メッシの野望は叶うのか。カタールW杯決勝戦、アルゼンチン対フランスのポイントとなる両チームの弱点とは

 アルゼンチン対フランス。波乱の多かった今回のW杯だが、決勝戦は順当というか、それなりの対戦カードに落ち着いたという印象だ。大会前のブックメーカー各社の優勝予想では1番人気がブラジルで、その次の2番人気がアルゼンチン、そして3番人気が前回王者のフランスだった。2番人気(アルゼンチン)対3番人気(フランス)。それを踏まえると、今回の決勝戦の顔ぶれには納得できる。

 そんな今回の決勝戦だが、この文章を書いている現時点において、ブックメーカー各社は両者全くの互角だと予想している。これはかなり珍しい。いわば優劣をつけることを放棄したも同然。それくらい「予想のプロ」たちも頭を悩ませているというわけだ。

 なぜ今回の決勝戦の予想が難しいのか。それはアルゼンチンの出来を想像することが難しいからだと僕は思う。

 ブックメーカーは両者互角だと予想しているが、少なくとも筆者はフランスの方が優勢だと見る。理由は簡単だ。アルゼンチンよりもフランスの方がよいサッカーをしているからに他ならない。フランスは準決勝までの6試合をほぼ4-2-3-1で通しているが、この布陣が他のどこよりも整っている。4-2-3-1の「3」の右を務めるウスマン・デンベレと左のキリアン・エムバペが常にタッチライン際に張って構えているので、ピッチを広く使った効率的なサッカーができている。メンバーを落として戦ったグループリーグ3戦目のチュニジア戦こそ敗れたが、それ以外はどの試合も危なげなく勝利を飾っている。準決勝のイングランド戦は相手のPK失敗というラッキーがあったが、それでもなおフランスに余裕を感じたことは確かだ。たとえもう一度戦っても、フランスはイングランドに負けそうな気はしなかった。

 一方のアルゼンチンは初戦でサウジアラビアにまさかの敗戦を喫するなど、フランスに比べて危ない勝ち上がり方をしてきた。負ければ敗退が決まっていたグループリーグのメキシコ戦とポーランド戦にしても、相手の弱気に助けられた試合と言ってもよかった。運が悪ければアルゼンチンはグループリーグ落ちしていたかもしれない、そう言いたくなる内容だった。決勝トーナメント1回戦のオーストラリア戦も、こう言っては何だが、対戦相手に恵まれたという印象だ。そして準々決勝のオランダ戦は一時2-0でリードするも、その後に追いつかれ、延長までもつれ込む大接戦だった。なんとかPK勝ちしたものの、内容そのものは決してよくなかった。準決勝のクロアチア戦は3-0で快勝したというイメージだが、この試合でも運はアルゼンチン側にあった。アルゼンチンが先制するまで、サッカーの質で上回っていたのはクロアチアの方。もしクロアチアが万全の状態であれば、あるいは、相手がブラジルであれば、アルゼンチンは負けていた可能性の方が高い。今回のアルゼンチンの勝ち上がりには、フランス以上のラッキーを感じずにはいられないのだ。

 そしてメッシだ。ここまでは比較的活躍しているというイメージだが、決勝戦でもメッシが弾けるような活躍をしそうかと言えば、正直微妙だ。なんと言っても相手は今大会一番の強敵だ。ここまでの両チームの戦いぶりを見る限りでは、フランスの方がおそらくボールを支配する時間が長くなると思われる。アルゼンチンは耐えながらカウンターを狙うという展開になると見るが、そこでメッシにやすやすと活躍を許すほどフランスは甘くないだろう。クロアチア戦で大活躍した22歳フリアン・アルバレスにしても、まだ何かしら特別な力をもった選手というわけではない。攻撃で期待できる選手が2人しかいない状態では、それこそ出たとこ勝負のプレーになりやすい。アルゼンチンが流れの中から良い形で得点を決めそうな光景が、僕には想像しにくいのだ。

