セルボ表紙2

【書評】フィンランドの哲学者とジャーナリストが若者に贈る「人生のABC」(セルボ貴子)

タイトル:  “Elämän A ja Ö”
タイトル:  君たちの人生のABC
著者名:   (原語)Arto Kotoro & Jenni Pääskysaari
著者名:   (仮)アルト・コトロ & イェンニ・パースキュサーリ
言語:    フィンランド語
発表年:   2017
ページ数:  120
出版社:   Otava

 本書は、哲学者とジャーナリストの二人が若者向けに「人生のABC」をアルファベット一文字ごとに書いたものである。それぞれの文字でテーマを設け、見開き2ページ程度でその文字が考えさせる事を書いたもの。大人が上から目線で若者に言い聞かせる感じがしないところが良い。

 哲学者アルト・コトロは L(Lukeminen:読書)の項で本を読むことが大切である理由を10の項目としてまとめている。

1. 知性を磨くことができる。ノンフィクションはもちろん、フィクションも情報にあふれている。歴史小説がいい例だ。

2. 視野を広げてくれる。今なら例えばユヴァル・ノア・ハラリの『サピエンス全史』だろう。

3. インターネットは本の代わりにはならない。研究者も脳の働きは(1)素早いもの(計算などすぐ答えがでるもの)と(2)ゆっくりしたもの(熟考を必要とするもの、なんらかの物事についての考えを確立することなど)に分かれると言っている。今の世の中は(1)ばかりだが、なぜ気候変動が起こるか、これは脳の(2)の働きが必要だ。

4. 読めば読むほど、書く力も付く。目が美しい文章に慣れ、自分で言葉が紡げるようになる。

5. 想像力をはぐくむこと、他者を思いやる事 …と続く。

(6~8は省略)

9. 特に女子にもてたい男子へ、女子の方が本を読む。会話が続くぞ。

10. 読書は楽しい。これに尽きる。

 別のページで、コトロの書く F(Filosofia)の項目では、哲学は古代ギリシャやローマの石膏像の偉人の言葉を暗記して歴史を覚えることではなく、人生とは何か、哲学とは何か、を自らに問い続けるもので、大人だからといって、すべての疑問に答えを持っている訳ではないことを正直に書いている。また哲学は批判的な視点を持つこと、なぜ自分はそう考えるのかと疑問を持ち続けること。そして簡単に見つかる回答はないことも。また、回答が用意されているような問題はつまらない、と断言している所は小気味よい。

 ジャーナリストのイェンニ・パースキュサーリの書いた内容は気軽に笑える内容も多い。たとえば Z(Zumba:ズンバ)の項は、南米の音楽を使うダンス系エクササイズでの体験から始まっている。自分が一番前の列なのに曲の間中リズムについていけず、格好悪かったこと。続いて、人気番組の生放送司会中、突然3秒間頭が空白になり、カメラをぼーっと見つめてしまって相棒に助けられた体験も記している。これらは誰もが経験する、できれば忘れてしまいたい瞬間だろう。しかし、失敗は小さな努力の積み重ねによって「自分で」乗り越えるしかないことを書いている。

 また、母としての思いを綴った Ä(Äidiltasi:あなたの母より)の項目も秀逸だ。娘への語り掛けの形式をとっており、娘が今の自分と同じ40代になったときを想像している。クリエイティブな現場にいるが、2017年、新たな職業、食物、乗り物が生まれ続け、2040年を想像することは難しい。しかし彼女は強く願う。

「偽ることなく、自分らしくあれ。自分を性別が何であれ、受容できているように。社会でアクティブな人間であれ。人の批判ではなく、自ら行動を起こせる存在であれ。世の半分を占める女性が、ペニスがぶら下がっていなくても、大統領や大企業の社長や、コメディアンや、シェフや、専門家になれるように。2040年には男性も素直に泣くことができ、一人でも社会から脱落する男子が減るように。誰もあなたの許可なく体に触れず、あなたも尊厳というものを理解しているように。そして私とあなたはまだ仲良しだといいと思う」

 長い引用だが、娘と若い世代への思いと憂いにあふれている。

 本書は A から Z という風に、アルファベット順に並んでいる訳ではなく、著者たちがそれぞれ書きやすい文字から早い者勝ちで選んでいったようだが、読みにくさはない。結果 Å、Q や X といった文字が残ったが、最後にはなんとかすべての文字を使い切りまとめられたようだ。

 今回は多様性についての本を探して脱線した所で若者向けの本書にいきついた。多様性を考える前に、若者が自己を客観的にそして主観的にも見つめ受容できることが大切だろう。人間は子どもであろうと、他人からの押しつけがましさはすぐに感じ取るものだと思う。大人のいかにもなお説教はうっとうしいけれど、本書にはその嘘っぽさ、飾ったところがまったくない。若い読者だけでなく、大人にも勧めたい一冊である。更に本を読みたくなること、請け合いだろう。
Takako Servo

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次回6月5日は、羽根由さんがスウェーデンの本を紹介します。どうぞお楽しみに!


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