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流れを経営する ― 持続的イノベーション企業の動態理論 (遠山 亮子・平田 透・野中 郁次郎)

知識

 今までも野中郁次郎氏の著作は何冊か読んでいます。
 本書はそれらの中でも、野中氏の主張を俯瞰的・概括的にまとめた最新書(注:2011年当時)だと位置づけられます。

 野中氏の経営論のエッセンスは、本書の「はじめに」の章において総論的にまとめられています。その中で特に私が共感を覚えたフレーズです。

(pⅵ) 知識ベースの経営理論においては、人間は決して没個性的な活動単位の集合体ではなく、環境に影響を受けながらも自ら環境を変え、経験に学びつつ自らの理想の未来に向けて進み続けることにより、新たな自己生成を繰り返していく能動的存在である。つまり、人間は管理されるべき不完全な部品ではなく、変化し成長し、他者と関係性を結んで自らが描いた未来の像に基づいて知識を創り出す創造的存在であり、個々人の差異は排除されるべきノイズではなく、新たな知識を生み出す源泉なのである。

 この人間の存在論を起点としているところに、野中氏の経営論の独自性と現実性を感得するのです。

 その他、本書の前半の理論編においては、野中氏の経営理論で登場する基本的なコンセプトやフレームワークが要領よく解説されています。
 それらの中から、改めて覚えとしていくつか書き留めておきます。

 まずは、野中氏が提唱する知識経営を理解する前提として、「知識」の定義から。

(p7より引用) 知識ベース企業の理論を構築するにあたり、われわれは知識を「個人の信念が真実へと正当化されるダイナミックな社会的プロセス」と定義する。

 分かりにくい定義ですが、もう少し噛み砕くとこういう説明になるようです。

(p7より引用) これは、知識の重要な特性はその絶対的「真実性(truth)」よりもむしろ対話と実践を通して「信念を正当化する(justifying belief)」点にあるとの考えに基づく。・・・つまり、知識とは他者との相互作用を通じて、何が真・善・美であるかを問い続けるプロセスであり、そうした信念(主観)と正当化(客観)の相互作用にこそ知識の本質がある。

 こういった解説を読んで、私の場合解ったような気になっていますが、正直よく理解できていないかもしれません・・・。
 野中理論においては、知識は与えられるものではなく、「創造」するプロセスとして位置づけられています。

(p16より引用) 知識は人と独立して外界に存在するのではなく、何かをなそうとする人によって作られるものなのである。組織における知識創造のプロセスとは、知識ビジョンなどの「どう成りたいか」という目的に動かされた成員が、互いに作用しながら自身の限界を超えて知識を創造することにより将来のビジョンを実現させるプロセスにほかならない。

 そして、この知識創造のプロセスは、主観と客観との間の往還運動によりスパイラルアップ的に止揚されていくのです。いわゆる「SECIモデル」です。

(p28より引用) われわれは、・・・暗黙知と形式知の相互作用こそが、知識創造の源泉であると考える。暗黙知と形式知の継続的な相互変換によって知識は生成され、変化し続けるのであり、その意味でプロセスなのである。
 この暗黙知と形式知の継続的な相互変換は、「共同化(Socialization)」「表出化(Externalization)」「連結化(Combination)」「内面化(Internalization)」という四つの変換モードからなる知識創造モデルによって表される。これをそれぞれの頭文字を取ってSECIモデルと呼ぶ。

 繰り返しますが、野中理論における「知識」はダイナミックなプロセスなのです。
 また、企業経営も、対話と実践の往還と重層的な場の形成といった動的関係性のなかで営まれるものと捉えられています。

(p394より引用) 複雑で常に変化する環境において、さまざまな矛盾を含んだ課題には、「あれかこれか(either or)」ではなく「あれもこれも(both and)」の命題で対処し、矛盾を綜合する弁証法的な思考法により、解決策を創造することが必要である。・・・知識創造とは本質的に帰納的であり、弁証法的プロセスなのである。

 このようなマネジメントを可能にするのが「フロネシス=賢慮=実践的知恵」だと野中氏は主張しています。

理論その2

 知識ベース経営という観点から「組織」を捉えると、従来とは異なった意味づけがされます。
 ここでのキーコンセプトは「場」です。
 野中氏によると、「場」とは、「知識が共有され創造され、活用される共有された動的文脈」であり、「時空間における環境・組織・個人の相互浸透プロセス」であるとされています。参加者が共有・共感・共鳴(相互主観性)する動的な知識創造の場所なのです。

(p73より引用) 経済学起源のこれまでの経営学においては、組織はつまるところ、契約や資源の集合体であると見られてきたが、知識創造理論においては、組織は互いに重なりあう多種多様な場の有機的配置と捉えられる。・・・企業を組織的構造ではなく場の有機的配置と捉えることにより、組織を組織図ではなく知の流れによって把握することが可能となる。

 この組織の捉え方と「スモールワールド・ネットワーク」の考え方を連結すると、知識創造の拡大のヒントが見えてきます。

(p75より引用) たまにしか会わない人など「弱い紐帯」で結ばれた人々は、強い紐帯と呼ばれる緊密な関係性を持つもの同士とは異なり、相手が持っていない情報を保有している可能性が高いため、弱い紐帯を通して得た情報のほうが有用性が高い場合がある・・・強い紐帯は暗黙知の伝達に適しているが、形式知の伝達や新たな情報を探索するには弱い紐帯を使ったほうが効率的であり、遠く離れた場を弱い紐帯でつなぐことにより、組織の知識創造能力を高めることができる。

