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ストーリーとしての競争戦略 ―優れた戦略の条件 (楠木 建)

ストーリー

 以前、野中郁次郎教授竹内弘高教授が主催するフォーラムに参加していたので、著者の楠木建氏のことは気になっていたのですが、著作を読むのは初めてです。
 多くの具体的な事例をもとに、「ストーリー」という視点から競争優位をもたらす論理を解説していきます。

 まずは、楠木氏による「戦略」の定義です。

(p13より引用) 「違いをつくって、つなげる」、一言でいうとこれが戦略の本質です。・・・
 戦略は因果論理のシンセシスであり、それは「特定の文脈に埋め込まれた特殊解」という本質を持っています。優れた戦略立案の「普遍の法則」がありえないのは、戦略がどこまでいっても特定の文脈に依存したシンセシスだからです。

 楠木氏はこの「つなげる:因果論理のシンセシス」というコンセプトから「ストーリーとしての競争戦略」という視点にたどり着きます。

 この「ストーリー」という考え方を説明するのに、楠木氏は面白い工夫をしました。「『ストーリー』とは何でないか」を列挙するという方法です。
 それによると、「ストーリー」は、「アクションリスト」「法則」「テンプレート」「ベストプラクティス」「シミュレーション」「ゲーム」ではないといいます。

 その一連の説明の中から「テンプレート否定」のくだりをご紹介しておきます。

(p32より引用) 考えてみれば、テンプレートの戦略論は戦略の本質にことごとく逆行しています。シンセシスであるはずの戦略立案が、テンプレートのマス目を埋めていくというアナリシスに変容します。戦略をその文脈から無理やり引きはがし、構成要素の因果論理や相互作用を隠してしまいます。本来は動きのあるストーリーのはずの戦略は、かくして限りなく静止画へと後退していきます。

 静的なテンプレートに構成要素を当てはめていくだけでは、本質的な差別化戦略は生れてきません。
 最近のビジネス書の多くが説くHow To思考に対するアンチテーゼです。

 さて、このあといくつかのエントリーに分けて、本書で特に私の興味を惹いたポイントを覚えとして記してたいと思いますが、最終の第7章に「戦略ストーリーの『骨法10カ条』」として著者の主張のエッセンスが紹介されていますので、そちらもメモしておきましょう。

(p429以降より引用)
骨法その1 エンディングから考える
骨法その2 「普通の人々」の本性を直視する
骨法その3 悲観主義で論理を詰める
骨法その4 物事が起こる順序にこだわる
骨法その5 過去から未来を構想する
骨法その6 失敗を避けようとしない
骨法その7 「賢者の盲点」を衝く
骨法その8 競合他社に対してオープンに構える
骨法その9 抽象化で本質をつかむ
骨法その10 思わず人に話したくなる話をする

 この中の「その6」での箴言をひとつ。

(p467より引用) 大切なことは、失敗を避けることではなく、「早く」「小さく」「はっきりと」失敗することです。

 確かに、失敗は「遅く」「大きく」「あいまい」に気づくものですね。
 先ずはトライして、細かくPDCAを回しましょう。

競争戦略の基本論理

 本書は、「ストーリー」という視点で競争戦略を論じたものですが、立論を進める前段の第二章で競争戦略の基本論理を概説しています。
 その中で「競争優位の源泉」について説明しているくだりを何点か覚えに書き記しておきます。

 楠木氏いわく、「競争戦略」の本質は「違いをつくる」ことですが、この違いの作り方よって「競争戦略」には2つの考え方があるとのこと、「種類の違い」を重視する「ポジショニング」と、「程度の違い」を重視する「組織能力」です。

(p125より引用) SP(Strategic Positioning)が「他社と違ったことをする」のに対して、OC(Organizational Capability)は「他社と違ったものを持つ」という考え方です。・・・
 SPの戦略論が企業を取り巻く外的な要因(その際たるものが業界の競争構造)を重視するのに対して、OCの戦略論は企業の内的な要因に競争優位の源泉を求めるという考え方です。
 つまり、「競争に勝つためには独自の強みを持ちましょう」という考え方です。

