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からくり民主主義 (高橋 秀実)

(注:本稿は、2012年に初投稿したものの再録です)

 単行本で出版されたのは10年ほど前、ちょっと古い本ですが、タイトルが気になったので手にとってみました。
 著者の高橋秀実さんはテレビ番組制作会社の勤務を経てフリーになったノンフィクション作家です。

 本書は、賛成・反対双方の声が渦巻くいくつかの社会問題の現場を訪れ、自らの眼と耳で取材した実相レポートです。そこには、テレビ等のマスコミで伝えられている実態とはまったく別の現実がありました。

 たとえば、第6章「反対の賛成なのだ」で取り上げた沖縄の米軍基地問題。
 ヘリポート基地建設の舞台となった辺野古でみんなの海を守ることを訴えている「ジュゴンの会」事務局長の島袋等氏の言葉です。

(p191より引用) 「いつも取材はこんな感じですよ。地元では基地に賛成派も反対派もないんです。感覚もみんな大差ないんですよ。それなのに“対立”とか“しこり”とかばっかり訊いて書く。全部マスコミがつくったんですよ。もうイヤなんです」

 単純な二項対立の図式を示し、反対派の活動を殊更クローズアップするマスコミの姿勢に、地元では辟易しているというのが現実のようです。

 もうひとつ、第7章「危険な日常」で登場する大飯町役場職員(前町長の息子)時岡兵一郎氏の言葉。

(p238より引用) 「反対運動は大切ですわ・・・」

 大飯町は関西電力大飯原子力発電所を抱える福井県の町です。時岡氏によると、原発誘致に関する住民の声としては、賛成55、反対45くらいがちょうどいいのだそうです。

(p238より引用) 「全員賛成は困ります。原発ベッタリになってはいけませんわ。これくらいのバランスだと、安全管理もしっかりやってもらえるから、ちょうどいいんですわ。・・・」

 適度な反対の存在は地元への補償の増加にもつながることから「『誘致賛成派』にとっても望ましい」といいますから、何がなんやら訳が分からない・・・という感じです。

(p240より引用) 「若狭は二十年以上、どこかしらで原発を建設していました。ずーっとバブルだったんです。それが二年前、もんじゅの建設が終わって、何もなくなり、さあ、ポスト原発は何を、と考えたところ、やっぱり原発しかないんですね。・・・あれ(原発)がくればまた夢が、と地元では思ってしまうんです。確かにこんな金をもってきてくれる企業は他にありませんから」

 反対派のひとり田代牧夫氏の自嘲をこめたこの言葉はとても印象的です。これといった産業もない地方自治体の一つの実態なのでしょう。

 さて、本書の序章「国民の声」で、「テレビの機能」として、こう著者は語っています。

(p13より引用) 世間とはどこかにあるものではなく、個人の感情を正義に転換する際、「世間」なるものが現れ、知らないうちにその代表となるのだ。誰も頼んでいないのに。こうしてつぶやきをクレームにステップアップさせる時に、無意識のうちに「世間」を生み出すのが、テレビの機能だとも言えるだろう。

 今この「世間」を生み出す機能がネットの世界にも具備され始めています。テレビ・新聞といったオールド・メディアが伝える「世間」が0次情報の伝播により否定される場合もあれば、逆に、少数意見としての「つぶやき」がいかにも大衆の総意であるかのように拡大・拡散される場合もあります。

 最後に、蛇足です。
 今話題の大飯原子力発電所ですが、本書でみる限りの誘致経緯から察すると、十分な立地条件の精査がされたか否かについては、大きな疑問を抱かざるを得ないですね。



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