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コンプレッサー

 コンプレッサーという機材がある。

ここでいうコンプレッサーは、音楽制作における機材としてのそれ。

"圧縮機" という大元の意味から、音楽的には音量を圧縮し整えるといった意味で使われる。バラバラな音量差で聴こえる各トラックの音を、潰して揃えて整える。そうすることで、全体的にすべての音がクリアに聴こえやすくなる…といった仕組みだ。

潰した音量を最終的にゲインでぐっと押し上げるので、最終的な効果だけを拾い「ガッツリ音圧を上げる」という意味合いで使われることも多いのだが、実際は圧縮がメイン。

各トラックの天井を一定にすることで、何か飛び抜けた音一つがクリップしてしまい全体の音量増幅の邪魔にならないよう、まさに "整える" といった感じで使うのだ。リミッターなども然り。

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 話は変わるが、局所的に飛び抜けて思いを強く持った場合、そちらに対して気持ちが傾く状態が続く。それのせいで、妙な焦燥感や「世界のすべてがそれ」のような感情を抱き、他が手につきにくくなるときがある。

最近は、こうした思いを抱いた際、頭の中にコンプレッサーを敷く。

人間は、理屈で考えるよりも映像を頭に浮かべる方が案外効果を効果として実感することが多く、僕の場合、一歩引いてコンプレッサーをかけるようなイメージで心を見つめ直すと、尖っていた気持ちに天井を設けることにより、自分でも気づかない埋もれていた気持ちがフラットに浮き上がるので、改めて落ち着きを取り戻し、全体最適を見直しやすくなったりする。

尖った気持ちを抱いたおかげで、かえって整えるといったアクションの機会を持ち、結果として小さい思いに気づくといった手順。

これも一種の瞑想のようなものなのか。頭の中で繰り広げられる様々な逡巡のカケラたちを、ある程度グラフィカルに平均化することによって、考えていることへの偏りに気づくことが多く、わりと重宝している。

とはいえ、時にはオーケストラのように "あえてのダイナミクス" が大きな推進の一助となる場合も多々あるので、心の中にコンプをかける時、かけない時のジャッジメントも重要だったりするが。

今日はこんなところで。

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