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ブルームーンになりたくて

数か月前の話。
これがブルームーンってやつか。酒を1杯ひっかけて気持ち良くなってた俺らは月が見える高台に来ていた。蒸し暑い日中も夜になって風が吹くと心地がいい。夏はこうでなくっちゃなと喉に流し込むビールがなおさら美味しかった。はしゃぐ彼女を耳で感じながら、右手はポケットに突っ込んでただただ月を眺めてたんだ。

高台といえど、ビルの光が強くて、月がなんだか申し訳なさそうなんだよな。ブルームーンっていうくらいだからもうちょっと頑張れよ。だけど、そんな弱弱しい月を見ながらなんだか同情する気持ちになってたんだ。

そりゃーよくわからんビルに囲まれて居心地悪いよな。最近なんて、そいつらが夜景なんて言われてるわけだろ。もし東京を抜け出したって、田舎だと星が見えづらいとかクレーム言われるわけで、ほんと肩身狭いよな。せっかくのチャンスで世の中に出てきたかと思えば叩かれてさ。ボーナスかと思ったら外れかよ、そんな扱いが俺みたいで笑っちゃうよな。

俺も東京に来れば何か変われると思ってたんだ。地元でそこそこ売れてて、このネタを東京でやれば絶対当たるという確信があったから。だけど、斬新だけど地味、新鮮だけどつまんないって言われ続けて、どこかで大事な何かを落っこちてしまった。

「ブルームーンって1ヶ月の中で満月を2回も見れることなんだよ。めっちゃラッキーじゃない。今回はもう少し届かなかったけど、私は多間野くんのネタ好きだよ!」彼女はそう言って、ポケットに入った俺の手をそっと引っ張り出した。ポケットにずっと入ってたのに、彼女の手のほうがずっとあったかいだよな。

鼻歌交じりに彼女の手を引く。「なにかいいことあったの?」嬉しそうな彼女に、「ああ、ちょっと思い出してな」と。高台の階段が月明かりに照らされてレッドカーペットみたいにまっすぐに伸びてたんだ。また挑戦してみるか。なんだか満月のことが好きになったついこの前のことだった。

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