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死ぬ、とは

「死ぬ」ってどういうことなんだろう。
小さな子どもに「死ぬ」ってどういうこと?
と聞かれたら、あなたはなんて答えますか?

今から書くトピックはちょっと重くなってしまうけど、
でも、大切なことを教えてくれた経験であり、
そして現在進行系で私のことを作っている経験でもある。

1年半前に起こったこと、感じたことを風化させないように、
記憶を言葉に紡ぎ直している、そんな5月の日曜日だ。

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呼吸が止まった。

2019年。元旦。昼の12:35。
ぴたりと、時間が止まった。
一瞬が永遠のように思えて、
真空状態に放り込まれたような気分になった。
混乱と沈黙を打ち破ったのは、妹の声だった。

スコットーー

その瞬間、私は人生で初めて、全身で「死」というものを感じた。

目の前に横たわる愛犬 スコット。
あまりにもあっけなかった。

いつか来るだろうと思っていた時間が、
突然木枯らしが吹くように、来てしまった。

数分前まで、短くて白い前足がぴくぴくと動いていた。
その小さな痙攣は、残りの命の力が少ないことを物語っていた。

苦しそうに、細く小さく、息をしていた。
最後の力を振り絞って、体をぐっともたげた。

あ、目開いたっ
妹の声にはかすかな希望が宿されていた。
でも、それから目が閉じることは一生、なかった。

写真で切り取られたかのように、見ている風景が静止画になる。
スコットのお腹に私の指の腹を当てる。

…お願いだから、動いてほしい…

全神経をそこに集中させて、温度を感じながら、脈の振動を待っていた。
一瞬動いたかのように思ったけど、それは私の鼓動で。
その指を、何度もスコットの鼻に当てた。
生暖かい鼻息は、もう出てこない。
スコットは、止まっていた。
 
焦点の合わない目は、遥か遠くを見ているようで、深い緑色のビー玉のように透き通っていて、きれいだった。
でも、ふと剥製のように見えた時、ぞっと鳥肌が立ってしまった。

目の前の死を頭で理解しきれないうちに、
目からぼたぼたと涙が溢れ、スコットの首元に落ちた。

行かないでよ、またお散歩行こうよ、ねえ、スコット
「おさんぽ」という言葉にいつも敏感な耳も
動くことはなかった。

そして、父が声を挙げて泣いているのを、初めて見た。
それを見て、私も咽び泣いた。

スコット、ほら、お散歩行くぞ
そう泣きながらスコットの体を揺らす。

スコットがいる風景
スコットと一緒に過ごした時間
スコットに気付かされたこと
まるで映画が早送り再生されているかのように
色んな思い出が、頭を駆け巡っていた。

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遡ること13年前。

ペットショップの一番上のケースに入っていた、他の犬とは違い並外れて活発だったウェルシュ・コーギー。

パピヨンがいい!柴犬がいい!と
当時小学生だった私と妹にはペットショップでそれぞれお気に入りの犬がいたのだが、
父がスコットを抱っこした時に言った一言
「うちに来るか」
で、すべては決まった。
目が合って、何かが通じたらしい。


名前を何にしようか家族会議をしていて、なかなか決まらなかった時。
机の真ん中に置いてあるティッシュペーパーの箱に「スコッティ」と書いてあって
ピンと来た私は「スコッティがいい!」と言った。

おお〜いいね!でもティッシュみたいにペラペラな犬にはなってほしくないね…
という議論を経て、「スコット」になった。


後で調べたら、南極に初めて行ったのも「スコット隊長」だったらしい。
いい名前じゃん!
拍手喝采、スコット 爆誕。

ペットショップからの帰り道。
車の後部座席の上、妹と私の間に置かれたひとつの箱。
500円玉より一回り大きい穴がいくつか開いていて、そこから黒くて少し湿った鼻を不安げにのぞかせていた。

どこに連れて行かれるか分からないその子犬は家に着き、新しい世界に興味津々だった。
フローリングの床に降り立って、よちよち歩きでリビングを歩いていた。

リビングで4人でスコットを囲み、名前を呼ぶ。
最初はおたおたしていたスコットも、
だんだん自分がスコットであるとわかってきたのだろうか。
スコットという言葉に反応して、てちてちと歩いてくるようになった。
存在をまるごと肯定するように、ハグをした。

まだ人間の言葉が分からない犬に、
「我が家に来てくれてありがとう」と伝えるのには、
やっぱりスキンシップが一番いい。
ペットショップでも、他にたくさんの犬がいるから抱っこしてもらう時間も少なかったからか、最初は慣れておらずビクビクしていた。

その小さないのちは、あったかくて、ふわふわしていた。
なんだか天気のいい日に干す洗いたての布団のようなにおいがした。

「ようこそ、スコット」

きょとんとして少し首をかしげた君は、家族になった。

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スコットのいる生活

スコットは、いわゆる「おりこうさん」な犬ではなかった。(上写真参考)

力ずくでリードをひっぱり、肩を脱臼させるくらい急に走り出す。
取り込んだばかりのふわふわの洗濯物の上に真っ先に乗っかり、とことん散らかす。
ソファーも壁もボロボロにして、畳もがりがり掘って床を貼り変える始末。

電柱に見間違えて、立ち話しているおばさんの足におしっこかけちゃうし、
(本当にすみませんでした)
私の塾の青いバッグにはうんちをした。
(トイレシートが青いので、それと見間違えたんだろう)
我が家では「賢いね~!青いから分かったんだね~!」と褒めた。
(褒めて伸ばす教育…?)


