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《ドMの晩酌:第九夜》 ドMのバイト(ラーメン屋 : 後編)

焦らされる感じがたまらない

秋。乾燥と闘うシーズン到来だ。

母親として水仕事を避けて通ることはできないため、この季節からハンドクリーム様に頼る生活がスタートするわけだが、塗ればスマホがテッカテカになるし、ちょっとしっとりしたかな、というところで次の食事の準備がやってくるわけで、無駄にハンドクリームを消費してるだけなんじゃないかとすら思ってしまう。

息子たちがオンライン授業を選択したために、平日の昼食作りという仕事が加わってしまい、洗剤でカッサカサになったりハンドクリームでヌメヌメになったり、私の手肌のコンディションはジェットコースター状態だ。

とは言え、私は料理をすることが結構好きだ。

しかし、日々ネットでレシピを検索し奇をてらった料理にチャレンジするとか、盛り付けの器に凝るみたいなことには全く興味がない。

ごく普通の和食や洋食を冒険心ゼロでコツコツと作り続けているだけだ。

では、料理の何が好きなのかをあらためて考えてみると、包丁で具材を切ることと、中華鍋をガンガンに振りまくっている瞬間がたまらないという結論に至った。

要は、高校時代のラーメン屋でやっていたことを再現したいってことなんでしょう。


包丁で具材を切るといっても、ぶつ切りは全くテンションが上がらない。
やっぱり千切りでしょ。
しかも0.5ミリ以下でトトトトトンと切っている時が最高だ。

しかし、昔より千切りの頻度が減っているため、切り始めは思うようにスピードが上がらない。

「こんなに遅くて分厚い千切りしかできないなんて、どうしよう!」
と大いに焦り、やっとこさ途中から勘を取り戻して安堵する。

テンポが安定してくると、それはそれで「手を切ったりして止まってしまったら、どうしよう!」と、いらんことを考え再び焦る。

この焦らされる感じがドM的には最高だ。


中華鍋をガンガン振りまくれる料理と言えばチャーハンだ。

好き嫌いが多い息子たちだが、二人ともチャーハンが好きなことが私の救いだ。

コンロの火も鉄鍋の油のなじみ具合もバイト時代の厨房のそれとは程遠いが、油の量、具材の味付け、卵とご飯を入れるタイミングに細心の注意を払う。

どの工程も作り始めたら待ったなし。

こんなに焦らされる料理って他にあるのだろうか。

でも、しつこいようだが、この焦らされる感じがドM的には最高だ。
 

と、肌荒れからラーメン屋の話にキレイに移行できたということで、今夜の晩酌では、再びラーメン屋のバイトについて振り返り、悶絶したいと思う。(ドMの晩酌 第二夜 ラーメン屋:前編のつづき)


働き者という大きな壁

さて、今日の晩酌もキンッキンに冷えたアサヒスタイルフリー。それを、ぬるくならないように缶専用のマグにスポッとはめる。つまみは「ノザキのコンビーフ」

私が晩酌時にチョイスするつまみは、比較的あっさりしたものが多い。

理由は、胃もたれすると翌朝の朝食に響くということと、太ることが怖いからだ。

アラフィフにもなると代謝も衰え、変なところに肉がついたらなかなかとれない。でも、ずえったいにビールを飲みたいから、つまみで調節しているわけです。

ホンネは唐揚げやポテトチップスみたいなものをガツガツ食べたい。


今日、次男と夕飯のおかずを買いにスーパーに行った際、「ピンと来るつまみがないなぁ」と私はつぶやいた。

すると快楽主義者の次男が「お母さん、たまにはいいじゃ〜ん!」と、ニヤリとしながら悪魔のようにささやいた(それを待っていた)。

ポテトチップスにしようと思っていたら、手前の缶詰コーナーにキラリ光る一品を見つけてしまった。

「ノ、ノ、ノザキのコンビーフ様だ・・・」

しかし手にすると妙に軽い。
いつの間にマーガリンの容器みたいな形状に変わっていたのだろう。
台形型の缶詰で、付属のピンみたいなものでクルックルックルッと巻きながら開ける(文章で上手く表現できない)アレじゃない。
ネットで調べてみると、2020年1月に容器が変更されたようだ。

大好きなコンビーフ様をこんなに長い間、自分に禁じていただなんて。寝る前に胃薬飲んで寝ればいいじゃんっ。今夜は遠慮なくいただくとしよう。

チビチビつまんでグイッと飲むスタイルに、コンビーフってなんてピッタリなんだろう。


あっという間に1缶飲み終えてしまったので、そろそろラーメン屋のバイトのことを振り返ろう。

*******

前回は、高校時代にバイトをしていたラーメン屋のことについて振り返り悶絶したが(ドMの晩酌 第二夜 ラーメン屋:前編)、あれは支店でのエピソードだ。その後、理由はおぼえていないが、私は本店へと異動になった。

