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バイト仲間の卒業写真

春は別れの季節である。

私がアルバイトをするイタリアンレストランでも、私とほぼ同時期に働き始めた大学生のコイズミ君が就職のためこの春バイトを卒業した。

この記事を私はバカみたいに泣きながら書いている。寂しいのだ。これまで記者の仕事でもたくさん別れを経験してきたが、アルバイトでこんな人間関係が結べるとは思わなかった。

そんな店で働けることを改めてありがたく思っている。

呑み、語り合い、手伝い合った時間

以前、「思い切って跳んでみると楽しいよ」という記事でも紹介したコイズミ君は大学4年生で、働き始めた昨年8月には大手メーカーの営業職として就職することも決まっていた。今年3月末にはバイトを辞めることは最初からずっとわかっていたことだ。

でも、最終日が近づくにつれ、やはりだんだん寂しくなってきた。

以前にも書いたが、夜の営業は通常、シェフとホール一人の体制なので、私とコイズミくんが一緒に店で働くのはパーティーが入った時ぐらいだった。

しかし、私もコイズミ君もプライベートでよく店に遊びに来る。食べ物も飲み物も美味しいし、なんといってもシェフやバイト仲間、常連さんたちと話すのが楽しいからだ。

そんな時にはコイズミ君と私は互いに歓迎し合うし、ワインのボトルや少し多めの食べ物を注文した時はシェフやコイズミ君にもおすそ分けする。

店が混んでいて忙しそうだなとわかると、客として来ていてもお互い自然に手伝うのが当たり前のことになっていた。

店の営業が終了し、片付けを終えた後、もう終電がなくなったシェフとコイズミ君と3人で呑みながら語り合う時間もとても楽しかった(私もコイズミ君も店から歩いて帰ることができる距離に自宅がある)。

仕事の話から、プライベートな話から、下ネタまで、時には真剣に議論し、時には爆笑し、一緒の時間を過ごして来たのだ。

シェフとけんかした時もフォロー

このことはまた改めて別の記事で書くが、私がシェフと呑みながら激しく口論した時も、何度も仲裁してくれたのがコイズミ君だ。

「僕は店長の気持ちもわかるし、岩永さんの気持ちもわかります。でも二人が仲良く働いてほしいと思っています!」と、真っ直ぐな目で言われると、燃え盛っていた心が少し落ち着いてくる。

シェフに叱られて私が落ち込んでいる時も「岩永さんのことを店長はすごく評価してますよ。いつも感謝してますよ」と励ましてくれる。

シェフと大げんかして気まずくなった時に、私がLINEで相談していたのもコイズミ君だった。

「昨日、シェフ大丈夫でしたか?私も言い過ぎたと反省しています」とコイズミ君にメッセージを送ると、「全然大丈夫だと思いますよ!むしろ本音を聞けて嬉しかったんじゃないですかね。これからも店を盛り上げていきましょう!」とフォローしてくれる。

どっちが年上なのかわからない感じだが、私がこの店で働き続けられたのはコイズミ君のおかげと言っても過言ではないのだ。

シェフやシェフの奥さんのお気に入り

私はディナーの時間だけだが、平日のランチでも働いていたコイズミ君は、その明るい性格と誠実な働きぶりで昼間のホールを取り仕切っているシェフの奥さんからもとても好かれていたようだ。

ご飯を作ってもらったり、料理の作り方を教えてもらったりなど、家族のように可愛がっていてもらっていたらしい。

そして、もちろんシェフは素直で気遣いもでき、仕事もしっかりできるコイズミ君のことが大のお気に入りだった。

仕事の時間以外でも何かにつけて近所に住むコイズミ君を呼び出し、一緒に過ごしたがる。以前にも書いたが、飲みに連れていったり、バッティングセンターで勝負をしたり、仕事のボス・部下以上の絆を築いていた。

コイズミ君がいないところでも、「コイズミはいいやつだよな」「あいつみたいなバイトはなかなかいないよ」と優しい目をしていつも褒める。

コイズミ君の方も、私と二人で話す時、シェフに対する強い思いを度々語っていた。

「僕は店長のことが大好きなんです。こんな素敵な店だとわかっていたらもっと早くから働けば良かった」「本当に店長ってすごい人ですよね。あの仕事ぶりは誰も真似できないですよ」「店長の魅力でこの店は成り立っていますよね」

