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ボケット喫茶室に流れる、いい時間。

朝、100円玉と5円玉を握りしめて、神社へと散歩した。

やわらかな春の風の吹く境内で、ひらりはらりと桜が舞っていた。
散り方があまりにも綺麗だったから、なんだかつくりもののようで、CGを見ているような気分になる。
いや、自然の美しさを人間が模倣してCGをつくったのだけど。

賽銭箱に5円玉を入れ、二礼二拍手一礼する。
どうか新たな暮らしが平穏でありますように、と祈りながら。

いよいよ4月から、新しい仕事がはじまる。
美術館のある街へ引越しをする。


賽銭箱の隣に置かれたおみくじの箱に100円玉を入れ、おみくじを引く。

おみくじには、「冬かれて休みしときに深山木は花咲く春の待たれけるかな」と書かれていた。大吉だった。

就職試験の前に引いたおみくじには、「わが園に梅の花散るひさかたの天より雪の流れ来るかも」と書いてあった。このときも大吉だった。

どちらの歌も、長い冬もいつか終わり、春へと移りゆくときがやってくることを歌っている。

季節だけでなく、私自身にも春がやってこようとしているのだろうか。
そう信じたい。



部屋には、段ボールが詰まれている。
少しずつ私たちの色に染まった部屋が、真っ白なキャンバスに戻っていく。
新たな部屋をまた染め直すのだ、と頭ではわかっていても、白い空間を見ると、少し寂しい。
夫と初めて一緒に暮らしたこの部屋とも、もうすぐお別れだ。

でも、そんなセンチメンタルなムードに浸っている暇はなく、引越しや就職に伴う各種手続きに追われていた。

不安や寂しさを、忙しさで紛らわしているうちに、あっという間に時が過ぎてしまう。



部屋の荷物をまとめ終わり、ふと時計を見上げたら、午後2時を過ぎていた。

私は、ひとり車を走らせる。

1日だけオープンする「ボケット喫茶室」へと。


このnoteを読んだとき、3月末はバタバタしていることが予想できたから諦めようとしたのだけど、開催場所をよく見てみたら、今の家から車で15分くらいのところ。

これなら、行ける…いや、行く。

そう決めたから、この喫茶室に行くことを励みにして、引越し準備を頑張れた。


喫茶室に着くと、suzuさんが案内してくれた。

凛と美しくて、ふんわりとステキなオーラをまとったこの方は、絶対にsuzuさんだろう、と思いつつ、店員さんが何人もいるのでsuzuさんですか?と聞けずに、そのまま席に着く。

事前にメニューをnoteで見て、プリンアラモードにしようと決めていた。

けれど、チーズケーキ好きの私は、メニューのチーズケーキをなかなか無視できない。

「どっちも頼んじゃえ!」と、脳内でちょいわるももちゃんが囁くが、どうにか心を鎮めて、プリンアラモードと紅茶を頼んだ。


プリンが運ばれてくる。
プリンを運んでくれたのもsuzuさんだった。

suzuさんですか?と尋ねる最大のチャンスだったが、目の前のプリンにすべての意識がもっていかれてしまう。

神々しいプリン
(カメラを家に忘れてしまったので、スマホでの撮影。)


プリンは、艶やかでなめらかで、どこか懐かしいような、やさしい甘さ。

アイスクリームのこってりとした甘さも、果物の甘酸っぱさも、カラメルのほろ苦さも、すべてを受けとめる、やわらかなプリンの包容力。

いつまでも食べていたくなるおいしさ。


私は、自分でも料理するし、お菓子もつくるけれど、やっぱり人につくってもらえるのって、すごくありがたくて、特別なことだなぁと思う。


私の父は、すごく料理が上手で、なんでも自分でつくれてしまうが、「〇〇さんのつくるごはんは、おいしいなぁ(父は母を名前で呼ぶ)」と言いながら、母の料理を喜んで食べていた。
料理上手の父は、母のつくる料理にケチをつけて、けんかすることもあったけれど。


最近も、私は、料理に手を抜いていなかったし、むしろ夫の友人たちの訪問もあったりして、いつも以上にはりきって料理をつくっていたと思う。

でも、心落ち着かなくて、ゆったりと心から味わう余裕がなかった。


ゆったりとした気持ちで味わうのは久しぶりだった。

プリンをひとくち味わうごとに、こわばっていた身体や心がほぐされていく。

大げさだな、と思うかもしれないけれど、人がつくってくれたものには、大げさではなく、そんなやさしい力が宿るんじゃないかなと思う。

それは、やさしいsuzuさんがつくるおやつだからこそ、でもあるんだけど、どんなものでも、それを味わう心の余裕があれば、そんなやさしさを感じられるのかもしれない。

(私は、やさしさが一つじゃないんだよ、と気づかせてくれるsuzuさんのこのnoteがとても好きです。)


ボケット喫茶室には、やさしさを感じられる、やさしい心をもっていたいなぁと思わせてくれる時間が流れていた。


一日にいい時間をつくるんだ。
とても単純なことだ。
とても単純なことだが、単純にはできない。

長田弘「いい時間のつくりかた」より一部引用
長田弘『長田弘全詩集』みすず書房、2015年、p.202


プリンを食べ終えた頃、「今日は、たまたま通りかかって入ってくださったのですか?」と、suzuさんではない、別の店員の方から話しかけられる。

「suzuさんのnoteを見て…」と言いかけると、「今すぐ呼んできますね」と厨房で調理中のsuzuさんを呼んでくださる。

noteをやっている方と会うのは、初めてではないけれど、目のまえにnoterさんがいるというのは、やっぱりくすぐったくて不思議な気分だ。

話すと、suzuさんとは、最寄り駅が一緒だった。
これまでにもどこかですれちがっていたかもしれない。
世界って、案外狭いですね。

私は、suzuさんの暮らす街から引っ越してしまうが、いつかまたsuzuさんのお店がオープンしたときは、チーズケーキをいただきたいな〜と思っている。



suzuさん、あらためて、すてきな時間をありがとうございました!



ボケット喫茶室で過ごした時間を思い出して、これから忙しくなっても、「いい時間」をつくれるといいな。

そして、春からは、美術館で教育普及担当になることが決まったので、美術館のワークショップに参加する人たちや、美術館の出前授業先のお子さんたちに「いい時間」を過ごしてもらえるように努めたいと思う。



最後に。

ボケット喫茶室のお菓子を食べてみたくなった方に朗報です!

suzuさんがお菓子の販売を再開されたようなので、いい時間を過ごしたい方はぜひ!


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