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ATM ate my card!事件【ラオス#5】

私はいつもほとんど現金を持たずに旅に出るので、旅先ではクレジットカードでお金を下ろすのが常である。
念のため何枚もカードは持ってきているが、いわゆる一番得なカードを選んでATMでお金を下ろしている。
海外キャッシングである。

旅人あるあるとして前から噂には聞いていたが、私は一度も体験したことのない出来事が私の身に降りかかった。

ATMの機械に私のクレジットカードが飲み込まれたのである。

残金が少なくなってきたので、ルアンパバーンの宿の近くのATMでお金を下ろそうとしたら、お金は出てこないし、カードもマシーンに飲み込まれたまま出てこなくなってしまったのである。

おっと。
これが例の、旅でのあるあるなトラブルかと感心した。
さて。どうしたものか。

ATMの画面には黄色の三角形の中にビックリマークがついたサインが出ていて電話番号が表示されている。
とりあえずiPhoneで写真に撮って、誰かに助けを求めようと思った。
後ろに並んでいた金髪イケメンに、事の経緯を伝え、「ここを見張っていて」と頼んだ。
ATMが、急に私のカードを吐き出すかもしれないから。
金髪イケメンはびっくりしながらも、任せとけ!っていう感じの返事だったので、私はダッシュで宿まで走った。
宿から一番近いATMで良かったと思ったが、なかなかに遠い。息を切らせてハァハァ言いながら汗だくになって宿に到着。宿のお兄さんハイ(ハイという名前です)に「ハイ!ヘルプミー!」と言って事情を説明した。
えっと、ATMにカードが飲み込まれたっていう英語、なんて言えばいいんだろう。
ネットで調べてみたらいくつか表現があって、一番簡単で端的なものを見つけたのでこう言った。

ATM ate my card!!

ハイは顔色を変えない。
詳しくジェスチャー付きで説明したら理解はしている様子だったが、ハイと話していたアジア系の金太郎みたいな服とショートパンツしかはいてない薄着の女が、私の事情を全て聞いた上でこう言った。

「OK、でもこっちの方が急ぎの用件なのよ。明日の電車のチケットを予約してもらわないといけないところだから。」

いやこっちの方がエマージェンシーやでと言い返したが、5分で終わるから待って、と言われて仕方なく待つことにした。
しかし、海外の5分後は絶対5分じゃないので、私は待ってくれている金髪イケメンが気になって走って戻ることにした。
ハイに「この件が終わったら絶対にATMに来て。一番近くの角のところにあるATMだからね。絶対すぐ来てよ!」と伝えて、私のセリフをリピートしてもらって、走って戻った。

金髪イケメンはちゃんと見張ってくれていたが、私のカードは出てこず、マシーンの中にあるまま。
「誰か来てくれるの?」と聞かれたが、「宿のオーナーが今用事をしているけど、終わったら来てくれるしもう大丈夫。このATMを使わずに済んで君はラッキーだったね。」と伝えて笑って別れた。

さて。

ハイは一体いつ来るのか。
かれこれ30分ほど私はATMの前で座り込んで待った。
私はここで、来る人来る人に「このATMは使わない方がいいよ。ATMが私のカードを食べたから。」と伝える係みたいになっていた。
突然何かの拍子に私のカードがあまりにお金が入っていなくて不味くてマシーンが吐き出すかもしれないから見張っていたが、ATMは息をしていない。よほど不味かったのか、私のカード。
誰かがATMを使ったついでに私のカードが出てきたら悪用されてしまう…と思って見張っていたがその可能性もなさそうだった。

ハイが来る気配が全くないので、腹を括って自分のカードをマシーンの中に置き去りにして、走って宿にまた戻った。
地味にこの道のりが長い。
そして、フロントにハイはいない。
金太郎娘の明日の電車のチケットはとっくに予約してあげられたようである。
「ハイはどこ?」といろんな人に聞いて回ったがいない。
アイツ、どこ行きやがった…と思っていたら、カフェスペースの厨房でマンゴースムージーを作っているハイの姿を発見。
なんでやねん。
スムーズよりこっちの方が絶対エマージェンシーやろうが。
ちょっとだけ怒り口調で「どうして来てくれなかったの?私のカードはまだATMのマシーンの中にあるのに」と伝えると、アイノウ、アイノウと落ち着いている。
なんだこの野郎。
腹が立ったが、よくよく考えたらハイにATMに来てもらってもどうしようもないことに気がついた。不安だったから来て欲しかっただけかもしれない。
ハイに頼んでATMに表示された電話番号に電話してもらったが繋がらず。
ハイが言うには、「今日は土曜だから、銀行が開く月曜の朝までどうしようもないよ」とのこと。