 ちなみに「競争戦略」といえば必ず登場するマイケル・ポーター氏の戦略論はご存知のとおり「ポジショニング」です。

(p120より引用) ポーター戦略論も、ファイブフォースだけでなく、基本的な競争戦略の類型論や戦略グループといったさまざまなフレームワークを提示しています。しかし、以前の戦略論と決定的に違うのは、使われた概念や提案されたフレームワークのすべてが一つの論理、すなわち「ポジショニング」という考え方で貫かれているということです。・・・ポーター戦略論は、個別の技法を超えて、一つの論理で一貫して組み立てられた思考体系です。

 ポジショニング戦略の要諦は、「what」=何をするかという決断です。これはもうひとつの選択肢との訣別でもあります。

(p124より引用) SPとは、競争上必要となるトレードオフを行うことにほかなりません。・・・だからこそ、「何をやらないか」という選択が大切になるのです。ポジショニングの戦略論の根底には、このシンプルな論理があります。

 競争優位の源泉たる「違い」をポジショニング(=位置どり)で実現するのですから中途半端は許容しません。

(p116より引用) SP(Strategic Positioning)の戦略論は、程度問題としての違いをOE(Operational Effectiveness)と呼び、SPとは明確に区別して考えています。戦略はSPの選択にかかっており、OEの追求は戦略ではない、というのがポジショニングの考え方です。

 「程度の差」はすぐに他社にキャッチアップされてしまいます。また「程度の差」をつけることに注力し始めると貴重な経営リソースが分散してしまうというデメリットも生じますし、程度の差が顧客に響くかといえば、それは別問題になります。

 さて、競争戦略の2つの型「SP」と「OC」ですが、これらは相反するものではありません。

(p146より引用) 現実の戦略はSPとOCとの組合せであるのが普通です。・・・優れた経営にとってはどちらも必要です。

 時間軸でみると、多くの場合、SPからOCへという変遷が見えてきます。
 そこで、この2つの戦略を組み合わせたマトリックス(SP-OCマトリックス)の中で企業を位置づけるといろいろと示唆に富む気づきが得られます。一般的には、欧米の企業はSP型、日本企業はOC型が多いようです。

(p162より引用) SP先行型の企業には一つの大きな強みがあります。それは、業績が悪くなるときに、はっきりと、しかも早く悪くなれるということです。・・・これは必ずしも悪いことではありません。経営陣や社員が今そこにある危機をはっきりと認識できるため、揺り戻しがかかりやすいのです。・・・
 これに対してOC先行型の企業では、厨房が徐々にダメになっていく、という怖さがあります。・・・マネジメントや社員もはっきりとした危機感を持ちにくい。

 このあたり、著者が挙げているSPの例としての「HP」OCの例としての「カネボウ」は、確かに典型的なものとして納得感がありますね。

戦略ストーリー

 楠木氏が提唱している「戦略ストーリー」ですが、具体的にビジネスの文脈の中で「競争戦略」として組み立てるには5つの柱が重要となります。「因果論理とそれにより結び付けられた、起・承・転・結」です。楠木氏は、それらを「戦略ストーリーの5C」と名付けています。

(p173より引用)
・競争優位(Competitive Advantage)
 ストーリーの「結」・・・利益創出の最終的な論理
・コンセプト(Concept)
 ストーリーの「起」・・・本質的な顧客価値の定義
・構成要素(Components)
 ストーリーの「承」・・・競合他社との「違い」 SP(戦略的ポジショニング)もしくはOC(組織能力))
・クリティカル・コア(Critical Core)
 ストーリーの「転」・・・独自性と一貫性の源泉となる中核的な構成要素
・一貫性(Consistency)
 ストーリーの評価基準・・・構成要素をつなぐ因果論理

 この「5C」で構成された「戦略ストーリー」は、事業開始にあたって当初からフルセットで完成されているものではありません。むしろ、その必要もないと楠木氏はいいます。

(p225より引用) 戦略ストーリーは、特定時点で完結する意思決定やデザインの問題ではありません。むしろ日々の経営の仕事の中で遭遇するさまざまな事象をストーリーの視点から考え、ストーリーに取り込み、ストーリーへと仕立てていく。この「ストーリー化」のプロセスに経営者なり戦略家の仕事の本領があります。