 このアルゼンチン対フランスの決勝戦を、メッシ対エムバペの、パリ・サンジェルマンに所属する両者の対決だという人が多いが、フランスは決してエムバペのワンマンチームというわけでは全くない。彼以外にも怖い選手はいる。エムバペの反対サイドに張る右ウイングのデンベレも、ドリブルのキレ味抜群の強力アタッカーだ。また、ワントップを張るオリヴィエ・ジルーの高さを生かした攻撃もフランスの大きな武器のひとつ。そしてエムバペの影に隠れがちだが、個人的に最も怖い選手は、この3人を操るワントップ下、アントワーヌ・グリーズマンになる。今大会ここまでまだノーゴールとはいえ、そのチームへの貢献度は随一だ。フランスにとってはエムバペ以上にいなくなられては困る選手だとは、こちらの見立てになる。パスよし、ドリブルよし、シュートよし。そして守備力の低いエムバペにかわり、グリーズマンは相手ボールもよく追いかける。周りの穴を埋めようとする、そのポジショニングもほぼ完璧だ。前回ロシア大会で優勝に大貢献したこの背番号7番が、決勝戦の舞台で重要な活躍をしそうな気がしてならないのだ。

 さらに加えて言えば、前線4人の下で構える守備的MF、アドリアン・ラビオとオーレリアン・チュアメニの2人も、高いパンチ力と得点力を備えている。ジュール・クンデ(右)、テオ・エルナンデス(左)の両サイドバック2人の攻め上がりも目立っている。両ウイングと両サイドバックが高い位置を取って相手を押し込むサッカーがあくまでもメインだが、エムバペとデンベレの突破を生かしたカウンター気味の攻撃もまた破壊力抜群だ。そうした側面から見ても、総合的にフランスが優位だと僕は見る。少なくともフランスがつまらない守備的サッカーをしそうなムードは全くない。見栄えの良い攻撃的なサッカーを決勝でも披露するはずだ。

 そこで気になることは何かと言えば、ずばりアルゼンチンの出方になる。アルゼンチンはここまで、大きく分けて2種類の布陣を使用してきた。中盤フラット型の4-4-2と、最終ラインが5バックになりやすい3-5-2(3-3-2-2)。ざっくり言えば、前者が攻撃的で、後者は守備的になる。リオネル・スカローニ監督はこの2つの布陣を試合ごとに、あるいは試合の状況に応じてそれぞれ使い分けている感じだ。例えば準決勝の対クロアチア戦では4-4-2でスタートしながら、2-0とリードしていた後半途中クロアチアが攻勢を強めたのを見るや、3人目のセンターバックを投入し、以降を守備的な3-5-2に変更して戦っている。勝つためには守りを固めてカウンター。そうした作戦を厭わない、俗に言う現実主義者的な顔を覗かせている。はたして決勝ではどちらの布陣を採用するのか。3-5-2でスタートすれば、アルゼンチンの劣勢は必至。フランスにサイドを制圧されることになる。また、たとえリードを奪って後半を迎えたとしても、途中で守りを固めようと守備的な布陣に変更しても、同様に危険大だ。クロアチア戦ではそれがうまくいったかもしれないが、フランス相手に同じ手は通用しない。意図的に強者に主導権を渡してしまえば、さらにより一方的に攻め込まれるだけだ。失点のリスクは普通に戦っているときよりむしろ高くなる。はたしてスカローニ監督はどのような選択をするのか。究極の状況に追い込まれた時の、その本当の姿が晒されることになるのか。その采配に注目したい。

 フランスのディディエ・デシャン監督はもしこの決勝戦で勝利すれば、W杯で2連覇を達成した監督としてその名を歴史に刻むことができる。クラブシーンではレアル・マドリードでチャンピオンズリーグ(CL)3連覇を達成したジネディーヌ・ジダンや、昨シーズン同じくレアル・マドリードを率いてCL自身通算4度目の優勝を果たしたカルロ・アンチェロッティなどが偉業を達成した監督として思い浮かぶが、代表監督ではこうした存在は思いの外多くない。最近ではスペイン代表で2010年南アフリカW杯とEURO2012を制覇したビセンテ・デルボスケくらいだろう。デシャンがデルボスケと違うのは、W杯とEUROではなく、W杯の2連覇に王手をかけていること。さらに加えて言えば、デシャンは選手としても主将としてW杯とEUROで優勝している。選手としても、監督としても、まさに文句なしの超一流というわけだ。しかもまだ54歳。監督としての年齢はいわゆる中堅というわけで、今後もまだまだその活躍は望めそうなムードがある。世の中の多くはアルゼンチンのメッシが優勝できるのかどうかが気になっているかもしれないが、フランスの大会2連覇なるかも、歴史に名を刻む大偉業なのだ。どちらが勝利するにせよ、この決勝戦は大きな見どころが満載であることに変わりはない。