なんと。

今日は土曜で、銀行は土日が休みなのか。
そんな常識も曜日もすっかり忘れていた。
ハイが続けて言った。
「ここに泊まっている人の何人かが同じ場所で最近カードを飲み込まれたよ。銀行に行ったら返してもらえたから大丈夫さ。」
って、何人もいるのか。
そんなATMは潰してしまえと思った。
なんで貼り紙でもしとかないのだろうか。
のんきな人たちに驚いてしまう。
仕方なく、あと2晩寝て月曜の朝一番に銀行に行くことにした。
ハイにGoogleマップを見せて、行くべき銀行はどこか聞いてそこをチェックしてもらい、一旦2日間は忘れることにした。

食いしん坊のATM



土曜の夜。
こんなすったもんだを忘れるために私はネイルサロンに行き、ジェルネイルをしてもらった。
そんな忘れ方をしなくてもいいし、そもそもお金がないからATMに下ろしに行ったわけで、お金も下ろせていないからネイルサロンに行く必要は全くない。
ネイルサロンなんて日本でも行ったことすらないのに、なぜか気づいたらネイルサロンにいた。
そこは思いついたら今やらなきゃ気が済まない私の性格上仕方なかった。
なけなしの金をはたいて、一念発起して、してもらったネイルの仕上がりはというと、
最悪であった。
伝えたのはほぼクリアっぽいうっすら青のラメ入りだったのだが、まるでカリフォルニアのティーンネイジャーか、グラムロックファンのグルーピーみたいな宇宙色になった。
映画「ベルベットゴールドマイン」の世界が爪の先に宿った。
友達に写真を送ったら、「いやそれ、中学生が親に内緒で、休みの日に初めて塗るマニキュアやん。」と表現された。
つまりはダサかった。
noteでよく、私の好きな紫蘇さんが海外でのネイリストとの戦いを報告されていたが、紫蘇さんと語り合いたくなった。
なけなしの金の中から10,000kip(800円)という格安で、私はダサいネイルを手に入れた。もう指先を見るたび納得がいかなくて気になって仕方ない。
今の私には、爪の方がよほどエマージェンシーである。金太郎娘の気持ちが分かってきた気がする。
ジェルネイルだから、この爪で1ヶ月付き合わないといけないのかと思うと辛い。

むちゃくちゃ適当なところに手を置かされた。
ミャンマーの紅茶ラペイエをいただく。
足は自分で持ってきた300円のマニキュアを塗ってます。それより日焼けやばい。
「手が年老いている!」とも友達に言われたので、爪よりも手が綺麗に写っていることを優先してここでは写真を選びました。ネイルのカラーはもっと明るい色です。


翌日、日曜日。
お金もないし、やることもないからいつも覗くスーパーマーケットへ行った。
コスメコーナーにマニキュアが売られていて、そこにはテスターもたくさん置いてあった。
私は、爪のせいかお金のない中学生気分になってしまい、いそいそと気に入らないジェルネイルのラメブルーの上からマットな濃いめのちょっとくすんだブルーのテスターを重ね塗りしてみた。
おお。
ジェルネイルが全て隠せて、かなりいい感じである。
薬指以外を全て上塗りして(店員さんは微笑ましく見ていたし、後日お金を下ろしてから高い角質取りを買ったから許してもらえているはず)、爪に息を吹きかけながら帰った。
私はなけなしの金をはたいてやってもらったツヤツヤのジェルネイル(しつこい)のほとんどを、スーパーにあるコテコテになったマニキュアのテスターで上塗りして、ジェルネイルの良さを全て隠して満足していた。
一体私は何をやっているんだろうか。

はみ出てるのと濱家は無視してください。



そしていよいよ待ちに待った月曜の朝。
銀行は朝8:30に開くから、気合を入れて8:15にハイに教えてもらった銀行の前に立った。
オープンと同時に入店し、ATMが私のカードを食べたことを伝え、ATMの場所を撮った写真も見せて説明。だいぶ待たされた挙句、「ここではありませんよ」と銀行員のお姉さんに教えていただく。

