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短編連載小説 長い夜9

ふたりの、いや実際は護の理科研究は、県の優秀作品に選ばれた。
そして10月の終わりころ、バスと汽車と路面電車を乗り継いで
松山の文化会館で開かれた表彰式に教頭先生と一緒に行った。

随分と朝早く出かけ、難しい話をいっぱい聞いた。
ずらりと並んでいる小学生が、みな自分とは違う世界の人間に見え
それまでで、一番卑屈な思いをした。
護はといえば、堂々として目を輝かせていた。

だが、昼ご飯は美味かった。
大きな百貨店の中にある洋風レストランでカツライスを食べた。
その後でソフトクリームも食べた。
見晴らしのいいレストランだった。
村とは違い、大きな城も見える。遊園地の観覧車も見えた。
護のおかげで、本物の旅行をした気分になった。

中学校卒業と同時に、地元では有名な作業所に就職した。
そこで汗と油にまみれながら、
顔の前に大きな透明のカバーを付けて
鉄と鉄を繋ぐ仕事を来る日も来る日も続けた。
2年後には嫌気がさして辞めていた
それでも晃が高校を卒業するまでは踏ん張ったつもりだ。

その後20を過ぎるまで3年間
遊んだり、働いたりしながら
自分の生きる道を探していた。
探すといえば聞こえがいいが、どうせ中卒だからと
世のなかに拗ねていただけだ。

21歳になる前に、たまたま拾ってくれた会社に潜り込んだ。
事業拡張のために若い労働者が必要だったようだ。
翌年茜が経理事務員として入社し、
それからは仕事を変わらず、何とかやってこられた。
今思えば、ふらふらしていた時の経験も無駄ではなかったと思う。

いずれにせよ
家族を守るということは
地道な工程を嫌でも毎日毎日繰り返し
賃金が支払われ、それよって家族が生活するという
当たり前の仕組みに気づくことができたのだから。

護は普通高校に進み、
奨学資金を借りて地元大学の教育学部に進学した。
思った通り、高校の地学の教師になった。
今は、新しくできた総合博物館に勤務しているそうだ。
次の移動では校長だろうともっぱらの噂だ。

しかし、今もこんな自分を見限ることもなく、
今でも年に何度か墓参りのために村に帰ると、
祖父母に線香をあげてくれる。

各学年ひとクラス。僕らの学年は28名だった。
本当に小さな村だったので、残っているものが声を掛けると
わざざわ遠くから来てくれる人もいる。
高校や大学に進学していない聡にとって
村の同級生は、人生の宝物だ。

今年も盆には、護の元気な顔が見られるはずだ。

           長い夜1最終章に続く

今回もも出し絵はみもざさんイラストを
使わせていただきました
ありがとうございました。

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