 経営者には「一本のストーリー」に収斂させていくという意識が重要なのです。一貫したストーリー化のプロセスを経て、企業の「戦略ストーリー」は「強く」「太く」「長く」なっていきます。

(p228より引用) ストーリーの戦略論とは、個別の打ち手でいきなり勝負するのではなく、因果論理でつながった打ち手の「合わせ技」を重視する戦略思考です。

 「合わせ技」で複雑になった因果論理の束こそ、簡単に他社に模倣されない強固で独創的な競争戦略となるのです。

 楠木氏のいう「ストーリー」とは、whyで始まる論理です。SP・OCといった個別の構成要素を首尾一貫した因果論理で結びつけ競争優位を導く「媒介(=つなげるもの)」なのです。

コンセプト

 ストーリーの始まりは、本質的な顧客価値を定義する「コンセプト」です。

(p248より引用) 優れたコンセプトを構想するためには、常に「誰に」と「何を」の組合せを考えることが大切です。「誰に」と「何を」を表裏一体で考えることによって「なぜ」が初めて姿を現すからです。
 「なぜ」は、戦略ストーリーにとって一番大切な問いかけです。ストーリーを動かす原動力は因果論理にあります。

 秀逸なコンセプトとして、著者はいくつかの実例を挙げています。
 その代表例が「Amazon.com, Inc.」です。
 インターネットの普及に合わせて多くのEコマース企業が生れましたが、それらは従来からの小売業をネット化しただけのものでした。

(p257より引用) こうした安直なコンセプトをごく初期の段階から否定し、ユニークなコンセプトで独自の戦略ストーリーを構想した数少ない企業のひとつがアマゾン・ドット・コムです。創業経営者のジェフ・ベゾスさんは創業当初から「他社と決定的に異なるのは、アマゾンのビジネスの中核がモノを売るのではないということだ。われわれのビジネスの本質は人々の購買決断を助けることにある」と断言していました。

 この経営者が示す明確なコンセプトのもと、アマゾンは、ユーザによるレビュー購買履歴等に基づくレコメンデーションといった顧客の購買決断を支援する機能開発に多額の投資を行いました。
 これにより、売り手と買い手が双方向で情報を交換し販売・購入に活用するというダイナミックな関係性の構築に成功したのです。

 さらに、この「人々の購買決断を助ける」というコンセプトにもとづき、新品と中古品とを並べて顧客に表示するという「アマゾン・マーケットプレイス」も開始されました。
 結果は、一部で危惧されたチャネル間のカニバリズムによる相殺状況が生じたのではなく、購買チャンスの拡大・アマゾンへの顧客ロイヤリティの向上といったプラスの相乗効果が発揮されたのでした。

 もうひとつの例は、戦略ストーリーの古典的名作といわれる「サウスウェスト航空」
 CEOのハーブ・ケレハー氏によるとサウスウエストのコンセプトは「空飛ぶバス」とのこと。陸上交通機関の利用者を飛行機に乗せて飛ばそうとしたのです。したがって、戦略の基本の他社(競合航空会社)との「違い」は、「サウスウエストは航空会社ではない」ことでした。究極の違いですね。

 そして、そこで重要なポイント。
 サウスウェスト航空の打ち手の構成要素、「短距離国内便特化」「機内食は出さない」「座席指定はしない」等々は、この「空飛ぶバス」という基本コンセプトの自然な帰結(因果論理の一貫性)であるということです。

 以上のような「コンセプトの重要性」は従来からも指摘されていました。
 本書において楠木氏は、もう一歩踏み込んで、「誰に嫌われるか」の明確化がコンセプトメイキングにおいて大切だと説いています。「否定的な視点」から考え直すことによりコンセプトやストーリーにエッジを効かせブラッシュアップを図るのです。すべての顧客に受け入れられるコンセプトでは「戦略の差別化」はできないということです。

 さて、「コンセプト」の章での著者の最後の示唆は、「コンセプトは人間の本性を捉えるものでなくてはならない」という点です。

(p291より引用) 人間の本性を捉えた骨太のコンセプトを作るためには、その製品やサービスを本当に必要とするのは誰か、どのように利用し、なぜ喜び、なぜ満足を感じるのか、こうした顧客価値の細部についてのリアリティを突き詰めることが何よりも大切です。・・・特に大切なのは「なぜ」についてのリアリティです。

