見出し画像

noteを毎日投稿すること

私がnoteを書き始めたのは緊急事態宣言の日からで、旅ができないから、旅をしていない間の時間になんとなく思い出したり浮かんだ短い文や言葉をあげようと、気軽に始めた。
ブログの方では長々と旅のことを書いてしまうので、スイッチが入った時にしか書けないし、気合いがいる。もっと気楽にTwitterのちょっと長めくらいのボリュームで、本当にノートをささっと書くくらいのものを書きたい時に書こうと思ってnoteを始めたのだった。
ところがやっぱり長々と、書き始めてるうちに長文になってしまう。(旅の思い出話なんかはびっくりするほど長くなる)

私が基本的に「あれもこれも」体質で欲張りであることと、
一つのことを思い出す時に付随してついてくる記憶の幅が広いのと、
書いているうちにこうとも言えるよな…と思ってしまうと決め付けたくなくて色々書いてしまうために余計に考えがまとまらないのと、
自分の考えが矛盾だらけなので、それに自分で気づいて嫌になることもあるし、でも矛盾こそ人間、みたいに逃げるために弁明するズルさもあるし、
日頃から、思っていることを相手に分かってもらおうという姿勢をあまりとらず、話を聞く方にシフトを入れているからそれがたまってしまい、アウトプットしようとするとダダ漏れしちゃうような、
それでいて、私のことを分からない人の方が大半だろうけど、もしかしてどこかに私のことが分かる人がいるかも、その人だけに分かってもらえればいいやと突き放すところもある。

結果、そんな文章になる。

家族や目の前にいる人に対しては、自分のことをちゃんと分かってもらいたいとはもうあまり期待しておらず相手の思いたいように勝手にジャッジしてくれたらいいわと諦めているが、
目の前にいない人に対しては、ちゃんと分かってくれる人がどこかにいるかな、と期待している。
(逆に、目の前にいる人のことはちゃんと分かりたいと思うけど対象は狭めていて、あまりどうでもいい人のことはどうでもいいな、くらいにしか思っていない。まあみんなそんなもんでしょうけど。)

一応、短く簡潔に文章を書きたい、と思って書いてはいるが、
そういうネガティブでナナメな人が書く文章なので、結局長くなるし脱線するし色々拗らせてるし、同じことを繰り返して書いてるだけみたいなところも出てくるけど、こういうひねくれた文章を書く人が他にいたら、私は嫌いじゃないなと思う、と思う。
こういう文章を書く人は結構いいやつじゃないかと思うくらいのポジティブさもあったりする。

そんなことを考えて書いています。


この記事が参加している募集

noteのつづけ方

サポートしていただければ、世界多分一周の旅でいつもよりもちょっといいものを食べるのに使わせていただきます。そしてその日のことをここで綴って、世界のどこかからみなさんに向けて、少しの笑いを提供する予定です。