最終日が近づくにつれ、シェフにも直接、感謝の言葉を度々伝えていた。

「僕はこの店で店長と一緒に働けたことが学生生活で一番大切な思い出です!店長と出会えて本当に良かったです!」

そんな風に真っ直ぐに言われて、シャイなシェフは寂しそうに目を伏せることが増えた。

卒業式のスーツ姿

そんなコイズミ君は3月24日、大学の卒業式を迎えた。その日の夜にバイトに入っていた私は、昼間、卒業式の帰りにコイズミ君がスーツ姿で店に挨拶に来たとシェフから聞いて、「あぁ晴れ姿を見たかったなあ」と思っていた。

すると、夕方からバイトに入って少し経った頃、コイズミ君がまた店に寄ってくれたのだ。所属していた大学の野球サークルの追い出しコンパに出る前に顔を出してくれたのだという。

スーツ姿を見せに来てくれたコイズミ君(真ん中)と常連の千葉さんと私(シェフ撮影)

「岩永さんと一緒に働けて本当に楽しかったです!おかげで充実した学生生活を送れました。本当にありがとうございました!」

そんなことを言われたら泣けてくる。

「スーツ、よく似合ってるね。あなたは身長が高くてハンサムだからなんでも似合うよね。あ、でも七五三感もあるな」

そう軽口を言って、泣けそうになるのを一生懸命抑えた。

184センチでイケメンなので三揃いのスーツもサマになっている

送別会にも常連さんが勢揃い

3月30日のコイズミ君のバイト最終日、私は午後7時過ぎに店に行った。

明確には知らされていなかったが、おそらくこの日の営業終了後に送別会をやると思ったからだ。

実際、店に入ると3つのテーブルがくっつけられ、送別会用に席がキープされていた。常連さんも何人か駆けつけてくれるという。私も「送別会はいつ?」と尋ねられていた常連さんに声をかけ、最終的には6人の常連さんが集まってくれた。

常連さんたちが6人も集まってくれた(ぼかしを入れています)

「過去にバイトが卒業する時にこんなに常連さんが集まってくれたことはないぞ」とシェフは言う。

ワインが何本も空き、結局、送別会は朝の4時半まで続いた。

私はケーキをプレゼント

最後のベッド作り

明け方になって疲れたシェフがうとうとし始めた。コイズミ君はシェフのために「最後のベッドを作ります!」と言う。いつものように店の椅子を組み合わせてシェフが仮眠するベッドを作り始めた。

敷布団を敷いて、掛け布団をかけ、シェフがベッドに倒れ込んだ時、枕をおこうとベッドの上に乗ったコイズミ君の背中を私は押して、シェフの寝ている脇に倒れ込ませた。

コイズミ君は「店長!これまで本当にありがとうございました!」と言ってシェフを抱きしめた。シェフも私たちに顔を見せないようにしてコイズミ君を抱きしめ返した。それがこの写真だ。

最後に抱きしめ合うコイズミ君とシェフ

その二人の姿を写真に撮りながら、私は笑い、泣けてしかたなかった。

かけがえのない人間関係、かけがえのない居場所

翌朝、10時頃起きると、コイズミ君からLINEメッセージが届いていた。

岩永さん
8ヶ月間本当にお世話になりました。
岩永さんの「あなたならどこに行ってもきっと大丈夫」「私たちはコイズミ君の味方だから」という言葉が凄く心に残っています。
岩永さんのこの言葉を思い出すと、なんだか不思議と勇気が湧いてきて、本当に自分でも出来るんじゃないかと思えてきます。
きっとこの言葉はこれからも僕の背中を押し続けてくれると思います。
バイト日記に登場できたこと、店長と3人で夜遅くまで語り明かしたこと、沢山の思い出を本当にありがとうございました。
また会う時までくれぐれもお体に気をつけてお元気でいて下さい!

コイズミ君のLINEより(本人の許可を得ています)

これを読んで私はまた朝から号泣である。声をあげておんおん泣いた。

仕事は生活の糧を得るためのものではあるけれど、それだけじゃない。生きがいを得たり、かけがえのない人間関係を築いたり、自分の大切な居場所になったりすることだってある。

シェフもそんな人だが、コイズミ君が素の姿でみんなの懐に飛び込んできてくれたおかげで、私も素の自分でぶつかり、コイズミ君やこの店がかけがえのない大事な人、大事な居場所になったのだ。

コイズミ君、これまで本当にありがとう。あなたならきっとどこでも可愛がられるし、どこでも活躍できる。

でも疲れたら(疲れなくても)、この店にいつでも寄ってね。あなたを心底可愛がっていたシェフや奥さんを初め、私たちスタッフやこの店はあなたをいつでも待っているから。

バイト姿のコイズミ君

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