 アルゼンチンのサッカーは守備的だったり、相手ボール時にメッシが役に立たないというようないくつかの問題が垣間見えるが、フランスはサッカーそのものにそうした問題は一切抱えていない。それでもあえて不安な要素を挙げるとすれば、アルゼンチンが決勝戦まで中4日なのに対し、フランスは中3日と、休みが1日少ないこと。そしてもう一つが、主力に怪我人や体調不良者が何人か出ていることだ。フランスはここまで比較的順調にきていることもあり、スタメンをほぼ固定して戦ってきている。特に前線の顔ぶれに関しては、チュニジア戦を除けば全て同じ4人(ジルー、エムバペ、グリーズマン、デンベレ)だ。準決勝では途中投入されたマルクス・テュラムとサンダル・コロ・ムアニが活躍したとはいえ、スタメンとの間にはそれなりに差があることは確かだ。またデシャン監督は、準決勝のモロッコ戦では3人、準々決勝のイングランド戦では1人しか選手を交代させることができなかった。控え選手の信頼度が低いのかどうかはわからないが、接戦になればなるほど、こうした監督の選手交代術は大きなウェイトを占めることになる。エムバペやグリーズマンなど、前線の選手の名前が大きすぎて交代させにくいことは確かだが、これでは試合の流れを変えにくいことも事実だ。ここまで劣勢になった試合が少なかっただけに、決勝戦でそうした状況になった時にはたしてデシャンはどう動くのか。準々決勝と準決勝での貧弱な選手交代による悪影響が、決勝戦で表面化する可能性はそれなりにありそうな気がする。メッシ以外ほぼ全員をうまく使い回しているアルゼンチンと比べると、フランスはスタメンとサブの差が大きい層の薄いチームに見える。そこがフランスにとっては唯一の弱点であるように、こちらの目には映るのだ。

 普通に考えればフランスが有利。両国のサッカーに目を向ければ、アルゼンチンが苦戦しそうなことはうっすら見えている。つまりこの試合をハイレベルで競ったものに昇華させるには、アルゼンチンの頑張りが必要不可欠なのだ。アルゼンチンは試合開始から引かずに高い位置でフランスとやり合わない限り、その優勝はないと僕は見る。スタメンの力ではフランスの方が上だが、ベンチを含めたチーム全体で考えれば、その差はほんの僅かだ。選手交代枠を最大限活かした全員サッカーで対抗すれば、アルゼンチンも十分互角に戦うことはできる。メッシの優勝と、フランスの2連覇。どちらも見てみたいが、究極の選択をすれば、サッカー界の未来を考えると、同じチームが8年間も世界王者に君臨する姿は、サッカーの進歩や成長を考えればやはりあまりよろしくない。少なくともフランスがあっさりと2連覇を達成してしまう試合だけはできれば見たくはないと筆者は考える。そのためには、繰り返すが、アルゼンチンが可能な限り高い位置で前から行くしかない。決勝戦は、アルゼンチンがフランスをどれほど苦しめることができるかにかかっている。

 ここまでは格下相手に厚かましいサッカーを続けてきたアルゼンチンだが、この決勝戦に限ってはその立ち位置は変わる。立場的に上なのは、サッカーの質でも上回る前回王者のフランスの方だ。アルゼンチンは受けて立っては危ない。フランスの選手層の薄さを引き出すような展開に持ち込めば、チャンスはやってくると見る。メッシのワンマンチームではない姿をアルゼンチンには披露してほしいものである。


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