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歩く旅じゃないと見られない景色【世界多分一周旅 ルピュイの道2023④】

いよいよ。
いよいよ、4年ぶりの巡礼旅の出発である。
大好きなコンクの町を背に、山に登っていく。
汗が背中から噴き出てくる。ひいひい言いながら山を登って1時間ほど。
ふと来た方向へ振り返ると、森の中からコンクの町が見える。バスが通っている道がある方向と逆から見るコンク。
この角度からのこの景色は、歩いて苦しい思いをして山を登り、振り返らないと見られないものだ。
歩いてたった1時間と少しで、早くもクライマックスの感動が来た。

2022年12月~2013年11月に世界をぐるりと旅した「世界多分一周旅」の途中の、歩き旅「ルピュイの道」の記録。
2019年の春に、フランスの「ルピュイの道」を歩く旅をして、コンクという町でその年は終了。
2020年の春に、コンクから続きを歩く予定だったが、コロナ禍で行けず、4年の年月が流れ、2023年にようやくコンクに戻って来られたので、その旅の続きを。

前置き


楽しみでわくわくしているのだけれど、正直言うと、これまでにないくらい不安もいっぱいである。
まず、体力の衰え。
歩き始めるつい1ヶ月半前は、ご飯も食べられなくて、お箸も持てないくらい体が衰弱していて、お好み焼きの前で泣いた。インド、ダラムサラの3月。

喘息は薬で治まってはいるが、まだステロイドの吸入薬は続けていて、またあの咳が止まらなくなったらどうしよう、とちょっと軟弱なハートにもなっている。
そして、いつものような、カミーノだけ歩きに来ている旅ではなく世界一周旅の途中なので、バックパックが重い。
数日前、パリから、巡礼後に会う予定のてんやわんやさんのお宅へと1.5㎏ほど、歩き旅に使わない荷物(サブバッグとかズボンとかお土産とか)を送らせてもらって多少軽くなってはいるが、まだ13㎏もある。水を1㎏合わせると14㎏。これはちょっとしんどい重さである。
私のこれまでの感覚をもとに言うと、12㎏を超えると一気に重みがワンランク上がる。もっと軽くすべきだったなあと後悔しているが、あまり人の家に大きな荷物を送りつけて預かってもらうのも、相当厚かましいので遠慮した方がいい。
とはいえ、1回しか会ってない人に私物を預かってもらおうと送りつける自体、もうすでに私の厚かましいレベルはワンランク上、てんやわんやさんへの信頼もツーランク上をいっている。ありがとうございます。
体力の衰えはおそらく1ヶ月の日本での療養で、ある程度回復はしたものの、1日に8時間以上、20~30㎞を毎日歩き続けるというカミーノとなると、普通の体力では困難なのである。
特に、いくつもあるカミーノのルートの中でも、このルピュイの道のルートはハードだと言われていて、アップダウンが激しい部類に入る。
と怯えつつも、これまでの経験上分かっていることがある。カミーノに求められるのは、体力、フィジカルよりも結局精神力、メンタルなのである。
走るわけではないので、歩くという普通にやれることを長時間続けるメンタルさえ備わっていればどこまでもいける、かなり乱暴な言い方だけど。
と思ったすぐ後に、膝が痛いだの、股関節が痛いだの、肩がちぎれそうだの、次から次へと体の痛みに襲われることも分かっている故の不安が、また襲ってきたりして、なんとなく落ち着かない。
膝のサポーターと腰痛持ちの相棒、腰のコルセット、テーピング、湿布、痛み止めなんかもバックパックに入れてるから余計に重いのだが、体の弱い40代が旅する必需品なのでこれらは削れない。

そこまでしてなぜそんなハードなことをするのか。

時々人からそう問われることもある。
歩いている途中、自分ですら時々、なんでこんなしんどいことをしてるのかな、と不思議に思うこともある。
でも、カミーノを歩きたくて仕方ない気持ちが常にあって、歩き終えても、戻りたくなる。実際、旅を終えた今思うのは、カミーノを歩いた日々は、あちこちの場所を旅した世界多分一周旅の中で特別扱いになっていて、宝物として殿堂入りという感じ。

写真を振り返って見ていると、ぶわーっと五感で蘇ってくるものがある。
朝のピンとした冷たい空気、道で食べたごはんの時間の楽しさ、森の中の気持ちの良い空気、名もない小さな礼拝堂を見つけて立ち寄って休憩する時の、少し神聖さを感じる時間と生ぬるい水の美味しさ、牧場が近づいてきたと分かる牛や動物のにおい、目的地の町が遠くに見えてきた時の嬉しさ、壁に描かれたカミーノのイラストや道標に励まされたり、青い空の清々しさ、天気が悪くてもそれはそれで味わい深い、偶然立ち寄ったレモンティー味のケーキの感動的な美味しさ、晴れた日の川の流れの穏やかさ、暑くなってきた時間帯にまとわりつく汗の不快さ、到着した時にやっと気づく足の爪の痛み。
温かいシャワーという文明のありがたみ、カップラーメンの不味さ、誰かと飲むワインの美味しさ、カタコトの言葉とGoogle翻訳を使ったテンポの悪い会話の中で意思疎通ができた時の喜び、宿で叩き起こしたくなるくらいうるさい誰かのいびきですら全て。
懐かしくて沁みる。
そういうものを噛み締めながら、4年ぶりの初日のカミーノを歩いた。

こんな感じの格好で歩いてます。
コンクの反対側
見えなくなっていく景色も良い。
世界一美味しいレモンと紅茶のケーキ。ああ、また食べたい。
この24時間後に、落として粉々に割れる運命にある知床のナルゲンボトル。

4年ぶりのカミーノ、ルピュイの道の初日。コンク(Conque)からリヴィニャック(Livinhac le haut)まで、万歩計によると26.7km。8時前から17時まで9時間ほど歩いて到着。
コンクのツーリストインフォメーションで予約してもらった宿は3人部屋で広々していた。1人で使用すると思っていたら、夜にもう一人予約をせずに歩いていたフランス人の若い女性がやってきて、同じ部屋になった。夜もいるのかいないのか分からないくらい静かな女の子で、個室とほぼ変わらない感じで過ごせて、25€(当時3750円)で広々と使えて良かった。

洗った靴下とシャツを干しに庭に出たら、テントが一つ張ってあった。近づいてみると、ハビエルだったのでびっくりした。こんなところでキャンプをするのは気持ちよさそうで、ちょっとだけ、あくまでちょっとだけ羨ましい。
ハビエルと一緒に庭でディナーをとることになり、私はあまり美味しくないバンザイヌードルのチキン味(300円ほど)と、ハビエルから缶詰とパスタを少し分けてもらってワインで乾杯した。ハビエルの仕事の話、秋にはこのテントを持って南米を旅することなどを聞き、秋に南米のどこかで合流できたら楽しいね、と盛り上がった。離婚して一緒に住めなくなって離れ離れになった息子の写真を見せてくれながら話を聞いたり、私のインド旅での珍道中など盛り上がり、ワインも進んだ。体の疲れも吹き飛ぶ。
初日にしてこれだから、カミーノは本当に魔法の道だ。


続く


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