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M君の肖像

先日、久しぶりにFacebookにログインした。


FacebookとInstagramを見なくなって、しばらく経つ。

華々しいキャリアを築いたり、新しい家族と仲睦まじく生活している旧友たちの様子を見るのが少し苦しい時期があった。

同じラインに立っていたと思っていたのに、いつのまにか私は一人で取り残されて、みんなが遠くにいってしまったような気持ちになって。

そんな気持ちになってしまう自分は、なんて心が狭い人間なんだろうと思って悲しくなった。

幸せだと感じることが多くなった今も、Facebookや Instagramを開く気になれないのは、いまでも劣等感が私の心をうっすらと覆っているからかもしれないし、単にみんなの近況に興味が無くなったからかもしれない。


久しぶりにログインしたのは、先輩と連絡を取るためで、投稿したりタイムラインを眺めるつもりはなかった。


でも、タイムラインを開いたときに、懐かしい名前がぱっと目に飛び込んできた。


Maruyama君。

同じ研究室に所属していた同学年の男の子。

(なぜローマ字表記なのか、はっきりと名前を書いているのかはのちほど説明する。)


彼は、私にとって、ちょっと特別な人だ。

私たちは同じ屋根の下で暮らした時期もあるし、私の部屋にMaruyama君を泊めたことも、お互いの手料理を振る舞い合ったこともある(!)


あえて誤解を招くような言い方をしてみたけれど、実際のところは、特に艶っぽい話があるわけではない。


Maruyama君は、私と同じときに、ヴェネツィアへ留学した。

最初は、同じ屋根の下=同じ寮で暮らした(部屋はもちろん別)。

私が寮を出て、イタリア人の女の子たちとルームシェアをして暮らすようになってからも、ときどきMaruyama君は私の暮らすアパートにやってきて、一緒に飲んだりご飯を食べたりした。

Maruyama君は、お酒にあまり強くない。
あるとき、お酒を飲みすぎて足元がおぼつかないことがあった。そのときは、彼が運河に落ちてしまうことを心配して、ルームメイトたちみんなが家に泊っていくように勧めた。
リビングのソファーで一晩を過ごしたMaruyama君は、次の日、朝帰りの見本のような情けない顔を浮かべてそそくさと帰っていった。

私の部屋には広いキッチンがあったから、みんなで得意料理を振る舞い合ったこともある。

これは、そんなパーティーの一つ。

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このときは、私は、セコンド(トマトとお肉の皿)担当、Maruyama君は、アンティパスト(前菜2品)の担当だった。



留学先に知人がいたら、”留学してる感”がなくなっちゃうんじゃない、と言われたこともある。

けれど、私はMaruyama君が一緒の時期に留学してくれてよかったなと心から思う。


私とMaruyama君は、別々の飛行機で向かった。

海外に一人で行くのは初めてのことだったから、私は不安でいっぱいで泣き出してしまいそうだった。でも、ヴェネツィアに到着したその日、待ち合わせていた教会の前で、Maruyama君の姿を認めたとき、こわばっていた身体の緊張が解けた。

私がわからないことは、Maruyama君もわからないことも多かった。でも、わからないという気持ちを共有する、ただそんな相手がいるだけで心強かった。


Maruyama君は、研究室の同期の中で、ただ一人の男の子だったけれど、たぶん研究室の誰よりも可憐な子だったと思う。

物腰柔らかで、腰が低く、いつもちょっとモジモジしていて、女の子に囲まれていてもあまり違和感がない。それがMaruyama君。

女の子たちが次々とジョッキを空にしていく傍らで、彼はちびちびとビールを舐めるようにしか飲んでいないのに、すぐに真っ赤になる。

そして、いつもより少し饒舌になって、「みんなに仲良くしてもらってうれしい」とか、好きな子への想いとか聞いているこちらが恥ずかしくなるようなことを真面目な顔で話すのだ。


研究室のみんなといるときも、イタリアにいるときも、Maruyama君は、みんなからかわいがられていた。

彼は、いつも自信がなさそうに振舞っていたけれど、みんなにかわいがられるって、それだけですごい才能だよと私は思う。

天性の才能。

あれは真似しようとしても真似できるものではない。


留学中、Maruyama君から今夜教会でコンサートがあるらしいと教えてもらったことがあった。

Maruyama君はクラシック音楽を聴くのが好きで、私も音楽を演奏するのも聴くのも好きだった。
コンサートの始まる前だったか、終わったあとだったか忘れてしまったけれど、私は、Maruyama君も楽器を演奏するのか尋ねた。