ドッグランに行ったら他の大型犬にビビりまくって、
人生2回目のお散歩では子猫から猫パンチを食らって、秒速で猫恐怖症になっちゃった。

漢字ドリルやピアノの楽譜はガジガジに噛まれ
一瞬で世界でひとつの、味のある形になった。


小さい頃から私と妹が使っていたぬいぐるみは、お下がりでスコットのおもちゃになったけど、
これもまた見るも無残な具合に、中の綿が吹き出していた。

ボタンを押すと「バイバイにゃん」と鳴く猫のミーちゃんも、いつのまにかしっぽがなくなり、声も出なくなり、本当に一瞬でバイバイにゃんであった。

くまのハニーちゃん(と名付けた気がする)も、我が家のぬいぐるみ界では長寿であったけど、
スコットのお気に入りとなった途端、ノックアウト。
一晩で目と鼻がなくなった。
父が夜な夜な針と糸を持って”手術”していたのを何回も見かけたことがある。

チーズが大好物で、その言葉を聞くだけでも舌をぺろっとして、目を輝かせてこちらを見る。
表情が豊かな犬だったなぁ。

全力でしょんぼりするし、全力で喜ぶし、
全力で走って、全力で寝る。
スコットみたいな人生を送りたいと何回思っただろう。

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ベッドの上で一緒に川の字になって寝たり、一緒に遊んだりして
私と妹は、スコットと一緒に成長した。

「喧嘩はスコットによくない」
親にそう言われ、喧嘩しないようにしようね、と指切りげんまんして決めたのがついこの間のようだ。

灰色の服が増えたのも、スコットと遊んだ後に白い毛がつくのを目立たないようにするためだった。
スウェーデンに留学した時も、インドに半年間行っていたときも、
持ってきた服にスコットの毛がちょこんとついていたとき、
「ここまで付いてきたんだねぇ」と大事に指でつまんでいた。
ふにゃっとしたそのスコットの一部を見つけては勝手に元気をもらっていた。


スコットは、いつも耳で感情を表現していた。
こわい、安心している、緊張している、嬉しい、怒っている、
喜怒哀楽とその他の感情が、耳の角度で分かるようになった。
私はその大きな耳が大好きだった。

ビロードのようにふわふわで気持ちよくて。
そして色んな声を聞き分けることのできる、立派な耳だった。

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死を目の前に、何を思えばいいのか

そんなことを思いながら、耳をなでていた。
だんだん温度がなくなって、固くなっていく。
ぎゅーっと抱きしめても、ぐうっと鳴らす喉の音も聞こえない。
お腹に耳を当てても、心臓の音は聞こえない。
肉球はひんやりと冷たく、
目は半開きのまま宙を見つめていた。

スコットの体に鼻を埋める。
スコットのにおいを吸って、吸って、吸って、
自分でもびっくりしてしまうほどの、涙に濡れた叫び声が出た。

4人でスコットを囲って、名前を呼んで、
とことこと歩いてきたら全力で抱きしめた日から13年後。

全く同じリビングの真ん中で、
4人でスコットを囲って、同じように名前を呼んでいた。
もう戻ってこないと分かっていても、呼び続けた。

ハグをして、かすかな体温を感じながら、
まだ生きてるんじゃないかって期待を込めながら、体をさすって名前を呼んだ。
呼んでも呼んでも、足りなかった。


目の前で、生きているものが死んでいく残酷さと、何もできない無力さ。
色がすっとなくなり、白黒の世界に入り込んでいくような感覚。
私はこの先の人生で何度味わうのかな、これを。

それがとても怖くて、寝れなくて、夜に妹と話した。
「死」ってなんだと思う?
「死ぬ」ってどういうこと?

