駆け抜けたアルバニア【世界多分一周旅バルカン編#4】
駆け抜けたアルバニア。
まずは、印象に残ったアルバニア料理を。
ケバブみたいなものと、大好きなコフタ。
コフタはハンバーグ。コフタって、インドでもミートボールみたいなの(ミートボールぽくしたベジタリアン的な団子も)をコフタと呼ぶし、トルコではキョフテだった気がする。中東やアラブの料理なのだろうと思う。
とにかく美味しい。
その次に印象深いのがパンプキンパイ。
カボチャ好きな私が喜び勇んで注文した。スイーツ扱いなのか、おかず扱いなのか分からなかったため、どちらでもいけるような心づもりで食べてみたが、どちらでもなく、スイーツどころかソルト扱い
だった。
パンプキンが入ってるとは微塵も感じない多量の塩分。そしてパイ生地のみ。絶対にパンプキンを入れ忘れてると思うが、そんなわけないだろうし、謎すぎる不味さだった。
これで私のアルバニア料理の評価は地に落ちた。
カボチャ料理をここまで不味く作ったものは、世界にこれしかない気がした。
その後も、ほうれん草のパイをやたらといろんなレストランで見かけたが、パイに手を出すのをやめた。
ところが、地に落ちた評価を上げてくれるのがアルバニア料理の底力。
こちらもアラブの国でよく食べられているバクラヴァというスイーツ。
とにかく甘い。
ナッツなどが入ったケーキに甘々のシロップをドバドバかけたもの。
ヨーロッパ各地で時々見かけるのが、スポンジにリキュールや甘々のシロップをドバドバかける系スイーツ。トゥーマッチさがちょっとクセにはなる。
これにバニラアイスクリームを添えて、さらにチョコソースをかけるという、色んなものに色んなものかけて訳がわからなくなったスイーツ。美味しかった。
1番好きだったのはこれ。
ピーマンにリゾット詰めました、という料理。「Spec i mbushur」という読み方すらわからない名前。これと並んでなすびに肉詰めましたという料理もアルバニアの名物料理らしいが、なすびが嫌いなのでピーマンの方を選んだ。
ピーマンも実は嫌いで日本では残すのだが、旅先では割と食べたりする生意気な嫌い方である。
これがかなり美味しい。
イタリアに近いこともありパスタが美味しいという噂のアルバニアだが、リゾットも美味しかった。このピーマン、あと5個くらい食べたかった。
物価が安いから、調子に乗って、ヨーロッパに来てほぼやめていた缶ジュース類を頼み始めたが、この類のものはイタリアとほぼ同じ高い値段だったので、あとで後悔した。
それから、ちょっといいお店で、アルバニア名物の羊のホルモンのメニューを頼んでみた。
アルバニア語も分からないし、英語での説明もさっぱり分からなかったが、Lamb’s Interiorと書いてあった。
ラムのインテリア?内部の装飾?内臓のどれかかなと予想した。
正解は知らないけど、かなりラムの野生の臭みがあり、ワイルドな味のする羊のインテリアと卵と野菜と共に焼いた何かであった。苦手と美味しいの間を行ったり来たりする味で、旅の醍醐味とも言える複雑な味の体験ができた。
ちなみに野菜スープは、米がたくさん入ってて、雑炊みたいな優しい味で美味しかった。
印象に残った料理はこんな感じ。
また、印象に残った出来事としては、町はずれの小さな商店に入った時のこと。
品揃えが薄く、キューバでローカルのマーケットを見た時と同じような状況であった。キューバでは配給制で、配給されるまでは常に品薄状態だった記憶。腕の骨を折っているのに(その時は折っていると誰も知らなかったが)、絆創膏をくださいと言ったら、とても小さいものを1枚だけ売ってもらった出来事を思い出す。
アルバニアの商店も同じような状況。
観光客が集まる街の中心部には、一般的なスーパーマーケットがあり、ヨーロッパ(日本とも)と変わらない豊富な品揃えで、買い物に困ることはなかったが、このローカルの小さな商店の状況とのバランスの悪さに驚いた。
たまたまかもしれないけど、それでもなかなかこういう状況にはならない気もする。キューバと同じ景色。
やはり社会主義国家の名残りがところどころに残っているのかもしれないけど。通り過ぎただけでは、この状態があちこちにあるのか、この店のこの時だけのたまたまの状態なのか、そこまでは分からなかった。
首都はどの国も大体都会で整っていて、私にとってはつまらないものだが、アルバニアの首都ティラナも同じく、つまらなさを感じた。
いや、つまらないというか、なにかアンバランスな感じを覚えた。
それがまた面白い面もあり、面白くもない面もあり。
首都で都会に仕上げようとしてるけど、ものすごく山が近いとか。
素っ頓狂なデザインの建物が突然あったり、だだっ広い広場があったり。
だだっ広い広場といえば中国の天安門広場とか、モスクワのクレムリンと赤の広場とか、キューバの革命広場とか。
権力を持つリーダーが演説しがちな広場って、私のイメージでは社会主義の名残りの象徴なのである。 あくまで歴史に疎い、浅い知識の私のイメージではあるけど。
アルバニアは50〜60年前に鎖国してたとか、その間に一切の宗教活動を禁止したとか(そのせいでイスラム教の人たちが他国よりもゆるい雰囲気なのかもしれないけど)、核攻撃に備えて国内全土にめちゃくちゃコンクリートのシェルターを作ったとか。
鎖国を終えて国際社会への復帰を頑張ろうとしたら、1997年にネズミ講が流行って国民の3分の1が破産するとか。
申し訳ないけど、何かと面白エピソードを持ってるなという国、アルバニア。
人は、少なくとも私と関わってくれたアルバニア人数人はみんな優しくていい人たちだった。これだけでアルバニア人がどうだとかは言えない。私がいい人だから優しくしてくれたのかもしれないから。
でも、関わった数少ないアルバニア人の優しい笑顔のおかげで、アルバニアの人は優しいが多い、という印象は持てた。
場所も国名も国旗も何もかも知らなかった国を、少しだけかじって、チラ見して、駆け抜けて通り過ぎた。
分かった気になるのは簡単だが、沢木耕太郎の「分かっているのは、分からないということだけ」という言葉を常に心の真ん中に置きながら、通り過ぎていく。
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