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短編小説夕焼けコンサート最終章


第一土曜日九月二日だった。
快晴とは言えないが、まずまずの天候だ。
台風が関東方面に近づいているので、
大気が不安定で
午後ににわか雨が降るかもしれないという予報だった。
自分がこどもの頃より九月は暑く、
今日も真夏日になるだろう。
夏休みが終わっても浜辺に子供連れの親子がいた。

プラットホームでのコンサートは午後5時開演で、
日没の6時30分前後に合わせて七時まで行われる。
終了時刻に合わせて、
夕焼けトロッコ列車も大洲か方面からやってくる。
昨日から幕が張られ、座席が作られる。
作業をしている青年団や役所の人の中に、知った顔が何人かいた。
絶対来いよと声を掛けられた。

午後から会場に音響が設備が入り、
時折テスト音が聞こえてきた。
なんとはなく落ち着かず、何度かわたしも覗きに行き、
まるで子供のようだと母にからかわれた。

3時過ぎから人が駅周辺をうろつき始めた。
その時間は普段誰もいない駅だが
きょうばかりは、普段と違う。
若い人が多いのに驚いた。
開演時間前には
ホームに入りきれない人で駅舎の周りは埋め尽くされた。

都会と田舎の違いは、総人口に占める若者の割合だ。
ここに帰ると、会う人はほとんどが高齢者なのだ。
それが今日は逆転しているようだ。

太陽が海に傾き始めたころコンサートは始まった。
アマチュアもプロのバンドも汗を流しながらの熱唱だ。
夕日を背中に気持ちよさそうに声を張る。
沈みゆく太陽をすべて見ることは出来なかったが、
雲がオレンジ色に染まり、
その隙間から時々燃える姿をあらわした。
胸が熱くなり涙が流れた。
知り尽くしている風景が、全く違うものに見えた。

この風景で泣いたのはこれで二度目だ。
どちらも大切な人との別れが近いことを知った時だ。
日が沈み、雲が群青色に変わるころ、
会場全体で歌を歌いフィナーレを迎えた
。トロッコ列車がゆっくりとホームに到着し、
ほとんどの若者を載せて県都に向かい走り去った。

その夜は、興奮してなかなか寝付けなかった。
「おかあさん、もう寝た?」
「いいえ、起きとるよ。年取るとなかなか寝付かれんのよ」
少しためらったあと、
「あのね、
正雄さんと別れて、ここに帰ろうかと思うんじゃけど、かまん?」
しばらく黙っていた母が、静かに言った。
「いかん言うたって、他にいくところもなかろがね」
「なあんも驚かんのやね」
「そんなことじゃなかろうかと、予感がしたんよ。
娘の様子がおかしいのに、
気が付かんようやったら、母親失格じゃがね」

母の言葉は、いつも力強い。
「ごめんね」
そう言葉にすると、
体を丸めて嗚咽した。
母は子供の時のように背中を撫でてくれた。
「そうじゃ。帰るんじゃったら、なるべく早い方がええよ。
直に細ねぎの植え付けがはじまるけんね」
そういえば、育苗ケースで九条ネギの苗が育っていた。父が亡くなってから米作りは諦めたが、
野菜の方はまだなにもかも続けているようだ。
自分なりに頑張ったつもりだったが、母には全く叶わない。
「そんな勝手なこと言うて、
わたしはま40ちょいなんなけん
かあさんの手伝いばかりはできんよ。何か仕事を探さんと」
「そうしたらええがね。
人手不足で困っとる施設いっぱいあるらしいよ」
介護施設のことだと思った。
仕事は見つかるかもしれないと安心した。
「それにね、ええ人がおったら再婚するかもしれんしね」
「そりゃあ、わたしじゃって、おったらしたいわね」
そこまで言って、二人は笑った。
いつの間にか眠っていた。
 次の日、いつものように早く青空市場への出荷を済ませ、
父の墓参りをし、午後一番の電車に乗る。
1時間に一本しか電車は来ない。
母がおにぎりを持って駅まで見送りに来てくれた。

プラットホームから浜辺を無ると、
昨夜の賑わいは嘘のようで、
犬を連れた老人がひとり散歩しているだけだった。                   
                               了

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