国道沿いで駐車場も広めの支店と違い、本店は狭い通りに面しており、建物が古い上に駐車場3台しか備えられていない、正直パッとしない店だった。

近くにタクシーの営業所やラブホテルが数軒あるせいか、この店の売り上げの大半は「出前」だった。そして、ラーメンよりも丼や定食の注文が多かった。

「よーし、ここでもコンプリートしてやるぞぉ!」と張り切っていた私だが、さっそく大きな壁にぶち当たった。

本店を経営する社長(支店の経営者の夫)は、最も注文の多いランチの出前以外、めったに店に顔を出さないが、先輩バイト2名がめちゃくちゃに働き者だったのだ。

まず、厨房を取り仕切る20代女性は、週6日ほぼ通しで働いており、もう一人の大学生の男性バイトは、テストの時以外、休むことなく出前をしまくっている。しかも2人とも寡黙で全くスキがない。

「疲れた」とか「休みたい」なんて愚痴っていただけたら、私が相手の仕事を快くサポート(奪う)できるものの、3日勤めてそれは無理だと悟った。

私は出勤するたびに、持ち場である定食や丼の調理に励む。

エビフライ定食、とんかつ定食、カツカレーが人気で、私はひたすら揚げ物をする。店のエビフライがどうしてあんなに大きいのか、そのカラクリをこの時に学ぶ。卵丼、親子丼、カツ丼も早々にマスターしてしまった。あとは洗い物をこなす日々。


20代女性が担当する、ラーメン、チャーハン、野菜炒め、焼きそばにも手を出したいところだが全く入り込むスキがない。
具材の仕込みをしようにも、その女性が注文と注文の間にトトトトトンと素早い包丁捌きで野菜を切っていく。うーん、全然盛り上がらないな。

そんな時、私を喜ばせる2人の女性客が現れた。
神様っているもんですね。


誰のための仕事なのか

毎週土曜日だけ、20代女性に代わって社長が厨房を担当していたが、私が支店で調理をやっていたことを知ると、次第に社長が「よろしくね」と言って来なくなった。

大学生の男性バイトは、出前の注文が入るまで店の外に停めている軽自動車の中でタバコを吸って待っている。

「よーしよし、これで邪魔者はいなくなったな」と思いたいところだが、この店は平日の注文の方が圧倒的に多く、土日は閑散としていた。

やばい、めっちゃ暇だ。

この時間を使って大量に長ネギのスライスをしてやりたいところだが、捌けない材料を大量に用意して怒られるのは避けたい。

ああ、私が最も恐れている「暇」と、どう対峙したらいいんだろう。

すると、15時頃、体格の良い2人のオバさんが店にやってきて、こう言った。

「生ビールと、激辛味噌ラーメンを2つずつちょうだい」

注文の品を全て出すと、オバさんAがビールをグビグビ、おしぼりで額を拭いながら「ここの激辛味噌、やめられないのよねー」とご満悦なのに反して

オバさんBは「そう?私はもうちょっと辛くてもいけるわよ」

それに対して「確かにね」とオバさんAが返した。

この会話が、私の記憶に深く残った。


その翌週も同じ時間帯に2人はやってきた。

私は厨房から笑顔で「生と激辛味噌ラーメン2つですね?」と前のめりに問うと、嬉しそうに首を縦に振った。

さて、どうするか。

先週と全く同じモノを出していいのか、ワタシ。
オバさんたちはもっと辛い方がいいって言ってたじゃないか。
じゃ、迷うことないな。唐辛子パウダーをレシピの倍入れちゃおう。

お盆にラーメンを載せ「(どうです?これがあなたたちのお好みの味じゃないですか?)」と心の中で呟き差し出すと、二人はビールをグビグビ、汗をダラダラ流しながら完食してくれた。

よしよし。

そして、その翌週も翌々週も2人は同じメニューを注文し、私は唐辛子パウダーを増量し続けた。

すると
「ふ〜っ! これは辛いわぁ〜」
とオバさんたちは叫んだ。

そして、若干残していた。

そりゃそうかもしれない。スープの表面、真っ赤だったもん。

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実は、このラーメン屋のバイトのことは、これ以降、私の記憶に全く残っていない。でも、オバさんたちや社長に怒られて去ったわけではないと思う。そうであれば、強烈に私の記憶に残っているはずだ。恐らく私が飽きて辞めちゃった可能性大だ。

 
散々好き勝手なことをして、飽きちゃうってなんなんだろう。
それで堂々と対価をもらっていたって、めちゃくちゃ恥ずかしい。
しかも、このパターンを私は繰り返してきた。

社会に出てから二十余年。

いくつかの会社やらでずっと働いてきたわけだが、私は相手のためにやっていそうで、実は自分がやりたいことばかりやっていた気がする。

頼まれたことをそのままキッチリこなせばいいものを、いつも「もっとこうした方が良くないですか?」というノリコ汁を必ず投入。

ハマる場合もあったが、「いや、それはいらないです」としっかり拒絶されたことも沢山あった。

そして仕事に飽きると異動を願い出たり、転職したりしていた。

よくこれまでサラリーマン続けて来れたよな、ワタシ。

改めて、これまでお付き合いくださった懐深い方々に感謝をする夜だった。


 ノリコ47歳。

一応、反省した感じでしめくくっているが、こんな自分が結構気に入っている、図太い女なのであった。


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