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殺人の論理を退け分析した緻密な世界情勢──山内昌之 佐藤優『第3次世界大戦の罠 新たな国際秩序と地政学を読み解く』

「高等教育を受けていながら、知的イマジネーションのなかで、他人を死に追いやる危険への畏れや、人を死地に送り自分を安全地帯に置く「罪悪感」への懐疑心が欠如していることに驚きますね」

IS渡航の問題に触れて関わった中田孝さんにふれて山内さんが苦言を呈した個所です。これにつづけてこのように山内さんは続けています。
「「聖戦」であれ「移住」であれ、他の目的であれ、若い命が失われるかもしれない可能性に痛ましさを感じ、危険な行為は阻止されなければならないと考えるのは日本の公民としての義務といってもいいでしょう」
「たとえ近代主義だ何だといわれようとも、人を殺すことは間違っています。公民として当然のことですよね」(佐藤さん)

2人が見いだしているのは私たちのなかにあるニヒリズムというものです。殺人の論理を退け分析した世界情勢は緻密で私たちの盲点を突いているものです。地政学というより総合情勢学とでもいえるように思えます。

山口さんは専門の中東情勢をロシアに通暁している佐藤さんとともに分析しています。もちろんISとシリアというものから話は始まります。
イスラム諸国、その宗派、民族の詳細な分析から浮かび上がってきたものは……。
それは「シリアやイラク(メソポタミア)、イエメンは、何よりも古代から、イスラーム以前にさかのぼる豊かな歴史をそれぞれの地域が持っていた」のであり「イランにとって、アフガニスタンから地中海沿岸にいたる地域は、かなり強烈なイラン帝国の意識を培う舞台」(山内さん)だったのです。そしてこう提言しています。「中東を常識的に理解しようとすればアラブを軸に考えればいいのですが、戦略的に中東を分析するにはイランを重視しなければならない」のです。なにしろ「テヘランの知識人たちは「グローバリゼーションは、すでに我々が紀元前5世紀のペルシア戦争以来やってきたことだ(略)ギリシアはじめヨーロッパと対峙したときに、我々は勝利のうちにグローバリゼーションを実現していたのだ」と満々たる自信」で答えるというのですから……。そういえば第2次大戦中アメリカ、イギリス、ソ連の首脳が一堂に会した初めての会談はテヘランでした。ここには地政学的に重大な何かがあることを3首脳はどこか感じていたのかも知れません。

中東の〝無意識〟がイラン帝国であるように、ヨーロッパの〝無意識〟を絶妙に利用しているのが今のギリシアではないでしょうか。
「ヨーロッパの問題は、実はギリシアが鍵を握っている。(略)ギリシア独立戦争でロシアとイギリスとフランスが一緒になって、ヨーロッパも束になって間違った歴史を作ってしまった」(佐藤さん)と一刀両断です。さらに「ギリシアの件も含め、これまで国民国家できれいにまとまっていたはずの国連システムが機能不全を起こし、プレモダン的な帝国に一見返っているようにも見えるのですが、その実、何か新しいものが生まれてきているのかもしれません」(佐藤さん)。

この新帝国のもうひとつのはっきりとした存在が中国であるのはいうまでもありません。100年単位どころか1000年単位で語る中国の海外戦略、それは「現地になじむことのない、文字通りの植民」(佐藤さん)です。その中国は「ランドパワーとシーパワーを結合させつつある点で、これまでソ連を除いて正面から挑戦されたことのないアメリカの国際的なヘゲモニーにも挑んでいます。ただ、中国には陸でも海でもアキレス腱があり、その統治機構は盤石とはいえないのです」(山内さん)。

佐藤さんのいう〝新たな帝国主義〟の出現、それはあるいはドイツもその範疇に含まれるのかもしれません、実質的なEUの牽引国として。そしてイギリスは……。

豊富な知見に裏打ちされたふたりが語る未来図と戦争、「第3次大戦が国家間の対象型の戦争や、正式に宣戦を布告して展開される戦争ではないということですね。すでに湾岸戦争やイラク戦争も、振り返ってみればそういうタイプのだったのです。イラク戦争では降伏調印儀式も行われていない」つまり「大きな歴史の構造変化として世界の流動化現象を見ないといけない」(山内さん)。その中に私たちは置かれているのです。あるいは国家というもの意味を考え直す時なのかもしれません。

書誌:
書 名 第3次世界大戦の罠 新たな国際秩序と地政学を読み解く
著 者 山内昌之 佐藤優
出版社 徳間書店
初 版 2015年9月30日
レビュアー近況:映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』で、主人公マーティーとドクがタイムマシン「デロリアン」に乗って30年後の世界に辿り着いた日が2015年10月21日、今日だそうです。お台場ではこれから古着を元にしたリサイクル燃料で走る本物(?)デロリアンが登場するそうです。映画でもゴミからタイムスリップするための電力を作る発電機が登場しましたが、過去の映画で描かれた「未来の技術」が今あるコトは凄いですね。

[初出]講談社BOOK倶楽部|BOOK CAFE「ふくほん(福本)」2015.10.21
http://cafe.bookclub.kodansha.co.jp/fukuhon/?p=4310

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