組織・複数組織)」を議論の対象としています。

 組織における知識創造は、この2つの次元からなる座標の中で営まれるをダイナミックなプロセスなのです。
 大きな方向性は、個人レベルの暗黙知を組織レベルの形式知に変換するスパイラルなのですが、具体的には、「共同化」「表出化」「連結化」「内面化」という4つのモードが知識創造プロセス全体のエンジンとして働くのです。

 著者は、このような知識スパイラル(組織的知識創造)を促進するために「組織レベルで必要な要件」として、次の5つをあげています。「意図」「自律性」「ゆらぎと創造的なカオス」「冗長性」「最小有効多様性」です。
 この中で、私の関心を惹いたのは、「ゆらぎ・カオス」という用件です。知識創造のプロセスの中で、トップは時おり「意識して」不安定な状況を作り出すというのです。

(p117より引用) 意図的なカオスは、「創造的なカオス」と呼ばれ、組織内の緊張を高めて、危機的状況の問題定義とその解決に組織成員の注意を向けるのである。・・・トップは、しばしば曖昧なビジョン(いわゆる戦略的多義性)を使って、組織のなかに意識的にゆらぎを創り出す。

 通常、「曖昧なビジョン」は望ましくないものとされています。しかしながら、著者は、個人レベルの知識創造のためにも、「曖昧さ」に対して肯定的な意味づけを行っています。

(p236より引用) そのためには、曖昧で多様な解釈を許容しどこまでも発展できるように開いた知識ビジョンが望ましい。より曖昧なビジョンは、自己組織チームのメンバーに自分の目標は自分で決める自由と自律性を与え、トップの理想の本当の意味をいっそう身を入れて模索するように仕向けるのである。

 ただ、ここで注意しなくてはならない点があります。組織自体、この「ゆらぎ」に応える能力がなくてはならないということです。

(p117より引用) トップの経営哲学やビジョンがはっきりしないとき、その曖昧さは実行スタッフのレベルで「解釈の多義性」を生み出す。
 注意しなければならないのは、「創造的カオス」の恩恵は組織成員が自らの行動について考える能力があってはじめて実現される、ということである。そういう内省がなければ、ゆらぎは破壊的なカオスになりやすい。

 創造的な組織は、所与の情報を処理するだけではなく、自らの中から情報を創出し、与件自体を変化させるのだといいます。

(p83より引用) 主観と客観、あるいは知るものと知られるものというデカルトの分割は、「情報処理」メカニズムとしての組織という見方を生んだ。この組織観によると、組織は新しい環境状況に適応するために環境からの情報を処理する。この見方は、組織がいかに機能するかを説明するのに有効であったが、根本的な欠点が一つある。我々から見れば、イノベーションがどうやって起こるか、を説明できないのである。イノベーションを起こす組織は、単に既存の問題を解決し、環境変化に適応するために外部からの情報を処理するだけではない。問題やその解決方法を発見あるいは定義し直すために、組織内部から新しい知識や情報を創出しながら、環境を創り変えていくのである。

ミドル・マネジャーの役割

 著者は、数多くの企業活動を実際に調査することにより、日本企業の成功の要因を「組織的知識創造」に見出しています。

(p15より引用) ホンダ・シティのケースは、日本のマネジャーがどうやって暗黙知を形式知に変換するかを示している。それはまた、知識創造の三つの特徴を示唆している。第一に、表現しがたいものを表現するために、比喩や象徴が多用される。第二に、知識を広めるためには、個人の知が他人にも共有されなければならない。第三に、新しい知識は曖昧さと冗長性のただなかで生まれる。

 そして、その一連の実地研究において明らかにされたのが、知識創造プロセスにおける「ミドル・マネジャー」の重要性でした。

(p21より引用) 知識創造プロセスにおけるミドル・マネジャーの役割は重要である。彼らは、第一線社員の暗黙知とトップの暗黙知を統合し、形式知に変換して、新しい製品や技術に組み入れるのである。日本企業で実際に知識創造プロセスを管理しているのは、ホンダの渡辺洋男のようなミドル・マネジャーなのである。

 企業における様々な意思決定/意思伝達の方法としては、従来、「トップダウン」と「ボトムアップ」という大きく2つのタイプがあると言われてきました。
 本書では、双方のいいとこ取りをした「ミドル・アップダウン・マネジメント」というスタイルを提唱しています。

(p189より引用) 知識は、チームやタスクフォースのリーダーを務めることの多いミドル・マネジャーによって、トップと第一線社員(すなわちボトム)を巻き込むスパイラル変換プロセスをつうじて創られるのである。このプロセスは、ミドル・マネジャーを知識マネジメントの中心、すなわち社内情報のタテとヨコの流れが交差する場所に位置づけるのである。

 「ミドル・アップダウン・マネジメント」という新たなコンセプトの中では、ミドル・マネジャーは、「理想と現実を結びつける専門職」と位置づけられるのです。

(p190より引用) ミドルは、トップと第一線マネジャーを結びつける戦略的「結節点」となり、トップが持っているビジョンとしての理想と第一線社員が直面することの多い錯綜したビジネスの現実をつなぐ「かけ橋」になるのである。・・・彼らは知識創造企業の真の「ナレッジ・エンジニア」なのである。



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