 そして、著者は、このリアリティは「自分自身」で考え抜いて追求するものだと説いています。

(p291より引用) 自分自身ほどリアリティを持って理解できる「顧客」は他にはありません。

 本田宗一郎氏の開発における信念と一種通じるところがありますね。

クリティカル・コア

 楠木氏によると、起承転結の「戦略ストーリー」の肝は、「起」の「コンセプト」と「転」の「クリティカル・コア」にあるといいます。
 その「クリティカル・コア」についての著者の解説です。

(p295より引用) 「戦略ストーリーの一貫性の基盤となり、持続的な競争優位の源泉となる中核的な構成要素」、これがクリティカル・コアの定義です。・・・第一の条件は、「他のさまざまな構成要素と同時に多くのつながりを持っている」ということです。・・・つまり・・・「一石で何鳥にもなる」打ち手です。・・・
 第二の条件は、「一見して非合理に見える」ということです。・・・しかし、ストーリー全体の中に位置づければ、強力な合理性の源泉になる。クリティカル・コアの特徴はこの二面性にあります。

 この「クリティカル・コア」の「ひねり」が他社を寄せ付けない「持続的な競争優位」をもたらすのだと著者はいいます。

(p322より引用) クリティカル・コアは、部分の合理性と全体の合理性が別ものであるということに着目しています。戦略全体の合理性は、部分の合理性の単純合計ではありません。・・・部分的な非合理を他の要素とつなげたり、組み合わせることによって、ストーリー全体で強力な全体合理性を獲得する。・・・
 ストーリーの本質は「部分の非合理を全体の合理性に転化する」ということにあります。

 「非合理な要素」の具体例として著者が挙げているのが、スターバックスの「直営方式」です。
 経済合理性からいえば「フランチャイズ方式」の方が望ましいと一見誰もが思います。しかしながら、「店舗の雰囲気」「出店と立地」「スタッフ」等の要素を通して、顧客に「第三の場所」を提供するというスターバックスの「コンセプト」を確実に実現するためには、「直営方式」が不可欠だとの論です。
 そして、この「非合理性」は、競合の追随において「動機の不在」と「意識的な模倣の回避」をもたらし、そこにスターバックスの「持続的競争優位」が生じたのだと著者は指摘しています。

 デルにおける「自社工場での組立て」サウスウエスト航空における「ハブ空港は使わない」アマゾンにおける「自前の物流センター」といった構成要素も「クリティカル・コア」です。

 さて、このクリティカル・コアを含んだ戦略ストーリーは企業に「競争優位の長期的持続性」をもたらしますが、それは「他社の自滅」によるところも大きいというのが、著者の考察の興味深い点です。

(p370より引用) 優れた戦略ストーリーの競争優位が長期の持続性を持つ理由は、その企業の戦略の模倣を困難にする障壁があるというよりも、・・・追いつこうとする企業が戦略を模倣しようとする結果、自滅していくからではないか。・・・場当たり的に戦略を模倣しても、オリジナルの戦略の競争優位の本質であった交互効果は発揮できません。戦略が不全をきたし、かえってちぐはぐなことになります。・・・これまでの戦略の一貫性や強みも破壊され、パフォーマンスの低下の憂き目に遭うという成り行きです。

 この自滅の論理がより顕著になるのは、戦略のコアに「一見非合理」な要素が含まれているケースです。

 とはいえ、著者の説く「戦略ストーリー」も実行されなくては無意味です。

(p423より引用) どうしたら「一見非合理」なことをあえてするという決断に踏み切れるのでしょうか。・・・それは自らの戦略ストーリーに対する「論理的な確信」にしかない、というのが私の意見です。戦略ストーリーを構想する経営者は、自らのストーリーに論理的な確信を持てるまで、「なぜ」を突き詰めるべきです。

 第6章「戦略ストーリーを読解する」の中で、著者はこう語っています。

(p425より引用) 戦略とは将来の世の中や環境が「こうなるだろう」(だからそれに適応しよう)という予測ではありません。自分たちが世の中を「こうしよう」という主体的な意図の表明です。

 大事なことは「 変えようという切実な意思」です。



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