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”やるべきこと”を絞る難しさ

危機管理において、第一に”従業員の生命を守ること”、第二に”重要業務を止めないこと”が、重要になっています。このような危機的な状況に備え、会社としての対応方針や対応手順は、”業務継続計画(BCP)”に予め整理されています。

業務継続計画の策定は、総務部や経営企画部(稀にリスク管理部門)が取りまとめるのですが、これが骨の折れるタスクなのです。

平時(何もない時期)であると、こういった危機管理対応について検討の時間やコストを費やすことが”ムダ”と捉えられたりで、後回しになることも多いため、経営層や従業員の多くが危機意識を抱いているタイミングで進めるのが効果的です。

さて、事業計画を策定するには、冒頭にある、”従業員の生命を守ること”、”重要業務を止めないこと”をそれぞれ検討することになります。

従業員の生命に危険を及ぼす事象(地震、水害、テロ、複数名が巻き込まれる事故等)があった場合に、従業員、及び家族の安全確認を行います。その中に、”出勤可能か?”という質問があるため、”こんな状況で会社に来いといういうことなのか!”なんて誤解をされている方も多いかもしれません。本来は、従業員とその家族の状況を把握し、困っていれば、会社が助けるという目的のために必要な情報なのですが、意外と誤解している人が多いように思います。

移動に危険が伴う事象の場合は、なるべく従業員の出勤を避けるべきということは、誰もが思うことだと思います。そのためには、危機事象が発生した場合に止められない”重要業務”は何か?それは在宅勤務でできないのか?という検討が重要になります。

(在宅勤務が企業にとって難しいのは、サイバーセキュリティと就労規定の対応が必要となるのですが、こちらはまた別の機会にして、今回は本題の”やるべきこと”を絞る難しさについて説明をします。)

会社は、経営者、管理職、管理職ではない従業員によって、”ものさし”が異なります。本来、危機対応にしろ、平時にしろ、会社が何をすべきで、何を止めるべきなのかを判断するのは経営者です。ただ、会社の規模が大きくなると、経営者は”判断”に集中し、管理職が、判断に必要な情報を収集し、経営に判断を仰ぐことになります。この場合、管理職はどんなことを考えるのでしょうか?

止められない”重要業務”を決める場合、業務継続計画の取りまとめ部署が、各部門長に、”自部署の業務はどれだけ重要か?”、”現状の作業を遂行するための最低人数は?”といった質問を投げます。ただ、この回答は部門長にとっては難しく、”優先度が低いと回答すると、確実に危機事象が発生した場合に、人は割り振られないではないか?”、”現状の業務を遂行するために最低限必要な人数を答えた場合、次の人事異動で部員が削減されるのでは?”なんて邪推をしがちです。

一方、経営と言っても、担当役員によって、若干考え方が異なっており、案を持っていっても、”顧客に少しでも影響があればダメ”という方もいれば、”少々の不便はご理解いただけるであろう”という方もおり、幾度となく”ちゃぶ台返し”を経験することになります。(残念ながら役員間での意見調整は期待できません。)

最終的に、異なる価値観やインセンティブが存在する中で、それぞれが許容できるレベルの案とその根拠が必要となり、とても時間を要してしまうのです。そして、苦労をして決定したものが妥協の産物であり、必ずしも最適解ではないということになるのです。

と、色々と書きましたが、日本企業ってダメだなぁ、という印象を与えてしまったかもしれません。しかし、最初から最適解を求めるのが必ずしも最短コースになるとは限りません。素案や叩き台(ベースラインなんて言い方もありますが)があった方が、イメージも膨らみ、結果としてより良いものになる可能性もあります。ゼロイチで解を出すより、課題を見つけて改善する方が簡単なので、多くの人が議論に参加できるきっかけとなります。つまり、今後、改善し続けるという前提であれば、妥協の産物であっても、何かしらをアウトプットできたというのが意味があるのです。

様々な書籍やガイドラインでは、業務継続計画の策定にあたり、危機が発生した場合の影響を分析し、重要業務を選定するというのが、反論の余地のないくらいに当たり前とされているのですが、実際はそうでもないということをご理解いただければ嬉しいです。そもそも経営の視点に立つと、普段から”ムダ”を省こうとしているはずなので、重要な業務を”絞り出す”ことが、そもそも容易な行為ではないのです。

最後に、矛盾するようですが、”ムダ”は企業にとって重要かもしれないということを共有したいと思います。伝統的な日本企業では、人事異動があり、専門性のない業務を経験することを強いられます。これは、通常業務を回す意味では、非効率ですし、実際、こういった上司が異動してきて、ストレスを感じている話もよく聞きます。しかし、危機対応においては、他部署の業務を理解していたり、キーマンを把握していて、直接連携やサポートできたりと、危機的な状況になった場合の動きや、合意形成は早いように感じます。私も明確な答えはないですが、究極的に効率化されている組織というのは、柔軟性に欠けるのではないかという印象を持っています。

近年、”レジリエンス”という言葉をよく聞きますが、”ムダ”が、結果として”レジリエンス”力を高めるのかもしれません。






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