 スモールワールドの世界では「Hub」になるキーマンの存在が肝になります。このHubを通して遠い組織との連携を図るのです。まさに、プロセスを分断した機能別組織を有機的に駆動しようとするための重要なヒントです。
 Hubがトップひとりだとそれは階層的なピラミッド型組織と同値になります。適度に点在するミドルマネジメント層がHubとしては最適でしょう。

 となると、ミドルマネジメント層の活性化が、組織としての成果拡大の重要なポイントとなります。
 野中氏は、「トップダウン」「ボトムアップ」に対する概念として「ミドルアップダウン」マネジメントの重要性を説いていますが、現実の企業内の実態において、このミドル層の活性化すなわちモチベーションの向上の実現にはなかなか難しいものがあります。

 さて、組織についての考察は、「場」という概念を用いて深化していきます。
 本書では、その説明にあたっていくつかの企業の実例が紹介されていますが、その一つが「前川製作所」です。
 前川製作所では、「独法」という場を有機的に結合して一つの企業体として機能させているとのこと。元社長の前川正雄氏のことばです。

(p238より引用) 「企業が市場と一体化すれば、自ずから企業は重層的になり、重層的な体質と多様な単位集団を有した共同体になります」

 この「独法」は、稲盛和夫氏のアメーバ経営にも似たコンセプトですが、アメーバ経営は「生産工程」を細分化しそのユニットに自律性をもたせ、他方、独法は「個社ニーズ」に対応した個別チームに独立性を持たせているという点に違いがあります。

 時間軸でとらえると、この「独法」もそれが自己目的化することにより、いわゆる部分最適・分割損というデメリット面が表出してきます。
 自律分散型の組織のよさを維持しつつ、その弊害を極小化していく営みは、同じく時間軸の中で止揚された形態に組織変遷を続けることにより実現されていくのでしょう。

実践

 本書の前半は、野中氏の知識創造理論のアウトラインが説明されていますが、後半には、知識創造を実現しているいくつかの企業のケーススタディが紹介されています。
 それらの中から私の興味を惹いたものをご紹介します。

 まずは、「第8章 対話と実践による事業展開」の中から、「良品計画」の例です。
 「MUJI」「無印良品」のブランドで有名は「良品計画」では、その商品開発に顧客参画を活用していることはよく知られていますが、そのほかにも「取引先の知」を利用する仕掛けを有しています。商品企画担当者が「知の綜合」に関わるのです。

(p317より引用) メーカーは特定の専門分野に強いが、自分の分野以外のさまざまな技術との組合せによる商品化や市場性への理解という面が弱い。メーカー単独の商品化発想では限界があり、せっかくの技術や製品を広く応用できないままで抱えている場合もある。そこで、マーケットの知識を持つ良品計画がコーディネートし、複数のメーカーの技術を組み合わせる、マーケット情報と結びつけて共同で応用の方法を考える、といった方法で新商品開発へつなげていくのである。

 外部からの刺激を取り入れるプロセスを組み込むというのは、組織活性化の王道です。が、これがなかなか「言うは易し、行うは難し」です。内部のコミュニケーションの円滑化・活性化すら思ったようには進みません。

 また、「第9章 リーダーシップ」で採り上げられたのが「三井物産」
 総合商社の雄ですが、業績優先主義に走るあまり2000年代初、コンプライアンスに反する事件を惹起させました。その反省からスタートした企業再生の道程が説明されています。
 その中でのシンボリックな価値基準が、「良い仕事」という言葉でした。

(p335より引用)
お客様の期待に応えているか?
新しい価値を創造しているか?
正当なプロセスを踏んだ仕事か?
社会にとって意味のある仕事か?

 シンプルですが大事な視点ですね。
 そしてもうひとつ、三井物産の「成果主義」の弊害を簡潔に言い表した言葉。

(p333より引用) 「最大のデメリットは、人と人とのつながりを大事にする社内風土から、人と人とが競争する風土に変わったこと。それにより商社が持つべき『人と人とのつながりに基づく総合力』を発揮できなくなっていった

 組織全体で知識を共有しようという風土がなくなり、知識創造のスパイラルが停止してしまったというのです。

 いままでも成果主義については様々な評価がなされていますが、この「人的関係性の崩壊」という指摘はとても重いものがあります。
 組織としてのシナジーの根本は、多種多様な人の知恵の化学反応による新たな知識創造にあることを踏まえると、こういった弊害の発生は企業にとって致命的です。
 成果主義を全否定するものではありませんが、「成果の把握単位」「成果への貢献因」に「他者(チーム)」という要素をうまく入れないと、「利己的成果至上主義」に陥ってしまうということです。

 さて最後に、本書のテーマからは少々外れますが、なるほどと思ったグラフィックデザイナー故田中一光氏の言葉を書き留めておきます。

(p328より引用) 日本の精神文化を背景にした美意識。故田中一光さんは、簡素が豪華に引け目を感じることなく、簡素に秘めた知性や感性が誇りに思える価値体系を日本は持っており、世界に発信すべきだと言っていました。

 侘び寂び・禅の世界についても、もっと勉強しなくてはなりません。



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