コメント力の高い松本さんの言葉を耳にすると、審査員に必要な資質が見えてくる

 キングオブコント2022決勝。これまでの大会のなかで最もハイレベルだったとは筆者の感想になるが、ではその成功の要因はいったいどこにあったのか。ファイナリストのネタが面白かったことはもちろんだが、あまり取り上げられていない話をすれば、審査員が優れていたこと。審査員がよかったから、大会もよかった。今大会に対して一番に抱く感想は、僕的にはこれになる。ある側面によっては、ファイナリストよりもその存在はこちらには大きく見えた。

 100点満点で行う採点もさることながら、それ以上に筆者が注目しているのは、そこでどのような言葉を吐くか、だ。そのコメント力は、審査員に向いているか否かを推し量るバロメーターの一つだと考える。的確さ、オリジナリティ、納得感の高さなど、審査員のコメントを耳にすれば、そのお笑い脳の確かさ、賢さをそこに覗き見ることができる。

 先月行われたキングオブコントにおける審査員のコメントの中にも、凄い!と思わず、こちらを感嘆させるものがあった。

 最も印象的だった言葉は、ファーストステージ4組目のいぬに対して述べた松本人志さんの台詞だ。審査の結果、いぬの順位は3位に僅か1点及ばない暫定4位となり、その時点での敗退が決定。決勝戦における最初の脱落グループとなったわけだ。そうしたやや悲観的なムードが漂うなか、審査員で最初にコメントを求められた松本さんは、こう答えた。

 「僕は好きだったんですけどねえ。なんだろうかこの感じ、この世界観ね。フランス大会なら優勝だったかもーー」

 このコメントは当たり前だが、ネタを披露した本人たちの前で発している。気になるのは、上記のコメントを直に聞いたその時、いぬの2人はどう思ったか、だ。繰り返すが、これは彼らの脱落が決定した直後のこと。いわば“どん底”に落ちた瞬間と言ってもいい。だがそれでも、気持ちが多少楽になったというか、ある程度救われた気分になったのではないか。僕はそう思う。少なくとも松本さんを恨みたくなるような気持ちにはならなかったはずた。むしろ今後の発奮材料になった可能性もある。そしてその一方で、同時にファンや視聴者を納得させることもできる。まさに高レベルでバランスが取れたコメントだと言えるだろう。

 松本さんがいぬに付けた95点は、その時点においては、松本さんの中での最高の点数だった。「4組目まででは、いぬが一番面白かった」。松本さんはそう高く評価したが、他の審査員の評価は高くなかった。審査員によって、その見解は大きく異なっていたわけだ。

 感想は人によって違う。自らの意見を他人に押し付けることは、この世界では決してあまりよい行いとは言えない。だがそこで発した「フランス大会なら優勝」という言い回しには、巧い!!と、こちらは思わず膝を叩きたくなった。

 納得度の高い、こうしたオリジナリティ溢れる言い回しを耳にすると、それこそ審査員への好感度は急上昇する。結果がよかったグループより、よくないグループへの審査の方が、そのコメント力は如実に表れる。そんな気がする。そこでいかに納得感のある巧いコメントを発することができるか。

 先ほど述べたいぬに対して、松本さんの次に話を振られた飯塚悟志(東京03)は「やっぱりキスは禁じ手だと思うんですよね」と、その点数(89点)の理由について答えている。繰り返すが、人によってネタの感想は違う。キスが禁じ手だと思う人もいれば、そうは思わない人もいる。だが、いぬが今回決勝に進出したということは、同じネタを披露した準決勝まではその評価は高かったということになる。少なくとも準決勝を審査した審査員は、禁じ手を使ったという判断はしていない。もちろん本人たちも同様、決勝で審査をされるまで、そうした認識は特段なかったはずだ。それが一転、「キスは禁じ手だ」とネタの根幹の部分を否定されてしまっては、正直どうしようもならなくなる。飯塚のコメントは、このネタで勝ち上がってきたいぬにとっては、おそらくショッキングなものに聞こえたのではないか。

 人によって好みがあることはある程度仕方ない。だが飯塚のコメントは、少なくとも松本さんほどバランスの良いコメントとは言えなかった。

 自らが低評価を与えたときに、いかに相手を傷つけないようなコメントを吐くか。その辺りに気を配ることができるかどうか。キングオブコントの審査員としてはまだ2回目の飯塚と、M-1も含め長年審査員を務める松本さん。その審査員としての差を、いぬへのコメントを通して見た気がする。そんな松本さんのコメントで印象に残るものはたくさんあるが、その点数が高くなかった際のコメントで思い出すのは、3年前のM-1グランプリ2019だ。トップバッターで登場したニューヨークにつけた点数は82点。最近の賞レースでは滅多に見ない低い点数を付けているが、その理由について問われると、松本さんはこう答えた。

 「これは僕の好みなんでしょうけど、最近ツッコミの人って結構笑いながら楽しんでる感じが、僕はそんなに好きじゃないんですよ」
 「僕は好み的にもっとこう、ツッコミが怒ってるのが好きなんですよ。なんかちょっとにこやかすぎて、緊張感をもう少しそこで出して欲しかったですね」

 緊張感のない、笑いながらのツッコミが好みではない。ひと言でいえばそうなるが、これは決してニューヨークのネタを根本から否定するようなコメントでは全くない。もし同じネタでも、緊張感のあるツッコミが出来ていればもっとよかった。松本さんはそう言いたかったわけだ。そんな松本さんのコメント対して悪態をついたニューヨーク屋敷裕政の姿が印象的だが、それ以降、彼のツッコミが大きく変わったことは明らかだ。いわゆる怒り気味のツッコミに変えたことで、賞レースにおける成績は急上昇。松本さんも、現在ではそんなニューヨークに対して高い評価を与えていることがなんとなく伝わってくる。例のコメントが、現在に繋がるニューヨーク飛躍の大きなきっかけとなった。そうした見方もできる。

 現時点では3回戦までが終了しているM-1グランプリ2022。無料公開されているネタ動画をいくつか見る限り、今回もかなりの激戦が予想される。娯楽性の高いハイレベルな大会になりそうなムードが早くも漂うが、いまこちらが一番気になるのは、今回の審査員の顔ぶれだ。前回まで4年連続で同じ顔ぶれの7人で通しているM-1審査員だが、果たしてその入れ替わりが行われるのか否か。上沼恵美子さんやオール巨人さんなど、ここ数年、審査員の引退を仄めかしていた人たちもいる。この大御所の方たちが去り、そこに新しく若い人が加われば、大会の空気はそれこそ大幅に変わるだろう。そこで新審査員に求めたいのは、松本さんのような納得度のある整合性の高いコメントに他ならない。審査員の的確かつオリジナリティ溢れるその言葉が、大会をより高いレベルに押し上げる。その確信が、少なくとも僕にはある。

 M-1で新しく審査員に加わるのは誰か、個人的にはファイナリスト以上に気になる。松本さんが外れることはないと思うが、新審査員にも彼のような高い言語能力を持つ人物を期待したい。キングオブコントでの高いコメント力を耳にすると、そう思わずにはいられないのだ。

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