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【短編小説】妄想女子飯 第二話 「駒澤大学 〜タイカリー ピキヌー〜」

ジメジメした日本の夏。夏至をすぎ、ようやく関東も梅雨入りしたようだ。

例年よりも1週間ほど遅かったが、それまでにも雨が続く日々が続いており、梅雨入りの定義とはなんぞやと良純に文句を垂れたくなる。

そんな中、今日は珍しく雲からお日様がのぞいた絶好のお散歩日和。
私、五十嵐美智は、待ってましたと言わんばかりに近所の駒澤オリンピック公園に足を伸ばした。

田舎育ちの私にとっては、緑が茂った大きな公園は心のオアシス。
ランナーの練習場所や、ワンコたちの社交場にもなっているこの場所は、訪れる人々にそれぞれの憩いのひとときを提供している。

私が今日ここに訪れた理由、それは締め切り間近の原稿の構成を考えるためである。
このところ、気圧のせいで頭は痛いし身体は重い。言い訳になってしまうが、まるで仕事に集中ができなかったのだ。だからこそ、自然を感じてリフレッシュしつつ、思考の整理をしようと思い立った。

今回の企画は『真夏に食べたい!カレー特集』。
最近、キャンプでスパイスカレーを作るのが趣味だという先輩の企画だ。

夏の暑い時期は食欲不信に陥りがち。スパイスが胃腸の働きを促すのでもりもり食べられるようになるし、辛いスパイスは発汗を促して体温を下げてくれる。
夏にカレーは、理にかなっているのだ。

そういえば、「カレーは飲み物」とは誰の言葉だろうか。

ラーメン屋をはしごする人がいるから、カレー屋はしご旅のページをつくるか。

いやしかし、一口にカレーといっても幅広い。
日本の家庭のカレーをはじめ、欧風カレーにスパイスカレー、タイカレー。

カレーの歴史や違いを比較するのも面白いかもしれない。

園内を歩きながらそんなことを考えていたら、お腹が空いてきた。

ふと腕元を見ると、12に針が重なっている。
腹が減っては戦はできぬというし、ここいらで腹ごしらえでもしようかしら。

いまの胃袋の気分は、やっぱりカレー。

そういえば、先輩がこの付近にあるタイカレー屋の話をしていたっけ。空腹というスパイスをより引き立てるためにも、このまま歩いてお店へ向かおう。

角を曲がって住宅街に入ると見えてくる、寂れた飲み屋街。寂れた入り口に、はたと足が止まる。

「あれ、ここで合っているのかな?」

GoogleMapで場所をもう一度確認していると、ひと組の夫婦がその建物へ消えていった。

「人が入っていったということは、多分ここだよね」

少しだけ安堵し、勇気をこめて足を踏み入れる。薄暗く不安を掻き立てる廊下を辿っていくとようやく、ちゃんとしたお店の看板が目に入った。

「いらっしゃいませ〜。お一人さま?」

お店に入ると、どことなく実家を想起させる家具の配置。親戚のおばさんのような雰囲気を纏うこの方が、ここの店主の奥さんなのだろう。
案内された席につき、メニューを覗く。

グリーンカリー、チキンカリー、カントリーカリー、パネンカレー……

どれも美味しそうで選べない。辛すぎるのは苦手なので、比較的まろやかそうなグリーンカレーをチョイスすることにした。

「お待たせしました」と目の前に置かれるカレーと小鉢。
小鉢には茶色い液体が入っている。

「これはナンプラーよ。ご飯にかけて、味を調整してね。」と奥様。
本場のタイでは、ナンプラーを使って各々で塩味の調整をするらしい。

ナンプラーには青唐辛子が浮かんでおり、辛みもプラスされている。
グリーンカレーに負けず劣らずな香りを放つナンプラー。

この組み合わせを目の前に出されて、タイの風景が思い浮かばない人はいないだろう。

「美智さん、タイカレーの特徴って知ってる?」
ふと声のする方を見ると、黒いふわふわの猫っ毛にパーマがかったような髪をした男の子。
小綺麗だが、どことなくバックパッカーのようなワイルドさや、自由奔放な雰囲気もまとっている。

「えーっと、なんだろ。インドのカレーとは違って、スパイシーというよりかはマイルドな印象かな。ココナッツミルクを使っているよね?」

学生時代にタイへ旅行した時の記憶を辿るが、カレーを作っている風景は見てこなかったことに気づいた。
ココナッツはよく市場でも見かけたけれど。

「そうそう。タイカレーもスパイスを用いるんだけど、大きな違いはフレッシュハーブを使ったカレーペーストをつかうことかな。そのペーストをココナッツミルクで伸ばして、ナンプラーで味を調えるんだ」
ふふん、とでも言いたそうな得意げな顔だ。

しかし、記事には使える。グッジョブ淳くん。
またしても勝手に名前をつけてしまったけれど、360度カメラを片手に世界中をバックパッカーしてそうな彼は、細身の筋肉質。年は26くらいだろうか。

一緒にアジア旅行をしたら、私の知らない世界を教えてくれそうだ。

「ほら、冷めちゃうから食べて」

おっと危ない。私としたことが、妄想にかまけて大事な食事を忘れるところだった。

早速、ひとくち掬ってみる。
綺麗なグリーンに染まったルーから香る、レモングラスとココナッツミルク。そして、あとがけしたナンプラーの芳香。

鼻腔をこれでもかと刺激され、あれよあれよとスプーンが進んだ。
辛いけど美味しい。否、辛いから美味しい。

暑い時期、ふうふう言いながら汗をかいて食べるカレーはなんて乙なのだろう。

「タイカレーも美味しいけど、スリランカやカンボジアのカレーも個性があって、とても美味しいんだよ。今度、美智さんと一緒にいろんな国のカレーを食べ比べしたいな」
カレー特集のことをずっと考えていたからか、ふと淳くんがそんな言葉をかけてくれた。

国ごとにさまざまな特徴があるカレー。
いろんな国を周ってきたであろう淳とのカレーをめぐる旅は、さぞかし楽しいに違いない。

しかも、女子一人旅ではなく、こんなイケメンが隣でアテンドしてくれるのだ。
楽しさしかない。

「これは企画に使えるぞ……!」と意気込み、残りのカレーを流し込む。

「ふふふ。そんなに急がなくても、カレーは逃げないよ」
静かに笑いつつ、優しく嗜めてくる彼。

「あったかいうちに食べちゃいたいからいいの!」
横目にうっすらとしだした淳くんを捉えつつ、残りの一口を食べ終えた。

季節の風物詩として、カレーはスイカと並んでもいいんじゃないかと思いながら、私はひとり、店を後にしたのだった。


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