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ひとり旅 (吉村 昭)

 吉村昭氏の著作は、小説・エッセイ等取り混ぜて結構読んでいます。
 誠に淋しいことに吉村氏は2006年7月にお亡くなりになりましたが、本書は、氏の未発表の遺稿をまとめたエッセイ集です。

 吉村氏の歴史記録小説とでもいうべき数々の著作は、可能な限り現地・現物に当たり、関係者の生の声を聞くという徹底した取材活動が生み出したものです。
 収録されているエッセイの中に、こんなくだりがあります。

(p159より引用) 最初は歴史小説を書くのに専門家は怖かったですね、そういう人たちは何でも知っていると思って。ところが有難いことにその方たちは歩かない、私は歩く。ですから新しいものが摑めるのです。

 こういった現場取材の過程では、従前定説とされていたことや公文書にて正当化されていたことが、ものの見事に覆される場面も数多くありました。
 真に起こった事実に対し心底敬意を払い、その事実に徹底的に肉薄しようとする真摯で一徹な吉村氏の姿勢には凄まじいものがあります。常に前進する行動力には圧倒されますし、その気概の強さには鬼神の宿りすら感じます。

 このエッセイ集には、氏の追究が明らかにした具体的なシーンや、その活動のなかで直面した強烈なエピソードがいくつも紹介されています。

 たとえば、「撃沈 雪の海漂う兵たち」の中のくだりです。

(p24より引用) 漁師は、私に険しい眼をむけると、
「その話なら、しない。憲兵に口どめされているから・・・」
と、言った。
 終戦後すでに25年もたっているのに、漁師は依然として戦時に身を置いている。

 ここで漁師から明かされる事実は、戦争の暗部、すなわち起こった事実そのもののみならず、それを隠蔽しようとする邪心をもった権力の理不尽さをも指弾したもので、特に私の印象に残りました。

 さて、本書に収録されているエッセイは重厚・軽妙様々でどの作品も興味深いものですが、その最後の章は、「荒野を吹きすさぶ風の音」というタイトルで、城山三郎氏との交流を綴った内容でした。
 両氏は、ともに昭和二年生まれとのこと。まさに同時代を生きた者どおし、心の通い合ったお付き合いがあったようです。まさに志を同じくするものだったのでしょう。

 また、巻末には、「なつかしの名人上手たち」とのタイトルで、小沢昭一氏との対談が載せられています。対話の名手である小沢氏が相手ということもあり、吉村氏の飾らない人柄を垣間見ることができる面白い趣向です。
 ちょっと前に、小沢氏のエッセイ「道楽三昧」を読んだところだったので、こちらも楽しませていただきました。



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