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104「ファウスト」ゲーテ

352グラム。「頭から読み始めて最後まで読むのが読書である」と思い込んでいたら一生読めない本の筆頭ではあるまいか。

 ミドルエイジクライシスで躁になったり鬱になったりしてる学者先生がしまいに悪魔が見えるようになってきて、ついに悪魔連れで自分探しの旅にでかけちゃう、なんて面白そげな話を「読み通せない」程度の理由で読まないのも惜しいので、読みたいところだけ読んでいる。

 悪魔メフィストと学者ファウストのバディものとして読んだ場合、どうもメフィストの方がいいやつだってところがいい。
  魔女に若返らせてもらったとたんに14歳のマルガレーテにひと目ぼれしてしまった老学者ファウスト。健気なメフィストは彼のためにデートをセッティングしてやるのだが、なぜか自分もつきあって隣の未亡人マルテとダブルデートにしちゃうのだ。色欲もないくせに何してるんだ、悪魔。

マルテ    まっすぐおっしゃいよ、だんな、まだぜんぜん見つからないの?どこかに心をしばられてないの?
メフィスト  ことわざに、自前のかまどに律儀な女房は、金と真珠の値打ちがあるって、言いますね。
マルテ    あなたは一度もその気になったことはないの、って言うんですよ。
メフィスト  どこに行っても、ほんとにいんぎんにもてなしてくれました。
マルテ   本気になったことは一度もないの、って言ってるんですよ。

 未亡人に猛烈にモテているのを、猛烈にはぐらかす悪魔である。
マルタの家の庭をぐるぐる歩いているだけなので若カップルと中年カップルはデート中に三回もすれ違う。悪魔を口説きにかかってる未亡人と、聖処女に言い寄るファウストの会話がまじりあって交互に聞こえる。
 これがもし悪魔がファウストの心の中にいる存在なのだとしたら、実はファウスト一人でかたやマルテを適当にあしらいながらかたやマルガレーテを口説こうと必死になってるシーンでもあり、どう想像しても笑える。

 このマルガレーテは、いささかうかつなところはあるとはいえ、たいへん気の毒な娘である。
 うっかり母を殺し(ファウストに手渡された眠り薬を飲ませたら二度と目ざまなかった)、尻軽女だと街の噂になり(ファウストとメフィスト二人連れで家の前で歌ったりするから目立つ)、兄を殺され(ファウストに決闘を申し込んだが悪魔に返り討ちにされた)、赤ん坊を殺し(ファウストにまで捨てられて精神に異常をきたした)、投獄される(子殺しの罪)。

  いったんは逃げだしたファウストもさすがに反省して救出に向かうが、マルガレーテは拒否しながら獄中で死んでいく。まだ14歳と思うといくらなんでも可哀そうだ。

 これで第一部「グレーチヘンの悲劇」の終わり。次に第二部で国の経済再建とか戦争とか政治的な仕事をするのである。
 財政破綻した国を立て直すのに「どこかにあるかもしれない埋蔵金を担保にして紙幣を刷っちゃえばいいんじゃない?」と発案するあたりなど興味深いテーマなのだけど、第二部はおしなべて読みにくい。

  読みにくさにもめげずにファウストは精力的に仕事をやりおおせて「とどまれ、おまえは実に美しい!」と満足の言葉を口にする。それを聴いてメフィストは「満足させたので契約成立。魂はいただいた!」と喜ぶ。ところが天上からマルガレーテその他いろいろ綺麗なものが迎えに来てファウストの魂を連れていってしまうのである。

 ツッコミどころはたくさんあるが、まずはさんざんこき使われたメフィストが気の毒である。ファストを気に入ったから、死んだら魂をくれ、という契約をしたのだろう。だからこそ、ファウストをのせて空を飛んだり、傷心のときは魔女の祭りに連れ出したり、未亡人のデートにつきあったり、いろいろ尽くしたではないか。一緒に地獄に帰れるぞと思ったとたん、天使とマルガレーテの混合軍に横からさらわれるというのはだいぶショックだったろう。

 それに、あれほど散々な目にあったマルガレーテがなぜ天国から迎えにくるのか、ということもある。ファウストが迷いながら努力し続けたという点において作者に肯定されるというのはなんとなくわかった。
 しかしゲーテって主人公が力強い人生を送るためには周囲への迷惑を軽々と無視する傾向があるんじゃないか。
 『ファウスト』の他に読んだのは『若きウエルテルの悩み』だけなのだけど、あのときも岡惚れされたロッテが散々な目にあわされていたのに、作者とウエルテルだけはどこ吹く風だったよなあ、などと思ったりする。

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