おい、ハイ!何度も確認したよね。
全く。
心の中でまたハイにキレてしまう。

「ここは支店?のようなもので、本店の方へ行ってください」みたいなことを言われ、お姉さんが私の名前と事情を本店に電話して伝えてくれた。
お姉さんは、「あなたのカードは本店で預かっているから、そっちに取りに行けばいいですよ。話を通しておきましたよ。」と言われてホッとした。
間違えた場所を教えてくれたハイへの怒りは消えた。憎めない奴である。

そしてお姉さんが教えてくれた銀行の本店へと向かう。
Googleマップを睨みながら到着し、安心しながら銀行員のお姉さんに名乗り、カードを取りに来ましたよと伝えるも、「は?」という反応。
奥にいる偉い人も「そんな話は知らない」と言う。
もう一度、Googleマップや写真を見せながら事の経緯を説明するが、誰も聞いていないらしい。
パスポート番号とかいろんな私の個人情報をよく分からない書類に書かされてから、「ATMの中にまだあなたのカードがあるから、一緒に取りに行きましょう、5分待ってて」と言われて、案の定15分待つ。
銀行員がもう一度ATMの場所を確認したいと聞きにきたので、小学校の横にあるこの赤いマークの銀行のATMだと地図と写真を見せてまた伝えると、銀行員はこういった。
「それはここの銀行のATMではありません。その銀行は隣です。」と言われる。

え。

確かにここは青いロゴの銀行であった。

私のミスとは言え、何度も銀行名を言ってここですよね?と聞いたし、銀行名の入ったATMの画面も見せたのに…。
ああ、もう!
急いで隣の銀行へ行くと、赤い銀行はめちゃくちゃ混んでいる。
少し待って、空いたカウンターへ行き、また事の経緯を説明。
すると「ここではありません。」と言われて絶望し膝から崩れそうになったところ、
「それはATM専門の部署へ行ってください。この建物の地下にその部署があるのでそちらへどうぞ。」と言われた。

そんな部署があるのか。
もう小走りで階段を駆け降りた。
そこには「ATM」と大きく書かれた部屋があった。
ここか。
ものすごくたくさんの人がいる。
顔見知りの旅人もいた。
「適当に座って待ってて」と言われて座ったが、番号札も何もない。
しばらく見ていると、早押しクイズのように、カウンターが空いたら誰でも飛び出していって要件を言うみたいなスタイルらしい。
よし。
私はかなりのフライングでカウンターを勝ち取り、事の経緯をまた伝える。 
もうこの英語だけはペラペラに喋れるようになっていた。
なのにお姉さんは途中で「OK」と私の流暢な英語を遮って、私の名前の頭文字の書いた箱から輪ゴムで括られている5cmくらいの束になったカードのかたまりを取り出す。

一番トップに私のカードがあった。

「これね。はいどうぞ。」
これで終了。
無事に私のカードは手元に戻ってきたのである。

しかし、このATM部署は恐ろし過ぎる。
私の頭文字だけであのおびただしいカードの束。私の頭文字の人のカードばかり飲み込んでいるのかもしれないが、それにしても多過ぎるし、ここで待つ人も多過ぎる。
ATMにカードが食べられることなんて、やはりエマージェンシーではないのかもしれない。普通のことらしい。
何より戻ってきて良かった。
久しぶりの旅とは言え油断していたので、今後は銀行の開いている時に銀行の側のATMを使うことを心に誓った。

2軒目の青い銀行
ATM部署


ようやくお金を下ろせたので、気を取り直して昼から滝へ行こうと思い、宿に戻ることにした。
テスターで塗ったマニキュアの爪の先が既に少しはがれてきていて、下からツヤツヤのジェルネイルが顔を出してきていた。
これはこれでオシャレなネイルアートになっていきそうな気がして、とても満足な気分になった。
宿に戻り、ハイに「コプチャイ!(ありがとう)」と言って、取り戻せたカードを見せた。
ハイは「Have a good day.」とだけ言って、また誰かのスムージー作りに専念していた。ラオスは今日も平和だった。

きれいな剥がれ方をしてくれている。




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