『ものさし』

社会の常識じゃなく、自分の常識。
それはときに非常識。
でも、それでいいのだ。

ぼくは自分の"ものさし"を持っているひとが好きだ。
世間のルールから逸脱した行動や言動をしているひとに惹かれてしまう。
たとえば道が一本あったとして、それをそのまま真っ直ぐに進む必要なんてないのだ。

思えば、ぼくは道を何度も踏みはずしてきた(現在も)。
けれど、そのときどき灯台のように光を示してくれたのは、常識知らずの"キ印"のひとたちだ。
たとえば、立川談志師匠だったり、伊集院光、爆笑問題、電気グルーヴ。
そして、坂口恭平。

昨日はぼくにとって記念すべき日となった。
というのも、初めて坂口恭平に会えたから。
大学時代に存在を知ってからというもの、欠かさず動向をチェックしてきた。

3.11の震災で熊本へ移住し、路頭に迷ったひとびとを受け入れ、独立政府を宣言し、着の身着のままあらゆるものを創作する。
おまけに『いのっちの電話』と称し、日々数多くのいのちを救っている。
正直、頭がおかしいと思う(褒めてます)。

勝手ながら人生の先輩として背中を追いかけてきた。
その坂口恭平"先輩"と邂逅できるとは…!

イベント会場への切符を逃し、落胆していた先週。
思わず X にてグチたところ本人から返信があった。

「イベント終わったくらいに電話して」

まさかの展開にびっくり仰天。
千載一遇のチャンスが訪れるなんて…!
こういうことはそう人生あるもんじゃない。
だもんで、お友だちのコンドーさんを誘って、いざ西荻窪へ。

ぼくらははやる気持ちを紛らわせるため、
居酒屋にてお酒をのみながら坂口恭平先輩のトークライブを眺めた。
"もし"坂口恭平先輩だけじゃなく、漫画を担当した道草晴子先生にも会えたら…なんて淡い期待や淡い妄想をしていた、と思う。

だいぶ酔いが回ったところで縁もたけなわ。
ちょうどトークライブも終わった。
いそいそと会計をし、イベント会場である今野書店に向かう。

すると、どうだろうか。
会場が想像以上に静かである。
もはやガランとしてお客さんがひとっこひとりいない。
坂口恭平先輩も帰ってしまったのか、と危ぶまれた。
様子を伺いつつ、奥の方をみるとひとりの男性がわたわたと片付けをしている。
そう、何を隠そう坂口恭平先輩である。

幾多の戦を闘い抜いてきた武将のごとく独特のオーラを放っていてカッコいい。
ぼくは大好きなアイドルを見る目線で坂口恭平先輩を見つめていたと思う。
著書『生きのびるための事務』をぎゅっと胸に抱きしめ、サインをもらいに来たことを伝えた。

「サインもらいに来ました」
「おっけ、ここじゃアレだから、外で待ってて」

受け答えする坂口恭平先輩は X のスペース『キョーラジ!』や YouTube 『TRUE KYOHEI SAKAGUCHI SHOW -坂口恭平生活-』で見聞きしたすがたとなんら変わらなくって、いうならば、飾りっ気のないチャキチャキとしたお兄ちゃん。

しばらく外で待っていると関係者とともにこちらにやってきた。

「ありがとね!」

そういって、すらすらと達筆でサインをし、握手を交わす。
この瞬間、ぼくはしびれた。
坂口恭平先輩の逬るパワーがぼくの全身を駆け抜けた。

「スペースの『キョーラジ!』も欠かさず聞いてます」
「これからスリランカ編はじまるんだよ」

そう、坂口恭平先輩はお世話になっている飲食店ジャニカレーのお母さんを救うべくスリランカへと旅立つのだ。
楽しみ半分不安も半分。
どうか危険なことに巻き込まれないように、と切に願う。

「スリランカ大丈夫ですか。気をつけてくださいね」
「大丈夫」

そういって、ぼくに笑いかけると「じゃ、またね」と西荻窪の喧騒へと消えていった。

帰りの電車は放心状態。
まさか人生の先輩と言葉を交わし、サインをもらい、握手をした。
その出来事を何度もなんども反芻した(いまも)。

ぼくは昨日という日に出会えてよかった。
人生うろちょろしていれば、何かが起きる。
それこそが人生の醍醐味だ。
だから、ぼくも臆せず(実際はちょっとビビりました)社会の常識とか無視して、自分の"ものさし"で日々の出来事をとらえ、生活していこう。

その先にはきっと何かが待っているはずだから。
予知すらもできない不思議なめぐりあわせが人生を彩っているのだから。

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