見出し画像

短編小説夕焼けコンサートⅣ


深く眠ったからか、体が少し軽く感じた。
身支度を整えとりあえず洗濯機をまわす。
郵便抜けから新聞を取り出す。
内閣不信任案を与党が否決したという記事が一番に載っていた。
日経平均株価がバブル以来の好調期だという記事もあった。

夫が家を出たというのに
いつもと同じことしかできない自分がいた。
一面からパラパラとページを捲り、
新聞小説を読み、作家のエッセーを読み、
最後に映画情報に目を通した。

あの人が当分帰らないのなら、
とりあえず十日間新聞を休もうと、取次店に電話した。
海外旅行をするので明日から十日間入れないで下さいと、
口から出た嘘を自分で聞きながら、
本当に海外旅行にでも行こうかと思った。
海外は姪の結婚式でグアムに行ったことがあるだけだ。

できるなら好きな映画の舞台を歩いてみたいという夢はあった。
イタリアのローマ、ミラノ、アマルフィー。
一瞬心が揺れたが、直ぐに現実に戻った。

裕太の学費のための預金や、個人年金の他に、
結婚してから生活費を切り詰めて
作ったへそくりが五百万円余りあった。
新しい服や贅沢な食材は極力買わず、
毎月一万円を目標に貯めたものを、
社債や国債に投資してここまでにした。た
まには思い切りお金を使えば、
すっきりした気分になれるかもしれない。
が、その後ひどく落ち込む自分の姿が見えてしまう。

それにもし、本当に別れることになれば、
このへそくりはなくてはならないものだ。
こんな具合に、先のことばかり考えて、
したいことも出来なかった自分の性格が歯がゆい。

洗濯物を干しただけで、
掃除機もかけていないのに、
あれこれ思いを巡らすうちに正午を過ぎていた。
冷蔵庫に残っていたミニトマトとレタスを
コンソメ味のスープにし、
プレーンオムレツを焼き、
ロールパンで食事を済ませた。
朝はムカムカして食べられなかったのだが、
ドリンクが効いたのか
こんな状態の時でも美味しいと思った。

切っていたスマホの電源を入れ、
新しいラインかメールはないか確かめた。
明け方から今まで新しいものはなかったので、
朝のラインに返事を書いた。

「了解です。
 今年はお盆も帰らなかったので
 愛媛の実家に帰り、母の顔を見てきます。
 父の命日までいようと思います。
 真美さんお具合はどうですか?8923
 気になっています。
 わたしには聞く権利があると思います」

続いて母に、雅夫さんの出張の間、
家に帰るからと電話を入れた。
父の命日までいると言うと、母の声が少し弾んだように聞こえた。

 洗濯物がもう乾いていたので取り入れて、
里帰りの準備をした。
たまに帰るのだから、母に何か珍しいものをと考え、
芦屋のドーナツを思い出した。
行列ができるほどの人気で、自分も一度食べてみたかったものだ。
外に出ると処暑だというのに酷い暑さだった。
自転車はやめてタクシーを使い三ノ宮駅まで行った。
マンションは海まで続く坂¥道の中ほどに立っている。
自転車だと行は良いが、帰りがきつかった。
このマンションからも海は見えたが、
建物や大きな港ばかりで双海の海は想像できない。
故郷の海に沈むあの夕日が見たいと、
これほど強く思ったことは今までになかった。
どちらかといえば、
故郷にはあまり戻りたくないと思っていたからだ。

夜遅く夫から返事が来た。
「そうか。実家に帰るのか。
僕が言うのもおかしいが、ゆっくりしてくるといいよ。
双海の義母さんには合わせる顔がないな。
子供はなんとか助かったよ。
彼女の体も落ち着いた。
かあさんには感謝しているよ。
僕は週末には家に戻る予定です
帰ったらまた話し合おう」
夫の言葉はいちいちわたしを苛立させた。


わたしは、あなたのかあさんじゃないのよ!
と怒鳴りたかった。

#短編小説  
#アラフォー女の選択
#不倫
#離婚
#実家
 

この度はサポートいただきありがとうございました これからも頑張りますのでよろしくお願いします