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人類の星の時間 (シュテファン・ツヴァイク)

 先に読んだ「斎藤孝のおすすめブックナビ 絶対感動本50」で紹介されていたので手にとってみました。
 シュテファン・ツヴァイクの著作ははじめてです。

 本書は12の短編からなっていますが、それぞれ興味深い歴史上のエピソードを材料に、運命的な瞬間を多彩なプロットで描き出しています。登場するのは、ゲーテ、ヘンデル、レーニン、ドストエフスキー、トルストイ・・・。

 それらの中から、特に私の関心を惹いたものをいくつかご紹介します。

 まずは、「ビザンチンの都を奪い取る 1453年5月29日」オスマン帝国のメフメト2世によるコンスタンティノープル占領のときの様子です。

(p85より引用) ケルカポルタが開いていたばかりにあの運命的な瞬間にどれほど大きなわざわいが入り込んでしまったか、ローマとアレクサドリアとビザンチンの掠奪に際してどれほど多くのものが精神の世界からうしなわれ去ったか、それを決して人類は知りつくせないだろう。・・・歴史の中でも人生の中でも、後から悔いてももはや取り逃した瞬間を取り返すことはできない。そしてただひとときの怠慢の結果をつぐなうには千年の歳月がかかる。

 どう間がさしたのか、堅牢な城壁のただ1箇所の門の錠がかけ忘れられていたのです。その小さな門からあの東ローマ帝国は滅びゆきました。と同時に貴重な歴史遺産も蹂躙され、取り返しのつかない「人類の時間」が失われてしまったのです。

 もうひとつ、「ウォーターローの世界的瞬間 1815年6月18日のナポレオン」の章です。
 ウェリントン軍とナポレオン主力軍とが雌雄を決したワーテルローの戦(Battle of Waterloo)。ナポレオン敗北という運命は、主力軍に合流できなかったグルシーの一瞬の躊躇にあったといいます。

(p170より引用) 彼の帝国、彼の治世、彼の運命は終った。もっとも果敢な、もっとも先見の明に富んでいた人物が勇ましい20年間に建て上げていたものを、平凡な一人の人間の臆病さが挫折させてしまったのであった。

 グルシーが凡庸でなく勇猛な知将であったなら前途軍を取って返したでしょう。そしてその結果、もしワーテルローでナポレオンが勝利していたら・・・。ひとりの人間の一瞬の心の在り様が、その後の歴史を大きく動かしたということです。

 さて、最後は、「南極探検の闘い スコット大佐、90緯度 1912年1月16日」
 南極点に到達の帰路、命を落としたスコット大佐が妻に宛てて記した最後の手紙のくだりです。

(p353より引用) あなたも知っているとおり、わたしは自分を是非とも勇猛心へうながすように努力せざるをえなかった。それというのも、自分がいつでも、安逸に流れたがる天性の傾向を持っていたからである。・・・この旅についてのすべてのことをあなたに話すことはとうていわたしにできはしない!しかも、自国で安楽にじっとしているよりは、この旅をしたことのほうが、ずっとよかった!

 そして、著者は、この章をこう結んでいます。

(p357より引用) 単に偶発的な成功や、安易な成就は野心を強めること以上には出ないのであるが、全能の運命と十分に取り組んだ結果としての敗北は心情をもっとも崇高な仕方で高めるものであり、あらゆる悲劇のうちのもっとも堂々たるものである。

 命尽きる「瞬間」を前にした、まさに本書のタイトルにある「星」をイメージする物語です。



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