肉体が物理的になくなったときに、死ぬのか。
生物としての活動がとまった時に、死ぬのか。
価値がなくなった時に、必要とされなくなった時に、死ぬのか。

肉体は生きているのに精神が死んでる人もいる。
逆に、肉体は死んでるのに精神がこの世で生きてる人もいる。

「生き物って死んだらどうなるの?」
子どもの頃に親に聞いたことがあるこの素朴な質問を、今の自分に問いかけた。


正直、死を目の前にして、起きている事象をすぐには理解できなかった。
だから自分でなんとかして言葉で定義付けをしなきゃ、死を受け入れられないと思った。
私は、今まで感じたことのない焦燥感に駆られた。

色んな概念をかき集めようとしたけれど、
でも、答えはすぐに出てこなくて。

「死」という大きくて重い鉛を、
言葉という手段を使っても、どうしても分解できず、
ただ苦しかった。
そう話してたら、妹にこんなことを言われた。

「死ぬってことを頭で定義しなくていいんだよ、
死を前にした時に、悲しいと思っていること、
恋しいと思っていること、生きていることに感謝していること、
それを自分で感じていたら、いいんだよ」

私は、この言葉に救われた。

ただただ、悼む。
いのちのぬくもりを、恋しく思う。

死を前に何を思えばいいか分からなかった私の心に、
妹の言葉は不思議なほど、すとんと落ちてきたんだ。

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死ぬとは、死ぬまで生き続けること

スコットは、幸せだったかな。
私はスコットと家族になれて、とっても幸せだったよ。

天国でも猫になめられちゃだめだよ。
柴犬とは相性悪いから、気をつけてね。
よく仲良くしてくれたコーギーのカイちゃんにもよろしくね。
大好きなチーズ、たくさん食べれるといいね。

そんなことを思いながら手を合わせ、次の日お葬式を終えた。

スコットが残したスコットの生きた跡を見ると、胸がぐっと締め付けられる。
破った壁紙とか、いつも使ってた毛布とか。

ついつい、スコットはどこかな、と帰宅すると姿を探してしまう。
そして、あ、もういないのか、と気づく。
会いたいな、とつぶやいてしまう。

そんなこんなで、時間は過ぎた。
世界はいつもどおり動いていた。

私の中で、人生の目標ができた。
「毎日を、丁寧に、生きる。」

大それたものではないけれど、
周りの人に生かされていることに感謝して、
スコットが生きることができなかった今日を、生きよう。
って、思う。

人間としてまだまだだし、毎日を丁寧に生きれているのか最近わからんくなってきたけど、精進しなきゃだ…。
焦る。不安にもなる。申し訳なくなったりもする。

死ぬってどういうことか、答えはもちろんひとつではないし、
人の数だけ定義はあると思う。

でも、スコットが家族の記憶に在る限り、
スコットはずっと生きてるんだろうな、と思う。

逆説的だけど、死ぬって、死ぬまで生き続けることかもしれないし、
死ぬことを考えるのは、
生きることを考えることでもあるのかもしれないなぁ。

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スコットが残してくれたもの

街でコーギーを見るたびにいろんな感情が湧き上がってる私を、
雲の上からジャーキーでもかじりながら見ているんだろうか。

そうそう、スコットにひとつ、言いたいことがある。

5年の大学生活にピリオドを打ち、私はこの春から社会人になった。
スコットが空に旅立ったのは、私が就活している真っ最中だった。

死を前にすると、不思議と残された自分の生が浮き彫りになるもので、
今まで考えたことのなかったことに、向き合うようになった。

私は、生きている間に何をしたいんだろう?
死ぬまでに、何を残したいんだろう?

自己分析ってものを、就活中にしていたけれど、
ちゃんと自分と向き合い直すきっかけを、スコットは残してくれた。

スコットの体温を思い出し、泣きじゃくり、
自分も他者も、それを取り巻く世界すらもわからなくなりながら、
20年ちょっとの人生を振り返り、言語化し、
大げさかもしれないけど、
命を削ってみたいと思えるものに、出会えた。

身体がなくなってもスコットが生きているように、
私も、死んだとしても、誰かの心に残るもの、誰かを灯し続けるものを創りたいなぁと思うようになった。
気づきや、驚き、心があたたかくなる瞬間、
少しでも世の中が面白くなるもの、よくなるものを、創っていきたい。

スコットのおかげで、今は入りたかった会社で研修を受けている。
本当に素敵に尖っていて尊敬する先輩や同期がいる。
正直、びびる。みんな、すごいのだ本当に。
果たして私はやっていけるのかな…と、不安ではあるけれど、
自分も頑張らなきゃだ、とエネルギーになっている。


とてつもなく不器用な私ではあるけれど、
丁寧に生きるから、どうか、見守っていてほしいんだ、スコット。


スコットの写真見てたら、なんだかちょっと力抜けたけど、
丁寧に、丁寧に。
明日も生き抜きます。

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ここまで読んでくださりありがとうございます!
みなさんにとっても、明日がよい1日となりますように!

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私のテンション、爆上げです
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言葉の企画2020。社会人1年目。 好きな言葉は "出会いは世界を広げ、別れは世界を深くする"。 バックパックと写真が好きです。映画とおしるこも、大好きです。 自分の目とカメラを通して、日常や非日常をゆるく発信します。 上に広がっているのは、マサイ族が住むタンザニアの名もなき村。