Maruyama君はすこしもったいぶったあとで、ヴァイオリンを習っていたことを教えてくれた。

ふむふむ、Maruyama君はなんだか育ちがよさそうな雰囲気があるもんね、と納得しながら、「ヴァイオリンを弾けるなんてかっこいいね」と私は言った。

「うん。でも、習っていたとは言っても上手ではなくて。発表会のときは弾くのが嫌で本番前にトイレに閉じこもっていたこともあったし。…でも、『楽器を習っていたの?』って聞かれるのは嬉しい。そう聞かれたら、『うん、ヴァイオリンを、ちょっとね…』って答えるのが好きなんだ。聞いてくれてありがとう。」

と答えるMaruyama君の、あまりの素直さに私は感服してしまう。

『ヴァイオリンを、ちょっとね…』で止めてしまってもよかったのに。

でも、もしかしたら、Maruyama君だって、意中の相手の前では、そんなふうに『ヴァイオリンを、ちょっとね…』と仄めかして、かっこつけるのかもしれない。
そんな場面を妄想すると微笑ましいきもちになる。

いや…だけど、正直にすべて話してしまうところが、Maruyama君の愛されるポイントかな。

ひとは、どうしたって、自分をよく見せようとしてちょっと嘘をついたり、見栄を張ってしまったりするけれど、そんなかっこ悪い部分も見せてくれたら、それは欠点じゃなくて、愛すべき美点になる。

Maruyama君は、いつまでもそんな愛すべき美点を持った人でいてほしいなと、勝手ながら願っている。



私が久しぶりに開いたFacebookで、Maruyama君は自身のブログを更新したことを知らせていた。


そっか、Maruyama君も文章を書いているんだ、と私は嬉しくなる。

ブログは、「Maruyama da Gunma」というタイトルがついていた。そのタイトルをみてクスッと笑ってしまう。

イタリアへの愛情、レオナルドやアントネッロのような芸術家に肩を並べようとする野心のようなものを隠すことなく表現している名前。

何気ない日常の光景を、異国の文化と結びつけつつ、Maruyama da Gunma君の素直さやユーモアも滲んでいて、文章を読んでいるだけなのに彼と会って話しているような気分になってくる。

はじめはこっそりと読んで楽しもう、と思った。

けれど、ブログには、コメントがもらえるとうれしいと書かれていた。

誰かからコメントがもらえるうれしさは、私もよく知っている。

でも、急にコメントしても誰だかわかんないかもしれないな、と思い、とりあえずMessengerで連絡をとった。ブログ読んでるよ、面白いね、と。

数日後に返事がきた。

その返事は思いがけないものだった。

なんと、Maruyama君も私のnoteを見つけて読んでくれていたという。
しかも、こっそりいくつかの記事にスキも送っていてくれたらしい。

くう~。

なんて、奥ゆかしくて、優しいんだろう。変わってないなぁ。

またもや、感服してしまう。

しかも!メッセージでは、私の絵に「ヴェネツィア派の色や線の淡い雰囲気を感じる」という感想をくれたばかりか、私がMaruyama君に送った絵をいまも大事にしてると教えてくれた。

その言葉だけで、もうしばらく幸せな余韻に浸れそうだ。

まず、ヴェネツィア派というのは、イタリアの二大美術勢力の一つなのだが、Maruyama君はこのヴェネツィア派の絵が好きだからヴェネツィアに留学したのである。私もそうだ。
そのヴェネツィア派に、私の絵を譬えてくれるという優しさよ。

そして、私が描いた絵を今も大事にしてくれているというね!

私はどんな絵をあげたのかも、正直に言うと絵をあげたことすら忘れてしまっていたけれど。

Maruyama君曰く、私は彼が研究室の飲み会でアンドロメダの仮装をさせられたときの姿を描いたらしい。

いや、せっかくあげるんだったらかっこいい姿を描いてあげなよ、と今の私は申し訳なく思うのだけど。

でも、心優しいMaruyama君は、「(絵を)見返すたびにこんな感じに、美しくいい感じになれたらな~と思ってます」(なぜ敬語なのかな?)と言ってくれている。

うん、Maruyama君、もうなんというか、そんなことを素直に言えることが、美しいよ。

その心根の美しさは、表にも滲み出てるから。

まぁ、そのことにあまり本人が気づいていないところがまたいいんだけどね。(何目線?)



今回は、Maruyama君からもらった言葉がうれしかったので、私もその御礼に記事を書きました。

ブログを紹介したいなと言ったら快諾してくれたから、Maruyama君の名前もはっきりと書いています。

Maruyama君が読むかどうかはわからないけれど。読んでくれていたら嬉しいです。

この記事を読んで、Maruyama君に興味を持った方は、ぜひMaruyama君のブログを訪れてみてください。私の視点とはまた違った芸術へのまなざしが感じられるはず。


今日はMaruyama君の真似をして。

それではみなさん、Ciao ciao〜!






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