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えんぴつを走らせる音がきれいだった

私は、一度だけ面と向かい合って、似顔絵を描いてもらったことがある。

学芸員として働き始めたころ、個展をしていた画家ご本人が来場されて、そのときに描いてもらった。

ある昼下がり、会場へふらっとその方はいらっしゃった。
その方からは、優しさと頼もしさがにじみ出ていた。
長年、高校の美術教師を務めていたそうだ。
私は、出会ってすぐに、その方を「先生」と呼びたくなった。
政治家や偉い人を「先生」と呼ぶようにではなく、親しい恩師に話しかけるような気持ちで。

先生は、画材道具を持ち歩いていて、その場にいた職員の似顔絵を描いてくれることになった。
はじめ私は遠慮していたが、先生と目が合うと、「せっかくだから、きみも」と言われ、描いてもらうことになった。

そのとき、先生は、もうすぐ80歳になろうとしていた。
「もう歳だからね、片方の目だけだと描くのが楽だから、横向いてくれる?」
と言われ、私は横を向いた。

横を向いているので、先生がどんなふうに描いているのか、よくわからない。
でも、走らせる鉛筆の運びに迷いがないのは、音を聞いてわかった。

お昼を過ぎたばかりで、客足も途絶えていたので、会場はしんとしていた。

ただ先生の鉛筆をはしらせる音だけが聞こえていた。

瞑想をしているときのような、穏やかな気持ちだった。
不思議と見られているという緊張感はなかった。

やがて、鉛筆の音は止まった。
先生は、鉛筆を絵筆に持ち替えたようだった。
絵筆に持ち替えてから1分ほどで、先生は絵を描き終えた。

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「あまり似ていないかな。目が悪くなってきたからね。もう潮時だと思っているんだ」
と先生は言った。

たしかに、私にそっくりというわけではないけれど(こんなきれいじゃない)、私はこの絵を描いてもらってすごくうれしかった。

そして、もっと先生が描く音を聴いていたいと思った。

でも、私はそのときうまく言葉が出てこなかった。
「そんなことないです。すごくうれしいです。」
そう言うので、精いっぱいだった。


いつかまた先生に会ったら、もっと先生に描いてほしい、先生が鉛筆を走らせる音が好きだと言いたいと思っていた。


でも、先生と会うことのないまま月日は過ぎ、80歳で先生はお亡くなりになった。


もう先生に会うことはできないけれど、私はこの絵を見るたび、あのきれいな音を思い出す。
いつか私もあんなふうに迷いなく線を引いてみたい。

たった一度しか会えなかったけれど、この絵を描いてくれた方は、私の大切な「先生」だ。






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